「この本をポップごと欲しい」その一言がきっかけだった。青森の小さな書店が全国の注目を集めるまで

八戸市の木村書店は、「ポップごと本を売る」本屋として人気を集めている。

全国で書店の閉店が相次いでいます。出版科学研究所によると、2020年の全国の書店は1万1024店舗。1999年の2万2296店に比べ、約20年で半減しています。

2017年8月24日付の朝日新聞によると、書店のない自治体・行政区は同年7月末時点で、全国の2割強を占める「420」。「書店ゼロ自治体」は北海道や長野県、福島県など、地方で多くみられたといいます。

電子書籍やインターネット書店など「デジタル化」が進み、本屋が徐々に閉店していく中、注目を集めている地方書店があります。

青森県八戸市の木村書店(@kimurasyotenn1)。その特徴は「本をポップごと売っている」こと。猫のキャラクターが本の魅力を紹介するポップが反響を集め、Twitterのフォロワーは2万5千人超に。担当者の日常をしたためた「ポップ担当日記」も人気を集め、書籍化されました。

ポップを担当する通称「ポプ担」の及川晴香さんに「書店の今後」などについて取材すると、本屋に限らず地方でいろんなものがなくなっているという実情や、「選択肢を残していきたい」という思いが見えてきました。

◆小規模な店だからこそ、ポップごと売るアイデアに

「ポプ担」こと及川晴香さん。木村書店には、及川さんの描いたポップが挟まった本がずらりと並んでいる。

ーーまずは、木村書店の特徴を教えてください。

木村書店は、八戸市の小中野地区にある、創業95年ほどの小さな書店です。

場所は、市の中心街から港に向かって3キロほど。2000年代後半までは中心街にも店舗がありましたが、今は1店舗のみになっています。 

客層は昔から木村書店に通ってくださる近所の中高年の方が中心で、地域の人が一緒に時を重ねてくださる地方ならではのお店だと思っています。

ーー地域に根付いた書店ですが、近年は「ポップごと本を売る本屋」として全国から注目を集めています。ポップの制作を始めたきっかけを教えてください。

お店に来てくださったご年配のお客さんに「おすすめの絵本はありますか」と聞かれたことが始まりでした。よく売れている本を勧めると、「人気の本の紹介もすごく嬉しいんだけど、及川さんがこれまでの人生で読んで面白かった絵本が知りたいです」と言っていただきました。書店員が読んで楽しかった本は、自分が思っている以上に、お客さんにとって興味のあるものなのかなと気づきました。

でもお客さん全員とお話できるわけではありません。そこで、手書きのポップを描いて、面白いと思った本の魅力を伝えてみようというアイデアが思い浮かびました。イラストを練習し、2年くらいたったタイミングで「画力はまだまだ発展途上…」と感じつつも、まずはやってみることが大切だと思い、2017年に店内でポップをお披露目しました。

木村書店は、青森県八戸市の中心街から少し離れた場所にあり、車通りも多くはない。

ーー最初から、ポップごと本を売るという形だったのでしょうか。

もともとは多くの本屋さんなどと同様に、本棚にポップを飾る形でした。ですがある日、お客さんに「この本をポップごと欲しい」と言っていただいて。迷いましたが嬉しくもあったので差し上げました。

その方は自分の部屋の本棚に、本屋みたいにポップごと本を飾ってくださったようで。後日「家に遊びに来てたご友人が、ポップを見て、同じ本をほしいと言っています」と、数冊注文してくださいました。

すごく嬉しかったですし、木村書店が小規模なお店という前提とも結びつきました。大きな書店と違い、人気の新刊も数冊しか入荷できないということも多いんです。せっかく新刊の近くにポップを飾っても、その本がすぐになくなり、ポップだけ残ってしまうこともありました。

ちょうどその時期に、木村書店でTwitterを始めようと思っていて。大きな書店さんは、新刊情報などがしっかりとしていて、その点では敵わないなあと。その中で「ポップごと売っている本屋ってないよなあ」と思いつきました。「ポップや本と、一期一会の本屋さん」があっても面白いと思いましたし、分かりやすい特徴の1つとして木村書店を知ってもらえたらなと考えました。

ーー店内にはいろんなジャンルの本がありますが、ポップを描く本の選定基準はありますか。

私自身が好きだな、面白いなと思った本を中心に選んで描いています。

文芸書の場合、自分で購入して全部読んでからポップをつけるので、日常的にやっていくのは、お小遣いや時間の面から難しい部分もあります。なので、結果的には絵本や雑誌につけることが多くなっています。いいなと思ったところをピックアップしてポップを描くことが多いです。

店内にも「ポップごと買える本屋」と紹介。ポップを自分の本棚に置くことを推奨している。描かれているのは、「キムネコ」という猫のキャラクターだ。

ーーポップに描かれている「キムネコ」というキャラクターですが、猫にした理由を教えてください。

木村書店の創業日の昭和2年2月2日に語呂を合わせ、「222=ニャンニャンニャン」の語呂から、猫にしました。描いているうちに、どんどん耳が丸くなっている気がします。最近はうさぎに間違われることもあるのですが、それも愛嬌だと思っています(笑)

ーーTwitterでは、「ポップごと本を売る書店」として反響が広がっています。その中で嬉しかったことはありますか。

木村書店を目的地にして来てくださる方がいらっしゃることです。街中にある書店のように「ついで買い」できる立地ではないので、「行きたいと思ってもらえるお店にしよう」というのは、Twitterを始めるときに自分に課したテーマでもありました。

