私たちが給料から支払っている「年金保険料」。その一部は、将来世代の負担を減らすため「年金積立金」として運用されています。この年金積立金の運用をするのが、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)です。
このGPIF、金融の世界では「クジラ」と呼ばれていることを知っているでしょうか?運用する資産は193兆円超で、「世界最大の機関投資家」という顔も持っているのです。
2015年、GPIFは企業の「ESG(環境・社会・ガバナンス)」への取り組みを考慮する「国連責任投資原則(PRI)」に日本の機関投資家として初めて署名し、日本企業の気候変動やジェンダー平等などへの取り組みを加速させる追い風にもなってきました。一方で、海外では化石産業からの投資撤退を表明する年金基金も出ているなか、ESG投資に関してGPIFのさらなるコミットメントを期待する声もあります。
ハフポスト日本版は9月下旬、GPIFの宮園雅敬理事長へのインタビューを実施。U30社外編集委員の能條桃子さんが「気候危機とESG投資」をテーマに疑問をぶつけました。
気候危機が「待ったなし」の今、私たちの年金積立金は持続可能な未来のためにどのように運用されているんですか──?
能條桃子さん(以下、能條):
まず、GPIFとして気候変動にどのような危機感を抱いていますか。
宮園雅敬理事長(以下、宮園):
大変大きな危機感を持っています。
GPIFは、国際分散投資と言って、世界中の資本市場に分散して投資しています。また、未来世代のために長期的な投資をしています。このどちらの特徴を取っても、我々の資産運用は、ESGのうちの負の影響から逃れられない、まさに宿命的な繋がりがあります。
その中でも気候変動は格段にインパクトが大きいと思っています。いくら分散投資をしても、(気候変動の影響は)全産業に同時に降り掛かってくる。それから、気候変動は長期的にじわじわと影響が出てくるものですから、長期投資にとっては非常に重たい問題です。
こうしたことから、我々は全ての資産の運用にESGを考慮することで、資産をESGのリスクから守っていくということを組織をあげて取り組んでいます。
能條:
パリ協定では「世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度に抑える」という目標があります。率直に、実現可能なラインにいるという風に思っていますか。
宮園:
達成すべきである、しなくてはいけないという信念のもとに、世界の人々、我々も活動しています。
年金積立金は、これから概ね50年程度、基本的には手を付けないで積み上げていく資金です。その中では、2050年というのは、実はまだ通過点なんですよね。そうすると、カーボンニュートラルの目標年のその先に、どういう気候変動の課題があるかということもそのうち考えていかなくちゃいけない。そういう時間軸で、我々は気候変動を捉えています。
能條:
今2050年という数字が出てきましたが、気候変動に関しては、2050年までのカーボンニュートラルと併せて、2030年までに世界全体のCO2の排出量を半減させるという短期的な目標も設定されています(編注1)。この短期的な目標についてはどのように捉えていらっしゃいますか。
宮園:
産業によっても対応するスケジュールが違ってくると思うんですね。30年までにここまでやれば必ず50年に達成するというプロセスが本当にできているのか、あるいは2045年頃になって駆け込みでバタバタと目標に到達するのか、今の時点では明確にお答えできません。
(編注1) 国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)による「1.5℃特別報告書」によると、気温上昇を約1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で世界全体のCO2排出量を約45%削減することが必要とされている。
能條:
ラストスパートで追い込んだところで、その時にはすでに気候変動がもたらす被害が大きくなってしまっていることが予想されますし、できるだけ早くCO2排出量を減らせるに越したことはないと思います。
その点にも関連しますが、オランダの公務員年金基金ABPやノルウェー政府年金基金は、CO2を多く排出する石炭産業の企業を投資先から排除する方針を示しています。GPIFはこうした「ダイベストメント」の方針は取っていませんが、今後検討していく可能性はあるんでしょうか。
宮園:
まず、我々は法的な制約がありダイベストメントはできないことになっています(編注2)
その上で、“荒療治”じゃないですが、短期的にカーボンニュートラルの効果を上げるという意味で「ダイベストメント」を捉える考え方もあると思います。しかし、そうやって手放した株が、カーボンニュートラルに全然興味のない株主のところに移ってしまうリスクは大いにありうる。
我々としてはやはり、課題解決が急がれる企業にほどエンゲージメントを強化して、改善の投資をしていくのが最善の方法だと考えています。
それから、ノルウェー政府年金基金は我々の次に大きな基金ですが、基金が偉いのではなく制度が偉いのだと考えています。
