7月末、アムステルダム中央駅の頭上には「プログレスプライドフラッグ」がはためいていた。
「これどうぞ」
写真を撮っていると、突然アムステルダム市営交通会社の職員に呼び止められ、レインボーのリストバンドを渡された。8月6日に開催される「カナル(運河)パレード」に合わせたキャンペーンで、台紙を見ると、地下鉄やバス、トラムなどの乗車券が安くなる割引コードが記載されていた。
人口約1750万人のオランダ、面積は九州と同じくらいと言われる。首都アムステルダムには約87万人が生活しているという。
在日オランダ王国大使館と国際文化交流を支援する非営利団体DutchCultureによる視察プログラムで、私はアムステルダムを訪れた。現地で活動する性的マイノリティ関連の団体を視察するためだ。
1946年に、世界で最も古い性的マイノリティ関連団体「COC Netherland」が設立され、2001年には世界で初めて同性婚が法制化されたオランダ。性的マイノリティをめぐる権利保障など、より“先進的”なイメージを持つ。
滞在を通して、確かに日本と比較して明らかに性的マイノリティをめぐる環境の違いを実感した一方、現地のNPOなどから話を伺うと、同様な課題や葛藤を抱えていることも見えてきた。
アムステルダムでの約10日間を、全3回に渡ってレポートしたい。
成田空港から約18時間かけてアムステルダムに到着。機内のフライトシミュレーターからロシア上空を避ける航路が見える。ロシアによるウクライナ侵攻の影響だ。
コロナ禍でヨーロッパの空港の多くが人員を削減。昨今、旅行客が戻ってきてもスタッフが足りず、ヨーロッパの空港の多くが麻痺しているという話を聞いていた。途中経由した空港では預け荷物の受け取り口に大量の荷物が置かれていた。
無事たどり着いたアムステルダム「スキポール空港」。気温は22度前後で、日中はカラッと暖かく夜は少し肌寒い、非常に過ごしやすい気候だ。ほとんどの人はマスクをつけていない。
アムステルダム市内は、目抜き通りから住宅地の窓まで、至るところにプログレスプライドフラッグが掲げられ、街全体がプライドを祝うような雰囲気に圧倒された。
8月6日、今回の訪問プログラムのメインの一つである「カナル・パレード」に沿道から参加した。
性的マイノリティの権利や尊厳を求め世界各地で開催されているプライドパレード。オランダ・アムステルダムの「カナル・パレード」は、世界で唯一「運河」で行われるパレードだ。
アムステルダムを流れる主要の3つの運河のうちの一つ、「プリンセン運河」には色とりどりに彩られた80隻のボートが次々に流れていた。沿岸に溢れる人たちは歓声を上げ、音楽に合わせ踊り、プライドフラッグを振っていた。
新型コロナウイルスの影響で2年間中止を余儀なくされたカナル・パレード。3年ぶりの盛大な “お祭り”に多くの人が魅了されていた。
今年のプライドのテーマは「My Gender, My Pride」。流れるボートでは、トランスジェンダーをめぐる課題に焦点を当てたプラカードや横断幕を掲げているものも少なくなかった。同性婚が法制化されてから10年以上が経つオランダ。近年は特にトランスジェンダーをめぐる課題に注目が集まっていることを実感した。
カナル・パレードの船や沿岸の参加者層を見ていると、白人の特に男性層が多く、ボートに関しては比較的年齢の高い人たちが乗っているように感じた。
アムステルダムの人口のうち約半数以上が外国にルーツを持つ人々だと聞く。特に旧植民地の南米スリナム共和国や、モロッコ、トルコからの移民が多い。そうした人々の姿はあまり多くは見られなかったように思う。
盛大な「お祭り」として大きな注目を集めているイベントの力に感嘆しつつ、船の多くはスポンサー企業のもので、「パーティ」の側面の強さに違和感も持つ。後述するが、オランダでも性的マイノリティに対する差別や偏見の問題が「解決」されたわけではない。パレードがこうした根強く残る課題に向き合う契機となっているのだろうか、という一抹の疑問も抱いた。
こうした点について、アムステルダム自由大学のイリーネ・セーレンさんは、「パーティの部分を減らして、もっと抗議しよう」とプライドを批判的に報じる今年3月の記事を紹介し、カナル・パレードをめぐる「葛藤」について話してくれた。
「カナル・パレード」を主催するPride Amsterdamについて研究しているイリーネさんによると、そもそもカナル・パレードは「商業的な意図からはじまった」のだという。
発端は1996年に、アムステルダムにあるゲイの飲食店のオーナーたちが集まり、98年に行われるゲイ・オリンピック(現ゲイ・ゲームズ)を前に、同性愛者に対する“寛容性”を高めるためのプロモーションとして始まったのだという。
イリーネさんが研究において特に注目しているのは、カナル・パレードをめぐって「どんな緊張関係」があるかという点だ。
