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コロナ禍で普及したリモートワーク。オンオフの切り替えも難しくなり、ついついもう一本とお酒の缶に手が伸びてしまう人も少なくないかもしれません。しかしこうした習慣に潜むリスクが、アルコール依存症です。
「ローリスクなアルコール摂取量は男性20g、女性10g。目安としてはビールのロング缶1本」
「アルコールの依存性の高さは、違法薬物のモルヒネや覚せい剤と同程度以上」
「アルコールは、摂取した本人よりも周囲の人に対する有害さでダントツ」
2020年に刊行され、版を重ねている著書『そろそろ、お酒やめようかなと思ったときに読む本』(青春出版社)でこう警鐘を鳴らすのが、東京アルコール医療総合センター・センター長の垣渕洋一医師です。
アルコール依存症とはいったいどのような病気で、どこからが依存症になるのでしょうか。話を聞きました。
━━アルコール依存症はどんな病気ですか?
前提として、性格や道徳の問題ではなく、「脳の病気である」という認識が必要です。
アルコールを大量に摂取すると、「耐性」と「依存性」が出てきます。アルコールが脳内にある状態が平常として脳機能が保たれる「身体依存」と、ご本人にとってお酒が手放せない存在になる「精神依存」が特徴といえます。
耐性がつくと摂取量が多くなり、周囲から心配されてもやめられず、色々な飲酒問題が出てきて「アルコールコントロール障害」という診断に繋がります。
患者さんのイメージとして挙げるなら、例えばサラリーマンの方の場合はこんな感じです。
金曜日の午後から飲酒欲求でそわそわし始め、家に帰ってお酒を片手に読書や映画、ゲームをして土曜日を迎え、日曜日の午後になったら翌日の出社までにお酒が残らないか時間が気になり始めて…というパターンです。
進行すると、脳内にアルコールがあることを前提に脳機能が保たれるように「神経順応」を起こします。
お酒が抜けて血中アルコール濃度が下がることで「これはおかしいぞ」と脳が認識し、手の震え、発汗、苛立ちなどの離脱症状を引き起こすようになり、酷くなるとてんかん発作を起こして倒れたり、幻聴・幻覚の症状が現われたりすることもあります。
離脱症状が出ると仕事に行けなくなるため、「迎え酒」で症状を抑えようとし、会社には体調が悪い、風邪をひいたと連絡するようになります。こうした症状が依存症の入口から少し先に進んだイメージです。
この病気が難しいのは、9割方の患者さんが自分が病気であることを否認することです。
症状が進行した方ほどその傾向が強く、うまく説得をする必要があります。ハイジャック犯が飛行機に立てこもって身代金を要求しているようなイメージで、依存症に脳を乗っ取られているのです。
こうなると説得ではなく、いかにお酒を断つ動機付けをするかという問題になり、一言でいえる解決策はありません。
━━アルコール依存症になりやすい人の特徴はありますか?
アルコール依存症の患者さんの平均年齢は50代前半ですが、20代から80代まで幅広く分布しているのが特徴です。
ちなみに、覚せい剤などの違法薬物は20代40代が中心です。アルコールは、違法薬物に比べて依存症になるまでの時間はかかるものの、一旦、依存症を発症すると、依存度の高さは違法薬物より上という研究結果もあります。
アルコールは合法のため入手しやすく、色々な薬物に手を出した人が最後に行きつくことから「ターミナル(終着駅)ドラッグ」とも呼ばれますね。
また、医師によっては患者をパターン分けすることがあります。
40歳以下の若年発症者は、だいたい未成年から飲酒して大学受験などを乗り切り、しらふで仕事をしたことがありません。30歳でアルコール性肝不全や骨とう壊死になってしまう方もいます。
中年で発症した方は20歳から社交場面で飲酒、社会人生活ではアルコールとうまく付き合い家庭円満なのですが、ライフステージが進むにつれて問題が積み重なってくるパターンです。こういったタイプの方が一番多いです。
老年期発症については、定年まで晩酌好きでそこまで粗相はなかったものの、次第に失禁、転倒、物忘れが顕著になってきます。年齢とともにお酒を分解する力は落ちてくるので、健康的に飲んでいるなら、酒量は減っていくはずです。むしろ増えている場合は早めに専門医に受診してほしいと思います。
━━コロナ禍はアルコール依存症にどのような影響を与えていますか?
