コロナ禍も4年目に突入した。
3年前の今頃、私は毎日のように横浜地裁に通っていた。相模原障害者施設殺傷事件の裁判傍聴のためだ。ちょうどその裁判のさなか、横浜地裁にほど近い横浜港にダイヤモンド・プリンセス号が入港。「対岸の火事」だったバンデミックが、とうとう身近に迫ってきた瞬間だった。
あれから、3年。まさかこれほど長期にわたって日常が奪われるなんて、一体誰が想像しただろう。
そんなコロナ禍は、膨大な困窮者を生み出した。特に飲食・宿泊をはじめとするサービス業、そして非正規やフリーランスで働く人たちの生活に大きな打撃を与えた。
この3年で、困窮者に駆けつけ支援をする「新型コロナ災害緊急アクション」に届いたSOSメールは約2000件。今も連日「昨日ホームレスになった」「3日間、水しか口にしていない」「残金200円」「とにかく身体を休めたい」などの切実なSOSが届く。
そんな中、生活保護を利用している人が増えているかと言えば、答えはNOだ。
具体的には、コロナ前の2019年5月に生活保護を利用している人数は207万8707人。これに対して20年5月は2万人以上減って205万7703人、21年5月はさらに約1万7000人減って204万11人。そして22年5月はそこからさらに約1万6000人減って202万3336人(厚生労働省・被保護者調査より)。一貫して減り続けているのである。
申請件数はと言うと、コロナ禍1年目の20年度の申請件数は前年比2.3%増。21年度の申請件数は前年比5.1%増。やはり思ったほどには増えていない。
その背景にあるのは、「生活保護だけは受けたくない」という忌避感や、「家族に知られたくない」という思いだろう。21年4月より、家族に連絡が行く「扶養照会」については、本人が嫌がる場合は無理にされない方向に運用が変わったが、この変化は今も広く周知されているとは言い難い。
さて、そんな生活保護についての本を1月24日、出版する。
タイトル通り、私たちは「最後のセーフティネット」を、義務教育ですらマトモに教わらずに生きてきた。
非正規雇用率が4割に迫り、単身の貯蓄ゼロ世帯がやはり4割に迫る中、病気や怪我で働けなくなったらアウト、という人の裾野は広がり続けているにもかかわらずだ。
正しい情報を知る機会がないまま、世間には偏見ばかりはこびっているものだから、どんなに困っても「生活保護だけは嫌」という人が後を絶たないのが現実だ。
ちなみにコロナ禍の3年間、私が相談会などでもっとも多くの時間を費やしてきたのは、「”生活保護だけは嫌”という人に、利用するよう説得する」こと。
だって、目の前の人は所持金1000円を切っていて、携帯も止まり今晩初めて野宿になる――などの状況なのである。その場合、使える制度は生活保護しかない。申請が通れば、アパートに転宅する費用も出るので、住まいのない人は「家のある暮らし」に戻れる。家があり、住民票があれば仕事の幅だってぐっと広がる。そして収入が保護費を上回れば保護を卒業すればいい。「以前の暮らし」に戻るためのワンクッションとして利用するのはどうか――。
ということを言っても、首を縦に振る人は少ないのが現状だ。
それでは、諸外国はどのようなやり方で人々を制度利用に繋げているのか。そしてその制度の中身はどんなものなのか。今回、取材してみて驚いた。
例えば韓国の制度。同国の社会保障制度に詳しい五石敬路さん(大阪公立大学大学院准教授)にインタビューしたのだが、とにかく驚きの連続。まず、韓国では偏見を払拭するため、99年に名前を「生活保護」から「国民基礎保障」に変えたのだ。
その後、制度も抜本的に変えた。「単給」という形で、生活保護をバラバラに使えようにしたのだ。
日本の場合、いろいろなものを失って初めて「パッケージ」としての生活保護が利用できる。が、韓国では、「家賃だけ」「医療費だけ」の形で利用できるのだ。
例えば、今生活が苦しいけれど生活保護の対象にならない人は膨大にいる。都内で一人暮らしをしていて15万円の収入があり、家賃は7万円ほどという人は私の周りにも多くいる。そういう人が、「家賃だけ」支給されたらどうだろう。生活はものすごく楽になるのではないだろうか。ざっくり言えば、韓国ではそのような「家賃だけ生活保護を利用する」ことが可能なのである。それってむちゃくちゃ良くないか? フリーター時代、月収十数万円で半分以上を家賃に持っていかれた頃の私がこの制度を使えたら、人生が激変していただろう。
他にも、持病があって医療費の支払いに苦しんでいるけれど生活保護を受けるほど収入は低くないという人が、「医療費だけ」利用することができる。同様のひとり親世帯の人が、子どもの教育費が足りない時、「教育費だけ」受け取ることができる。セットではなく、バラすだけで、制度利用はぐっとカジュアルにならないだろうか。
それだけではない。韓国では、「生活保護を利用できるのに利用できていない人を発掘しよう」という大キャンペーンが14年から始まった。「社会保障給付の利用・提供及び受給権者の発掘に関する法律」ができて、給付漏れの層を作らない「死角地帯の解消」を政府目標として掲げるようになったのだ。これによって、ソウルの地下鉄などには「死角地帯を探します」「2015年7月以降、基礎生活保障制度がより広く、手厚くなります」「基礎生活保障を申請してください」などのポスターが現れ、「最低生活費いくら以下が対象です」ということも示されているという。
