2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、野球日本代表・侍ジャパンの戦いがいよいよ幕をあける。
「史上最強チーム」との呼び声も高い今大会の日本代表。現役メジャーリーガー4選手と実績十分の国内選手の融合で“役者”は出揃った。3月9日の1次ラウンドの中国戦から、14年ぶりの世界一へ向け、負けられない戦いに挑んでいく。
大谷翔平、ダルビッシュ有、村上宗隆…。これだけのメンバーが揃っていても一筋縄にはいかない可能性があるというのが、国際大会の難しさだろう。過去の大会でも選手の不振や不可解な判定、絶体絶命の窮地など、いくつもの壁と向き合ってきた。
その国際大会を陰ながら盛り上げてきたのが、実況を担当するアナウンサーだ。実は、すでに開幕前の強化試合でも素晴らしい実況は生まれている。
今大会でも語り継がれるような「名実況」は飛び出すのか。忘れられないWBCの名場面を、実況たちの言葉から振り返る。
2006年。WBCの記念すべき第1回大会。結果から言えば、シアトル・マリナーズのイチロー(当時)を擁した日本は初優勝を果たした。だが、その道のりは決して平坦ではなかった。
当時の日本代表は1次ラウンドで3-2、2次ラウンドで2-1とどちらも1点差で韓国代表に敗れ辛酸を舐めた。それでも準決勝に駒を進め、再び対戦機会がやってきた。まさに「三度目の正直」。絶対に負けられない戦いだった。
ところが、打棒を期待されながらも不振にあえぐ選手がいた。当時中日ドラゴンズの選手だった福留孝介だ。当時の打率は1割5厘。準決勝はスタメンに名を連ねていなかった。
それでも当時チームを率いていた王貞治監督は7回表、ランナー2塁の場面で代打で福留を起用する。テレビの前では「なぜ?」という人もいたかもしれない。それでも、王監督は福留を信じて送り出した。
実況アナウンサーは言った。「生き返れ福留!!!!」と。
偶然にしては出来すぎたドラマだった。流れを日本に引き寄せる2ランホームラン。福留らしい弾道で白球がライトスタンドに吸い込まれていった。
ダイヤモンドを回る福留を「やっぱり福留打った!生き返ったぞ福留!!」と描写した。もうその言葉だけで十分だった。
準決勝の韓国戦を6-0で勝利した日本は波に乗り、決勝では強豪キューバ代表に10-6で勝ち、大会の初代王者に輝いた。
実況担当の松下賢次アナウンサーは「同じフレーズは二度と使えない。『生き返ってくれ』と『間違いなく打ってくれる』という思いが半々。一球で決めてくれたからこそ実況人生のベストシーンになった」と当時を振り返っていた。
大会連覇を成し遂げた2009年大会。この大会で人々の印象に色濃く残っているのは、この時すでにメジャー屈指の“安打製造機”となっていたイチローの姿だろう。「イチローがいれば大丈夫」。多くのファンや国民もそう思っていた。
ところが、である。
チームリーダーとしての働きが期待されていたイチローは決勝トーナメントに入る前の時点での打率が2割1分2厘と結果を残せていなかった。「あのイチローが打てない」。当時、メディアも大黒柱の不振を相次いで報じていた。
それでも連覇に向けてたどり着いた決勝の舞台。相手は前回大会からの宿敵のライバル韓国代表だった。
1-1の同点で迎えた7回表、1番イチローは3塁前への絶妙なバントヒットでノーアウト1・3塁のチャンスを演出。続く2番中島裕之のタイムリーヒットで2-1と勝ち越した。
その後、リードしていた9回裏にダルビッシュが打たれ、試合は3-3の同点に。逃げ切りを図れなかった日本は嫌なムードの中で延長戦に入った。
10回表に決勝打を放ったのがイチローだった。2アウト2・3塁とイチローの前に勝ち越しのチャンスを作った日本。