どういうことかというと、ダイベストメントについては、誰が、どういう基準で、どういう範囲でやるかという点で、大変大きな問題があります。ノルウェー政府年金基金の場合は、第三者から構成する倫理委員会が、基金から独立した立場で専門的な検討を加えて、ダイベストをすべきかどうかを基金に勧告をするという制度があるんですね。さらに、その結果──どういう判断理由に基づいてダイベストメントしたかということ──を国民に公表することで透明性を担保するという仕組みがあります。
こうした仕組みは日本にはないんです。もし日本でやろうと思ったら、法律を変えて、制度を作る必要がある。これは個人的な考えですけれども、年金保険料の拠出者である国民がどういうことを年金の運用に求めるかということにかかってくる。ですから、我々が考えるのではなく、国民の皆さんが考えて、総意があれば、制度の見直しに繋がるかもしれません。
編注2)GPIFは、法律によって「専ら被保険者の利益のため」という目的を離れて他の政策目的や施策実現のために年金積立金の運用を行うこと(他事考慮)が禁止されていること、委託運用において個別の銘柄選択や指示をすることはできないこと、を根拠としてダイベストメントができないとされている。
能條:
確かに第三者倫理委員会のようなものを設置できれば日本でもダイベストメントが実現するのかなとは思いつつ、日本の場合はノルウェーと比べれば国民の気候変動に対する意識もまだ高くないので、そうした制度への納得感を醸成するのはまだ難しいのではないかなと聞いていて感じました。
おっしゃっているダイベストメントのデメリットについても一理あると思います。一方でやはり、ダイベストメントによって投資を受けられなくなるからこそ、企業が化石燃料関連の事業を続けられなくなるという側面はあると思うんです。
宮園:
我々はダイベストメントはできないししませんが、GPIFが採用しているESGインデックスは、同じ業種の中でも、温室効果ガスの排出量が少なかったり、より排出量を抑制する努力をしていたりする企業が投資銘柄に採用される仕組みになっています。そして、こうしたインデックスの作り方は全部公開しているんですね。だから、企業に対しては「どうやったらこのインデックスに銘柄採用してもらえるだろうか」というメッセージとして伝わるようになっています。
能條:
年金積立金はGPIFが直接運用するのではなく、実際は運用会社などに委託しています。運用会社とは、どのようなコミュニケーションを取っているのですか。
宮園:
運用会社を評価するときにエンゲージメント活動をどのくらいやっているか、議決権行使をちゃんとやっているかをモニタリングしています。もちろん議決権行使で賛成しろ、反対しろといった指示はしませんが。
また、運用会社によるエンゲージメント活動の向上を図るために、上場企業に毎年アンケートを取っています。我々が委託している運用会社のエンゲージメント活動について「企業から見てどう評価していますか」ということを調査し、委託先の運用会社に対して「あなた方のエンゲージメント活動はこう見られているよ」というフィードバックをしています。
能條:
お話を聞いていて、私たち国民の意識と年金積立金がどう運用されるかというところは繋がりがあるんだなと感じました。とはいえ、私たちの声をどのようにGPIFに届けることができるのか、という点はなかなか見えづらいなと。どういうコミュニケーションの方法がありますか。
宮園:
私たちに与えられたミッションは、あくまでも国民の皆さんのため(年金積立金の運用の)リターンを上げることです。ですので、責任を放棄するわけではないですが、年金積立金の運用で「もう少し倫理的な側面を強くするかどうか」などは私どもが考えることではなく、国民がどういう意識を持って、どういうことを我々に期待をするかにかかってくると思います。我々の公式Twitterや公式ホームページにもコメント欄(編注3)がありますので、どんどん投稿して頂いて、問題意識を盛り上げて頂ければなと思います。
編注3:Twitterはリプライでコメントを受け付けているとのこと
国連は2022年10月、各国政府が掲げる温室効果ガス削減目標が達成されても、地球の平均気温は今世紀中に2.8度上昇するとの見込みがあるとし、1.5度目標はこのままでは達成が厳しい、と示しました。
「段階的な変化」では間に合わない地球環境の変化を前にして、「達成すべきである、しなくてはいけないという信念」を共有しているのであれば、もう一歩踏み込んだ行動が必要であると認識を持ち、それを未来のために今できるポジションにいる人が決断することが求められていると思います。
GPIFは世界最大の機関投資家です。それが意味するのは、GPIFが変われば、世界が変わる可能性があるということです。実際、当時の理事兼最高投資責任者だった水野弘道さんが主導してGPIFが責任投資原則に署名したことが日本にESG投資を広げ、世界中の企業のESGへの取り組みの加速にもつながったと思います。
今回のインタビューでは1.5度目標達成に向けてGPIFができることを広げ、全うすることに関して、また、気候変動の情報をキャッチアップすることに関して、少し受け身のようにも感じましたのでより強いリーダーシップを期待したいです。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
私たちの年金積立金で、化石産業に投資し続けるの?U30がGPIF理事長に聞いた