俳優のジュリア・ロバーツ氏が生まれた時、経済的苦境に陥っていた両親に代わり病院代を払ったのは、公民権活動家の故マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏と妻のコレッタ・スコット・キング氏だった。ロバーツ氏本人が9月末、アメリカ・ワシントンD.C.で開催されたヒストリーチャンネルのイベント「ヒストリー・トークス」で、この出生秘話について明かした。
そしてこの時のインタビューを、バラク・オバマ元大統領の戦略アドバイザーを務めたザラ・ラヒム氏が、10月28日のロバーツ氏55歳の誕生日にツイートし、反響を呼んでいる。
ロバーツ氏は司会のゲイル・キング氏に「あなたが生まれた時、誰が病院代を払ってくれたのですか」と聞かれ、「キング一家が払ってくれました」と答えている。
ロバーツ氏の両親は、ジョージア州アトランタで演技学校「アクターズ&ライターズ・ワークショップ」を運営していた。
ロバーツ氏は「ある日、コレッタ・スコット・キングが私の母に電話をかけてきて、彼女の子どもたちが学校に参加できるか尋ねたんです」と説明している。
「彼らは子どもを受け入れてくれる場所を見つけるのに苦労していました。私の母は『いいですよ。いらっしゃい』と答え、それから彼らは友人になりました」
そしてロバーツ氏は、キング夫妻が病院代を払えなかった両親に対し、「窮地を脱するのを助けてくれた」と語っている。
一方、キング夫妻の娘は、人種分離が原因で白人の学校に通うことができず、ロバーツ氏の両親が運営する演技学校でも、白人至上主義者の暴力にさらされた。
俳優のフィリップ・デポイ氏は、2013年にアーツATLに寄稿したエッセイで、屋外の舞台で演技中、キング夫妻の長女ヨランダさんとキスをすると、白人至上主義団体・KKKのメンバーが車を爆破した、と振り返っている。
「私が女の子にキスした時、10ヤード(約9メートル)離れた場所でビュイックが爆発しました」
「その女の子は、コレッタとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの娘、ヨランダ・キングでした。私は主に白人で、ヨランダは違った。それが問題になったのです。ビュイックの所有者はわかりませんが、爆破した人物は知っています
ロバーツ氏は1967年10月28日、ジョージア州スマーナで生まれた。俳優のキャリアの中でも人種不平等に反対の声を上げ続けており、ニューヨーク・タイムズによると、1990年のローリング・ストーンのインタビューでは、生まれた街を「恐ろしく人種差別的」で「生き地獄」だったと振り返った。
そんなロバーツ氏の生き方は、両親から大きな影響を受けたようだ。
ゲイル・キング氏に「演技学校で黒人の子どもと白人の子どもが交流することがなかった60年代に、あなたの両親は『いらっしゃい』と迎えたんですね。それは並外れた行動だと思います。あなたという人間を形作る土台になったのではないですか」と聞かれ、ロバーツ氏は「もちろんです」と力強く答えている。
ハフポストUS版の記事を翻訳しました。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
ジュリア・ロバーツが生まれた時、病院代を払ったのはマーティン・ルーサー・キング・ジュニア夫妻だった