アベノミクス「新時代の日本的経営」今さら失敗と言われても…。

記者会見する安倍晋三首相=2016年6月1日

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「今になって“反省してる”とか言われても手遅れなんだけど……」  

3月なかば、東京新聞の記事に思わずそう呟いた。 

その記事とは、「『賃金上がらず予想外』アベノミクス指南役・浜田宏一氏証言 トリクルダウン起こせず…『望ましくない方向』」

記事は「アベノミクスの指南役」だったという浜田氏のインタビュー。

当時、内閣府参与だった氏は政策の開始当初「アベノミクスはトリクルダウン」と強調していたという。しかし、大企業や富裕層が儲かっても、一向に下に「滴り落ちる」ことはなかったのは周知の通りだ。

このような現実について、浜田氏は「ツケが川下(の中小企業や労働者)に回った」とし、「賃金がほとんど増えないで、雇用だけが増えることに対して、もう少し早く疑問を持つべきだった。望ましくない方向に行っている」と語っている。それだけではない。あれほどトリクルダウンと言っていたのに、「最近の私は、アベノミクスをトリクルダウンではなかったと思っている」と言い訳なのか転向なのか自己保身なのかとにかく今になって手のひらを返し、「これまでトリクルダウンのようなことをやっていると誤解していた。反省している」と述べている。

いやいやいや!! 87歳で米エール大学名誉教授である浜田氏にとっては「間違えちゃった、てへ」で済ませられることだろうが、その失敗の尻拭いをさせられるのは間違いなく庶民である。そしてその尻拭いは時に、人生を台無しにしながらなされるという残酷さをはらんでいる。

もうひとつ、最近やはり東京新聞を読んで心から憤慨することがあった。

それは「非正規雇用の活用を30年前に提言したら…『今ほど増えるとは』 労組側『やっぱりこうなった』」

この記事が扱うのは、日経連の「新時代の日本的経営」。

今から28年前の1995年に発表されたこの報告書は、労働者派遣法と並んでこの国の雇用破壊の元凶と言われている。

内容はと言うと、これからは働く人を3つに分けましょうという提言だ。

ひとつ目は正社員にあたる「長期蓄積能力活用型」。幹部候補生みたいなもの。

次は高度な専門職である「高度専門能力活用型」。むっちゃスキルを持ったスペシャリストというイメージ。

そして最後が「雇用柔軟型」。聞こえはいいが、当初から「死なない程度の低賃金の使い捨て労働力を増やすつもりか」と批判されてきた。

バブル崩壊から数年後に出されたこの報告書により、不安定雇用はどんどん拡大。2004年には製造業派遣も解禁され、95年には1001万人、雇用者の20.9%だった非正規は、22年には2101万人と倍増。非正規雇用率は今や4割に迫る勢いだ。

不安定雇用の問題は2000年代に入り「偽装請負」や「違法派遣」として注目され、またグッドウィルやフルキャスト(懐かしい…)など日雇い派遣の現場での「データ装備費」などが大きな批判に晒された。07年には「ネットカフェ難民」という形で広い層にホームレス化が起きていることが知られ、08年にはリーマンショックを受けてこの国にも「派遣切り」の嵐が吹き荒れる。年末を前に多くの人が寮を追い出され、職も住まいも所持金も失った人たちの受け皿として、日比谷公園に「年越し派遣村」が出現。505人が極寒の野外テントで命をつないだ。

あれから、15年。非正規で働く人はとっくに2000万人を突破し、そこにコロナ禍が直撃して3年、というのが現在だ。

「コロナで派遣の仕事を切られて寮を追い出された」「製造業派遣で10年以上日本各地を転々としてきたが、コロナで工場が止まり、契約を切られて路上生活になった」

支援団体には、日々こんなSOSが寄せられる。世代としては多いのは20〜40代。コロナ禍の3年で、私も所属する「新型コロナ災害緊急アクション」に寄せられたメールは約2000件。そのほとんどが非正規で働く人からだ。この3年、労働者派遣法の、そして「新時代の日本的経営」の破壊力をまざまざと見せつけられてきたというのが私の実感である。

さて、東京新聞には、そんな「新時代の日本的経営」をまとめた日経連元常務理事の成瀬健生氏(89歳)のインタビューが掲載されていたのだが、非正規雇用の拡大について「今ほど増えるとは思わなかった」などと語っており、憤慨のあまり血管がブチ切れそうになったのだった。

成瀬氏によると、当時の非正規は高齢者や主婦、学生が中心で、「増えても雇用者の20〜25%」と考えていたという。しかし、前述したように現在は4割近くまで増大。それだけではない。学生や主婦が中心だった時代と違い、今や非正規の多くが、自らが家計の柱。

また、成瀬氏は、景気が回復すれば経営者は非正規を正規として雇用すると思っていたというが、それがどれほど甘い見通しだったかはこの現実を見れば周知の通りだ。

そうして言い訳のように「私が日経連でお付き合いした経営者はもっと人間を大事にしていた。今はお金だけためて人間を育てることを忘れてしまった」と語るが、一度「非正規」という旨味を覚えた企業がそれを手放すはずなどないことは子どもだってわかるのではないだろうか。

そんな「新時代の日本的経営」から28年。

日本は先進国で唯一賃金の上がらない国となり、数年前には韓国にも抜かれた。

21年の平均賃金を見てみると、正社員508万円に対して正社員以外198万円(国税庁)。ちなみに20年までは正規・非正規という分け方だったのだが、なぜか21年から「正社員以外」という区分になり、その途端、「正社員以外」の平均賃金は対前年比で12.1%増となった。こういう小手先のことで「上がってる感」でも出したいのだろうか?

前年、20年の平均賃金は、正規で496万円、非正規で176万円。性別で分けると男性非正規は228万円なのに対し、女性非正規は153万円。月収にすれば13万円以下。地域によっては生活保護を下回る額だ。そんな非正規女性は21年の労働力調査によると1413万人。そのうち夫がいる女性は6割弱。4割強がシングルマザーなどの世帯主や単身女性だ。

国は「異次元の少子化対策」などと言っているが、雇用破壊第一世代のロスジェネからすると、まずは安定雇用を増やすことがいちばんの近道である。

「失われた30年」は、「新時代の日本的経営」とほぼ同時に始まった。その30年と20〜50歳くらいまでが丸かぶりする私たちロスジェネ。私もあと2年で50歳。そう思うと、なんだか取り返しのつかないような気持ちが襲ってくる。

89歳の成瀬氏と87歳の浜田氏に、この思いは少しでも届くだろうか。超成功者であり超エリートであるあなたたちが間違いを認めても、もうすべては手遅れなのだ。

そう思うと、なんだか泣きたくなってくる。

(2023年3月22日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『第629回:アベノミクス、「新時代の日本的経営」、今さら失敗と言われても……。の巻(雨宮処凛)』より転載)

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