肝炎や糖尿病など、身体合併症が重度になってから来院される方が増えているなと感じます。新型コロナへの感染を恐れ、受診を控えているのだと思いますが、もっと早く受診してほしいですね。
最近では、女性の患者さんも目立ってきました。京都大学の研究では、コロナ禍でアルコール性の膵炎や肝炎で入院する女性がかなり増加していると発表されました。解雇など経済苦への不安から、酒量が増えてしまうのではと推測されています。
女性の習慣飲酒が増える一方で、男性の飲酒量はバブル崩壊以降、徐々に下がってきています。2008年には若年層女性の一週間の飲酒量が、男性を超えたと話題になりました。
1985年には男女雇用機会均等法ができ、女性の社会進出が進んで酒造メーカーのマーケティングの対象になっていったのでしょう。女性に飲みやすい飲料もありますし、男女問わず依存症になる危険度の高いストロング系の商品も人気となっています。
━━どんな治療法がありますか?
ご本人が、お酒の飲み過ぎによる害を自覚するのが治療の第一歩です。
あとはご本人の希望や身体合併症に応じて、完全にお酒を断つ断酒治療から始めるか、徐々に減らしていく減酒治療から始めるか話し合っていきます。この2つは全く違う治療法のように扱われがちですが、繋がっているものです。
というのも、かつて医療は断酒治療しか提供できず、結果、重度になってから病院に来る患者さんが多かったのです。しかし依存度にもグラデーションがあり、自分の病気について自覚がある人たちがボリュームゾーンであることがわかってくると、減酒という方法も視野に入ってきました。アルコール依存症治療について、今はそういった認識の過渡期にあるといえます。
ただ注意が必要なのは、断酒か減酒かの選択は、方法であって目的ではないという点です。目的は患者さんのQOLを向上させること。
ほかにも、通院する、服薬する、自助グループに通うなどの方法があります。
━━アルコール依存症は完治しますか?
アルコール依存症の中核症状であるコントロール障害は一度起きてしまうと治癒することはないとされてきました。長年断酒した後、1杯飲んだことがきっかけで、元のようなひどい飲み方に戻ってしまうことが珍しくありません。なので、治療の目標は長期にわたる断酒継続です。
患者さんはしらふだと過剰適応だったり、我慢だけして主張や交渉ができなかったり、ストレスを飲酒で発散する傾向の人が多いです。
飲酒がライフスキル、ソーシャルスキルになっているので、お酒を断つとQOLががくんと落ちます。ここから1つひとつ育てなおしていくわけですが、自尊心が失われ喪失感も大きいので、長い時間がかかります。
飲酒欲求を日常的に感じなくなるまでには断酒期間3年、といわれています。自助グループなどでしらふで丁寧に自分のことを話して、自分の気持ちに気付くという力を身に着けるのに10年はかかります。
━━お酒とはどう付き合っていくべきでしょうか?
私自身はアルコールを法的に禁止しても意味がないと思っています。アメリカで禁酒法が失敗した歴史もあります。
ですから、飲酒にメリットがある人は引き続き上手に付き合ってほしいと思います。とはいえアルコールは医師の処方なしで購入できるとはいえ薬物であり、そうである以上、副作用もあるという認識は持ってほしいです。中高生のうちにお酒との付き合い方を含めたライフスキルを学んでほしいですね。
日本では、飲酒の効用だけが押し出されて、それが引き起こす迷惑行為や触法行為については甘過ぎる側面がありました。ただ最近ではコンプライアンスが厳しくなり、酔ってやったことだと許されなくなってきています。こういった方向性で世の中に健康な人が増えればいいなと思っています。
【プロフィール】垣淵洋一(かきぶち・よういち)
東京アルコール医療総合センター・センター長。成増厚生病院副院長。医学博士。筑波大学大学院修了後、2003年より成増厚生病院附属の東京アルコール医療総合センターにて精神科医として勤務。アルコール依存症の回復には行動変容が重要だという信念のもと、最新の知見を応用した治療を行い多くの回復者を送り出している。臨床のかたわら、学会や執筆、地域精神保健、産業精神保健でも活躍中。
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