翻って、日本の「死角地帯」は放置されたままだ。ちなみにこの国の生活保護の「捕捉率」(利用できるはずの人がどれくらい利用できているかを示す)は2〜3割と言われている。生活保護を利用すべき人の7〜8割が利用できていないのだ。一方で、フランスの捕捉率は9割。スウェーデンは8割。しかし、日本ではどれくらいの人が死角地帯にいるかのデータもない。が、韓国はこれを割り出した。結果、144万人という推計が出され、その数は着実に減っているという。
もちろん、韓国の制度がすべて薔薇色なわけではない。
若い世代は失業に苦しみ、また高齢世代の貧困率は日本の倍の40.4%。基礎年金の額は20万ウォン(約2万円)ほどで、すべての人が受けられているわけではないという。
が、いい部分はどんどん取り入れていけばいいのではないだろうか。
もうひとつ、本書で取材したのはドイツの生活保護だ。ドイツの制度に詳しい布川日佐史さん(法政大学教授)にインタビューしたのだが、こちらも驚きの連続だった。
ちなみに本題に入る前に、ドイツはコロナ禍初期の対応でも存在感を発揮していたことを覚えているだろうか。
何しろ20年3月の時点で、労働社会大臣(日本の厚生労働大臣)がドイツ国民に「生活保護をどんどん利用してください」と動画で呼びかけ。申請をめちゃくちゃ簡素化して使いやすくした。
それだけではない。同じく3月、ドイツでは、家賃を滞納しても最大2年間は解約できない=追い出せない決まりができた。滞納分はどうするかというと、家主が支援を受ける形だ。
また、コロナ禍は劇場やライヴハウスを閉鎖させ、アーティストの活動の場を根こそぎ奪ったわけだが、やはり3月、ドイツの文化大臣は「アーティストは生命維持に不可欠な存在」と断言。フリーランサーや芸術家、個人業者への大規模支援を約束した。
そんなドイツでもやはり日本と同じような生活保護バッシングが過去あったようだが、制度を変え、議論することで乗り越えてきた経緯があるという。
ということで、詳細を見ていくと、日本との一番の違いは「いろいろなものを失う前に利用できること」だ。
例えば日本の場合、単身であれば残金6万円くらいにならないと対象にならない。しかし、ドイツでは一人当たり現金130万円持ったままで申請できるというから雲泥の差だ。
それだけではない。単身、2人世帯だと80㎡の物件までは持っていてOK。自動車は7500ユーロ(約100万円)以下のものであれば持ったまま保護を利用できるのだ。
ちなみに日本の場合、「持ち家や車があると利用できない」という誤解が広がっているが、持ち家は二千数百万円以下(都内だと三千万円ほど)の資産価値であれば住み続けながら利用できるし、車は通勤、通院などに必要と認められれば持つことができる。一律ダメというわけでは決してないのだ。
ドイツに戻ろう。日本では生活保護の大きな壁と言えば扶養照会だが、ドイツの場合、よほどのお金持ちでない限り扶養照会もなし。これは、大きい。ものすごく大きなことだ。
そんな先進的なドイツの生活保護だが、コロナ禍でさらに進化した。手続きが簡素化され、新規の申請があった時には、6ヶ月間は資産(貯金など)の調査をしないことにしたのだ。しかも単身の人の場合、預貯金が6万ユーロ(約800万円)以下であれば調査なしで利用できるようにしたという。コロナで貯金を取り崩さなくていい姿勢を示したのだ。800万……、すごい……。
また、コロナ以前からドイツでは、家賃滞納者が出たら、大家さんがそれを公的機関に通報する義務があるのだという。追い出すのではなく、その時点でホームレス化を防ぐため、役所の担当者が介入するのだ。これって大きな予算もつけず、日本でもすぐにできそうなことではないか。
さて、他にもたくさんあるので詳しくは本書で読んでほしいが、今すぐに真似できそうなことはたくさんある。少なくとも、「利用者の尊厳を守る」「上から目線はやめる」などは今この瞬間からできることだ。
そんな本書には、他にも多くの専門家が登場している。
生活保護問題に取り組む小久保哲郎弁護士、世田谷区の元生活保護担当職員・田川英信さん、「移住者と連帯する全国ネットワーク」の稲葉奈々子さん、日本に住むベトナム人実習生らを支援する僧侶、ティック・タム・チーさん、約30年にわたって日本の貧困の現場で活動してきた稲葉剛さん、そして「困窮者支援業界のオードリー・タン」と呼ばれる佐々木大志郎さん。
コロナ禍、ただでさえ不安定で先行き不透明な暮らしは、さらに予測不能なものとなった。
誰だって、どんな立場の人だって、いつどうなるかわからない。コロナ禍で失業・減収しなくても、コロナ感染の後遺症によって働けなくなるかもしれないし、稼ぎ手である家族だっていつどうなるかわからない。
あなたが困った時はもちろん、周りの誰かが困った時に、ぜひ思い出してほしい。フル活用できる情報を詰め込んだ一冊だ。
(2023年1月18日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『第622回:コロナ禍で考える生活保護〜諸外国との比較から見えてくるもの~の巻(雨宮処凛)』より転載)
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
コロナ禍で考える生活保護〜諸外国との比較から見えてくるもの