関連記事≫性的なシーン、俳優が安心できる撮影のために。「NO」と言える環境を作る、専門コーディネーターの仕事
映画やドラマにおけるヌードシーンやキスシーン、セックスシーンなどの性的なシーンの撮影をサポートする「インティマシー・コーディネーター」。アメリカを中心に、2017年の#MeToo運動をきっかけに注目を集めてきたが、日本のテレビドラマでも導入する動きが広まりつつある。
2022年秋放送のドラマ『サワコ ~それは、果てなき復讐』(BS-TBS)や『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ・フジ系)では、アメリカ・ロサンゼルスを拠点にする専門団体「Intimacy Professionals Association」(IPA)に所属する浅田智穂さんがインティマシー・コーディネーターとして参加している。
映像業界でもハラスメントなどの人権問題が明らかになり、撮影環境を改善しようとする動きが広がる中、制作側から見たインティマシー・コーディネーター起用の重要性とは?
『サワコ』のプロデューサー、BS-TBSの有我健(ありが・たけし)さんは「制作と俳優、双方にとっていい取り組みで、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんに協力していただけてよかった」と手応えを語る。
インティマシー・コーディネーターは、演技やメンタルケア、性にまつわる専門的な知識をもとに性的なシーンの制作に携わるスタッフだ。監督と俳優の仲介役となって、俳優の心身の安全を守り、交渉や演技の支援をするとともに、監督の演出意図を最大限に実現できるようサポートする。
撮影前には、台本をもとに監督の希望する演出や俳優の動きについて話し合う。それをもとに、俳優側にも身体の露出や接触の範囲などについて具体的に伝え、意に反することや不安なことはないかなど確認し、同意を得る。俳優側が懸念を抱く時には、代替案が採用される時もあり、撮影当日も現場に立ち会う。
日本では、IPAに所属する浅田さんと西山ももこさんの2人がインティマシー・コーディネーターとして活躍。2021年頃から日本の映画や動画配信サービスの作品などで起用され始めた。
趣里さん主演の『サワコ』は、井上ハヤオキさんの同名コミックが原作で、復讐劇を主体としたラブサスペンス。性的なシーンが多く描かれている。
プロデューサーの有我さんが『サワコ』でインティマシー・コーディネーターの起用を考えたのは、制作に協力しているAOI Pro.の代情明彦プロデューサーから浅田さんの話を聞いたことがきっかけだったという。
「『サワコ』にとって、インティマシーシーンは単に扇情的なものではなく、ストーリーを展開していく上で、登場人物の心情を描く重要な要素。性的なシーンの撮影はハードルが高いですが、原作の世界観を忠実に表現するために、前向きに取り組みたいと考えていました。
もちろん、俳優の皆さんとの向き合い方にしても『ここで服を脱いでください。キスしてください』と伝えて、それをそのままやってもらう、という話ではありません。身体面、精神面をケアしながら、演技に集中してもらえる環境を作る必要があると学びました」(有我さん)
有我さんは「インティマシー・コーディネーターを起用するには、制作側の正しい理解と、関係者全員の信頼関係がないと成立しない。しっかり役割を全うできる環境づくりも大事で、導入すればいいんでしょ、という“アリバイ作り”になってはいけない」と強調する。
浅田さんとは、撮影前から電話やミーティングを通して、役割や起用の目的などについて、話し合いを重ねたという。
「その中で、『インティマシー・コーディネーターは、あれはダメ、これはダメ、と表現をチェックして取り締まるような立場ではない』という話を聞きました。
判断や指示をするのではなく、監督が作品で表現したいことを最大限実現するための方法を一緒に考えていただける存在です。
『サワコ』は3人の監督がおり、初めにそうした話をしたところ、目的や意図を理解していただけて導入はスムーズに決まりました」(有我さん)
性的なシーンの撮影は、現場や映像を写すモニターの周りには、必要最低限のスタッフだけが立ち会う「クローズド・セット」で行われる。『サワコ』では、有我さんをはじめ、ほとんどのスタッフ、俳優がインティマシー・コーディネーターと仕事をするのが初めてだったという。
「最初は少し手探り状態でしたが、撮影は滞ることなく円滑に進みました。AOI Pro.の藤島陽子プロデューサーが毎回『次はインティマシーシーンなので、別部屋に移動してください』などとスタッフに声をかけてくださり、徐々にスタッフが自主的に行動し、やるべきこととして認識してきていたと感じました」(有我さん)
実際に、性的なシーンを演じた俳優からも「安心した」という声が多く聞かれる。『サワコ』に出演する趣里さんと小関裕太さんは、記者会見でインティマシー・コーディネーターの重要性について、こう言及した。
「現場で『そういうこともするの?』みたいなことが全くありませんでした。そういうシーンは緊張感があって、ドキドキすることもあるのですが、心強くケアしてくださったので、とても安心感がありました」(趣里さん)
「キスやハグ、上半身裸になるシーン一つ一つで、『嫌な思いはしませんか?』『監督に聞きたいことはありますか?』と丁寧に聞いてくださいました。(撮影前から)安心できる環境が待っているんだなと。今後どんどん発展して、あらゆる人にとって良い環境になったら素敵だなと感じます」(小関裕太さん)
この数年で日本でもインティマシー・コーディネーターへの注目が高まっている背景には、映像業界で性暴力やハラスメントが相次いで告発され、撲滅に向けた活動が広がっていることなどがある。
是枝裕和さんや西川美和さんら「映画監督有志の会」も、キャスト保護のために、性的シーンのある作品でインティマシー・コーディネーターの導入を検討するよう、東宝、東映、松竹、KADOKAWAから成る日本映画製作者連盟(映連)に対して提言している。
インティマシー・コーディネーターの他にも、近年映像業界で普及している取り組みとして、ハラスメントを未然に防ぐための「リスペクト・トレーニング」がある。
Netflixが先行して始め、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも導入。『サワコ』でも、クランクイン前に撮影の中心となるスタッフ、俳優らが受講した。
「映像業界のハラスメントなどの問題が大きく報道され始め、『サワコ』の現場では何かできることがあるかと議論していた時に、AOI Pro.の代情明彦プロデューサーにリスペクト・トレーニングについても教えていただきました。
滝本憲吾監督が、よりよい現場環境を作るためには、スタッフの不規則な働き方、拘束時間の長さ、限られた予算…インティマシーシーンだけが特別な問題なわけではなく、それぞれの解決策を見出していかなければいけない、とおっしゃっており、全くその通りだと感じています」(有我さん)
有我さんは『サワコ』での経験から、「今後、日本でもインティマシー・コーディネーターの需要が高まっていくのでは」と推測する。業界内でも注目されてきているのを実感しているという。
「たとえばアクションシーンがあれば専門のスタッフがつくのは当たり前。それと同じようにインティマシー・コーディネーターが当たり前の存在として日本でも定着していけば、よりよい作品を一つでも多く作り出せるのではないかと、浅田さんとの仕事を通じて感じました。
インティマシー・コーディネーターは今その重要性が広がりつつありますが、まだまだ課題もたくさんあると聞きます。まずは、撮影に関わる全員がその役割を正しく理解する必要があると思います」
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インティマシーコーディネーターとは? 性的シーンの撮影で俳優を“守る”役割。日本のドラマでも起用始まる