中でも県外に住んでいる八戸出身の方が、Twitterや検索で木村書店を見て、お盆や正月の帰省時に来てくださることは特に嬉しいです。もともと住んでいた時は木村書店を知らなかったけれども、Twitterで初めて知ったという方もいます。遠く離れていても、地元に目を向けるきっかけになればとも思います。

◆地方で相次ぐ閉店。「選択肢を残したい」

木村書店に並ぶ「ポップごと買える」本の数々。選択肢を増やしたいという思いが根底にあるという。

ーー地方書店や、書店員という仕事の魅力を教えてください。

ベタなのですが、本を通してお客さんと対話できるのが魅力だと思っています。お客さんから、電話注文で「孫が小学何年生になった」とか「及川さんに本を選んでほしい」といった話をしていただけたり、実店舗で「最近何か読みました?」みたいなところから会話が始まったりすることもあります。

都会の大きな書店に比べ、品揃えという意味ではなかなか敵わないと思うのですが、だいたいいつも同じ店員さんがいて、のんびりとした空気のある地方の書店だからこそ、本と人と人をつなぐ場所になっているのかなと思っています。

ーーポップを描く中で大切にしていることを教えてください。

子どもも見ても分かりやすく楽しめることです。本にも大人や子どもなど「〜向け」といった区分がされていることもありますが、私の根底にある「誰がどんな本を好きになることも素敵なんだよ」という思いを大切にしています。最近はランドセルの色を自由に選べるようになってきたのが素敵だと感じていて、その流れを本にも…という思いがあります。

例えば子どもが図鑑などちょっと難しめの本に興味を持つのも良いなと思いますし、小学1年生の子が6年生向けの本を読みたくなったらその気持ちを大切にしてほしい。逆に大人が絵本を読んでみたいと思うのも素敵だと感じます。ポップを通して、「自分向け」とされていないものも含めて、本選びのお手伝いができたらなと思っています。

ーー電子書籍化が進み、インターネット書店で本を買う人も増えてきました。「アナログ」の本屋さんとデジタル化、それぞれの良さは何だと思いますか。

双方に言えるのは、「選択肢の多様化」でしょうか。

アナログの本屋については、個人的な好みなのですが、私はずらっと並んでいる本の背表紙を目で追うのがすごく好きなんですよね。目にピタッととまるタイトルやデザインがあって、また本屋に行ったときに同じ本に目がとまって、買ってみることがあります。それってインターネットで検索して、この本面白そうだなというのとはまた違う出会い方なのかなと感じています。たまたまの出会いというか、「何でこの本に興味を持ったのかな」みたいなものがあるのが、アナログの本屋の面白さだと思います。

一方で私も本をKindleで読むことはもちろんあって、電子書籍って便利だなあ…と感激する部分もあります。またいろんな事情から本屋に足を運ぶことが難しかったり、在庫が少ない本を手に入れたかったりする時に、ネット書店は本に触れられる可能性が広がって素敵だなあと。

デジタル化とアナログ、ひとりひとりにあった読み方や買い方があると思うので、いろんな選択肢が残っていくのが良いのかなと思っています。

ーーお話をする中で、及川さんは「選択肢」というキーワードを大切にしているように感じました。一方で木村書店のある八戸市では、中心街で今年4月には百貨店が閉店し、9月には商業ビルが営業を終了しました。地方では本屋に限らず、いろんなものがなくなり「選択肢」が減っている側面はあるかもしれません。

地方でいろんなものがなくなっていくというのは、実体験としてずっとありました。私は書店員なので、本屋さんに残ってほしいというのが表に出やすいのですが、昔好きだったコロッケ屋さんとか、地元の高校生を中心に賑わう商業施設など、選択肢がなるべく多いままであってほしいなという思いが根底にあります。

本という視点で語ると、八戸市でもここ10年くらいでいろんな本屋がなくなり、悲しい思いをしてきました。私個人が本屋を見るのがすごく好きで。それぞれの書店に良いところがあって素敵だからこそ、みんなずっと続いていくといいなと思っています。

例えば書店によって売り場の作り方や本の並び方が全然違っていて。市内で言うと、カネイリさんは文具に力を入れているので、ぶらぶらとお店の中を歩くだけで楽しいですし、伊吉書店さんは漫画家、成田本店さんは文芸本の作者のサインが多くて、美術館のような気分を味わえます。それぞれの形で、本との出会いの選択肢を広がられたらなと思っています。

思いついたことをやってみたからこそ、地元紙での漫画連載や書籍化など、いろんな道につながった。

ーー本屋の閉店が相次ぐ中で、これからも生き残っていくヒントや、地方書店に求められることについて、及川さんの経験で感じることはありますか。

なんと言えば良いんでしょうか…。正直に言うと、自分の中でもまだまだ模索している状態です。Twitterでいろんな方に木村書店を知ってもらい、書籍化もしていただいて、本当に感謝をしているのですが、いろんな幸運が奇跡的に重なったからこその今だと感じている部分も大きいんです。

だから、私自身がヒントという言葉で何かを話すことはできないなと…。その上で1つ、自分の経験で言えることがあるとすれば、「思いついたことをやってみたら、何かが変わるかもしれない」ということでしょうか。ポップ作りに挑戦して、Twitterで発信して本当に良かったなと思っていますし、逆にアイスキャンディー風のブックカバーなど、他の書店さんの取り組みに勇気づけられたり、勉強になったりすることがとても多くあります。

それぞれのお店の工夫やアイデアをいろんな形で見せていただけると個人的に嬉しいですし、思わぬ何かにつながることもあるのかなと思っています。

 <取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>

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Takeru Sato