イチローは韓国の林昌勇(当時は日本のヤクルトでプレー)との対戦を迎える。ファールで粘ったあとの「8球目」だった。
実況「とらえた〜!センター前ー!日本、延長10回勝ち越しー!」
センター前にはじき返しランナー2人が生還。この回に5-3と勝ち越しに成功し、そのまま勝利をおさめた。
日本を連覇に導いたタイムリーヒット。「野球を見てきた中で最高の瞬間」と多くの人が称賛した。今でも日本野球史に燦然と輝く名場面となった。
当時、実況を担当した清水俊輔アナは、決勝打を放ったイチローをこう描写した。
「これが、みんなが待っていた、イチローの姿です!!!!」
野球ファン、国民の全ての気持ちを代弁したと言っても過言ではない一言だった。何度見ても当時を思い出すシーンに「言葉」で色を添えた。
ちなみに、学生の頃にこの実況を見聞きした筆者だが、このシーンをきっかけにアナウンサーを志し、その後、放送局に入社し放送に携わることができた。
アナウンサーを志望する学生には「WBCの実況を聞いたことがきっかけ」という人も少なくない。実況の言葉は時に人の人生を動かすことだってある。
連覇から4年後の2013年大会は3連覇を逃す悔しい大会となった。準決勝まで進んだが強豪・プエルトルコに敗れた。
2013年大会で多くのファンの心に刻まれているのは、東京ドームで行われた2次ラウンド・チャイニーズタイペイとの試合の「あるシーン」だろう。
試合は7回を終えて2-0。日本がリードを許す展開だった。その後、8回表に同点に追いつくもその裏に1点を勝ち越され、追い込まれていた。
9回表2アウト。絶体絶命の場面でバッターボックスには当時中日ドラゴンズの井端弘和。1塁ランナーには当時阪神タイガースの鳥谷敬。
牽制球を挟んだ初球だった。ランナーが走っていた。「9回2アウト」なのに、走っていた。侍ジャパンの歴史に残る“大博打”だった。
実況「ランナーがスタートしている!鳥谷がスタートしているー!」
鳥谷が見事に盗塁を成功させ2アウト2塁。しかし、依然として追い込まれた状況の中、井端がショートの頭を超える起死回生の同点タイムリーを放った。
東京ドームが大歓声で揺れていた。この試合での諦めない侍ジャパンの姿は多くの人の心に焼きついた。
この試合、10回表に日本が勝ち越し最終的に勝利をおさめたが、9回の鳥谷の盗塁成功がなければ、準決勝のアメリカ行きもなかったかもしれない…。
メジャーリーガーと国内組のスターが揃った今大会の侍ジャパン。
MLBでシーズンMVPを獲得した大谷の二刀流の活躍が一番の注目かもしれないが、もう一つ忘れてはならないのが、日系選手として初めて代表入りしたカージナルスのラーズ・ヌートバーの存在だろう。
野球日本代表の歴史に新たな1ページを刻んだヌートバー。すでに「ペッパーミル」でコショウを挽く真似をする本人のパフォーマンスを他の選手がこぞって真似するなど、チームを盛り上げている。
そんな彼のWBC開幕前の強化試合での初打席。実況の三上大樹アナはこう描写した。
「1番はヌートバー。侍ジャパン初の日系人が打席に入る、歴史的瞬間を迎えます」
改めて振り返ると、WBCの本戦で語り継がれるような実況の言葉はいずれも、選手たちが本当に必死になって感覚が研ぎ澄まされたような瞬間に生まれているように思う。
世界一奪還は決して簡単なことではないだろうが、一人の野球ファンとして、今大会の侍ジャパンに期待せずにはいられない。チームの誰もが名実況の“主人公”になってもおかしくない。
14年ぶりの頂点へ舞台は整った。実況にも注目して大会を存分に楽しみたい。
(文/小笠原 遥)
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WBC2023でも「名実況」は生まれるか。歴代の侍ジャパンでイチローらを“伝説”にした語り継がれる「3つ」の言葉