大切なことはおばあちゃんの着物が教えてくれた。篠原ともえがドキドキをつくり続ける原動力

デザインを手掛けたエゾ鹿革の着物作品が、国際的な広告賞「ニューヨークADC賞」の2部門で受賞を果たした、デザイナーの篠原ともえさん。「100年後にもドキドキしてもらえるように」との思いでデザインに取り組んでいるそうです。いつも中核にある信念について、イベントで語った内容とはーー。 

篠原ともえさん

篠原さんは2022年10月7日、アプリプラットフォームを運営する株式会社ヤプリの主催イベント「YAPPLI SUMMIT」のトークセッションに、デザイナーの皆川明さんと登壇しました。

篠原さんは1995年、16歳で歌手デビュー。ぱっつん前髪にお団子ヘア、カラフルな衣装でランドセルを背負って歌う個性的なスタイルで、「シノラーブーム」を巻き起こしました。当時、芸能活動で多忙を極めながら、ファッションを専門的に勉強するため大学に通っていました。

芸能活動を続けながら、2020年に夫であるアートディレクターの池澤樹さんとクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立し、以降はデザイナーとして活躍の場を広げています。

篠原ともえ(しのはら・ともえ) / 株式会社STUDEO デザイナー / アーティスト。1995年歌手デビュー。文化女子大学(現・文化学園)短期大学部服装学科デザイン専攻卒。テレビ、映画、舞台などでの活動を経、現在はデザインの分野で様々な企業とコラボレーションするほか、衣装デザイナーとしても活躍。2020年アートディレクター・池澤樹と共にクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立。2022年日本タンナーズ協会と協働し発表した「THE LEATHER SCRAP KIMONO」が国際的な広告賞ニューヨークADC賞にてブランド・コミュニケーションデザイン部門で銀賞、ファッションデザイン部門で銅賞を受賞した。

感覚で生まれた「シノラー」

私は、これまで感覚的にものをつくるタイプだったんですね。10代のときのカラフルなファッションは「着たい」という思いがまずあって、髪の毛をアレンジしているうちにお団子にしてみたり、自分が物足りないと感じるところを埋めるようにアクセサリーをつけてみたり。感覚的にイメージが湧き出てきていました。

しかし、大学で専門的に学び、ビジネスとしてデザインを手がけるようになると、それだけでは充足せず、しっかりと事前にリサーチをするようになりました。

例えば、松任谷由実さんらの衣装のデザインをしたときは、これまでどんな衣装を着てこられてどんなアプローチをしてこられたのかを調べることからはじめました。

直近では、住宅設備機器メーカーの「タカラスタンダード」から制服デザインの依頼をいただき、まずショールームで働いている人たちと意見交換して、どんな制服を求めているのかを聞きました。次に競合他社を調べ、一目見て水回りの会社だというインパクトのある制服がないことに気づいたんです。それで「水の流れ」をテーマにデザインしようと決めました。

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篠原ともえがタカラスタンダードの新制服をデザイン。

こうしたリサーチをすることで、自分のアイデアが倍になるんですね。なので、例えば2週間あるとしたら10日間はリサーチにかけて、だんだんと導かれたアイデアを最後の最後に形にしていくほうがうまくいくということがわかってきました。

着物との出会い

では、自分自身としては、どういうクリエイションをすべきなのか。それを考えるときに、私はあるルーツにたどりつきました。

私の祖母は着物の針子をしていたんですね。あるとき、おばあちゃんが縫った着物をほどいてみたら、すごく細かく縫ってあることに驚いたんです。おばあちゃんが縫ったものが私の手もとに届くという、時代を継いだクリエイションに大きな自信をもらえました。

近年「サステイナブル」というワードがどの雑誌にも新聞にも取り上げられており、ものづくりをする立場として、この課題をどう乗り越えるかに直面していました。

おばあちゃんが縫った着物は、一反の生地からパズルのように余すことなく直線的に型紙を取っていて、これこそが余りを出さないひとつのSDGsだなと思ったんです。

私は、自分が愛せる方法で、そこに向き合おう、と。それで、着物を洋服に置き換えてみたんです。いま着ているドレスもそうですが、真四角な生地を肩だけを縫っているシンプルなもので、布を余すことなく使っています。

篠原ともえさん

私には愛せるルーツがあり、それをクリエイションにとりいれていて、これからも続けていく自信があります。子どものころに心が震えた出来事はどんなことだったかなど、愛せるルーツがあれば、それを信じてクリエイションに混ぜていく。そうすれば誰に言われても絶対に自信をもって届けることができる。私はそう信じています。

100年ドキドキするものを

皆川さんと初めてお会いしたのは私が大学生のときで、雑誌「装苑」の連載の企画でした。こうして再会して、皆川さんがまず30年、そして100年スパンでブランドを考えていらっしゃるのは改めてすごいと思います。時間がかかるということはよくわかります。

私は今年、エゾ鹿革の着物作品で賞をとることができましたが、急に受賞できたわけではありません。デザインを学び直し、生地を余すことなく洋服をつくる挑戦をして2020年に「SHIKAKU」展をやったり、革でジュエリーを制作し提案したり……。信念をもって取り組んできたことが花開くまで3年ほどかかりました。

2022年、日本タンナーズ協会とともに発表した革の着物作品「THE LEATHER SCRAP KIMONO」は、森林被害を防ぐために捕獲されたエゾ鹿の革の端を重ねたもの。

ものづくりは評価されるものもあれば、そうでないものもあります。誰にも見てもらえなくてもコツコツと続けるものもいくつか持っておいて、それでも自分の中の真実を信じてやるということなのかもしれません。

私は洋服が好きで、衣装の仕事もさせてもらって、着物の作品で賞をいただくこともできました。でも、どの作品も決して一人でつくれたわけではなく、今回もみんなで世界観を合わせてつくった一つの作品が受賞したんです。

ビジュアルの力強さは人の心を引きつけることができるのだと実感しました。同時に、革の端を余すことなく使って組み合わせて、課題解決であったり、日本の革の魅力に気づいてもらうという、皮革業界のビジョンをビジュアル化できたことも評価につながったんだと思います。

「ビジョンをビジュアル化する」ということを、私たちの会社では社訓のように言っています。まさにクリエイティブファーストです。時間がかかっても労力がかかっても、表現したものが100年後に見られたときに「これは新しかったね」「おもしろかったね」「心が揺れるね」と言われるように。100年愛せるもの、100年ドキドキするものに仕上げていきたいです。今後は、ファッションだけでなくプロダクトや空間など幅広く挑戦していきたいと思っています。 

(取材・文:小林明子) 

(2022年10月17日のOTEMOTO掲載記事「大切なことはおばあちゃんの着物が教えてくれた。篠原ともえがドキドキをつくり続ける原動力」より転載)

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