例えば、プライドイベントに対する批判の中には、多くの企業が参入し、ゲイの当事者をあくまで“市場のターゲット”として捉える「ゲイ・ブランド(Brand Gay)」や、LGBTQ+コミュニティの資本を利用するだけだという「レインボー資本主義(Rainbow Capitalism)」、そこで稼いだ利益をコミュニティに還元せず、あくまでコミュニティを利用するだけではないかという「ピンク・ウォッシング」などのポイントが挙げられるという。
こうしたプライドの「商業化」の問題に加えて、プライドが「主流化」し、企業や観光客が多く流入してくることで、「クィアな人たちのセーフスペースがなくなってしまう」という点を問題視する声もある。
さらに、プライドイベントへの「参加のハードルの高さ」に対しても批判の声があるという。
プライドにボートを出すためには、多くの申請費を払い、その上でボート自体を確保し、音楽、装飾なども準備しなければならない。乗船にも費用が発生する場合もあり、必然的に経済的に厳しい状況の人たちは参加することが難しくなるのだという。
プライドの「商業化」や「主流化」の問題は、アムステルダムに限らず日本や世界各地でも指摘されているものだ。ただ、アムステルダムの状況で印象的だったのは、こうした批判の声について、LGBTQ+コミュニティの「世代間の衝突」が起きているという点だ。
イリーネさんによると、1980〜90年代は同性愛者のアクティビストを中心に「私はゲイだけど、異性愛者と何も違わない」といった主張が行われたという。こうした「アイデンティティ・ポリティクス」に対して、近年は若い世代を中心に「クィア・アクティビズム」へとシフトしつつあるのだという。
若者たちは多数派と「同じ」だという点を強調するのではなく、「私たちは”普通”とは異なる、だからこそ、その違いを祝おう」といった主張がされているとイリーネさんは語る。さらに、LGBTQ+イシューだけでなく、人種差別や経済格差、気候危機などさまざまな問題との交差性を意識している点も特徴だという。
確かに、実際のカナル・パレードでは、ボートに乗っている人は比較的年配が多く、若い世代が岸からそれを眺めているように見えた。イリーネさんはこうした構図が世代間やアイデンティティ・ポリティクスとクィア・アクティビズムなどの衝突を象徴していると指摘した。
ただ、プライドイベントの運営のためにはお金が必要で、簡単には批判しにくい背景もある。
カナル・パレードの運営費は150万ユーロ(約2億円)ほどかかるという。さらに、アムステルダム市は「プライドパレード」開催のためのポリシーを定めており、主催団体はその範囲内でしかイベントを実施することができない。
一方で、開催のためのアムステルダム市からの補助は25万ユーロ(約3500万円)ほど。当日のセキュリティなども含む費用は主催団体側が賄わなければならないという。アムステルダム市はイベントのポリシーには関与する一方で、その責任は持たない。スポンサーを頼らずに実施する場合は、相当規模を小さくしなければならない状況だという。
課題は残る一方で、ミクロレベルでの「カナル・パレードがもたらすポジティブな側面や意義は大きい」とイリーネさんは指摘する。
例えば、あるインド系のバイセクシュアル女性の若者は、ボートに乗る他のインドやパキスタン系のゲイ男性を見てエンパワーされたと語っていたという。「クィアであることを表現することは難しい文化」を共有する人の姿が、当事者に勇気を与えることは少なくないだろう。
プライドに船を出したある企業の取締役は、同じボートに乗る警備担当の当事者から「初めて自分らしくあることができた」と言われ驚いたという。その取締役は、今まで自身の会社は「従業員が自分らしくいられる環境」だと思い込んでいたが、そうではなかったことを痛感。すぐにLGBTQ+に関するネットワークを立ち上げたという。
このようにミクロレベルでは、プライドが多くのポジティブな変化を生み出しているのも事実だ。
イリーネさんは、これまでのカナル・パレードの“パーティ”としての強みを活かしつつ、「もっと柔軟に、コミュニティと一緒に変化していく必要があるのではないか」と指摘する。
例えば、スポンサー企業がなければプライドは運営できない一方で、「レインボー資本主義」「ピンクウォッシング」など商業化への批判の声は根強い。だからこそ、より“倫理的”な企業を選ぶべきだという声を紹介する。
また、企業や観光客が流入することで、「クィアな人たちのセーフスペース」がなくなってしまうという懸念の声に対して、参加者のハードルは低くしつつ、誰もが「アクティビスト」になれるという方向性を打ち出すことが重要ではないかと話す。
カナル・パレード自体も変化が起きていないわけではない。今年のプライドでは、船の先頭集団が「企業」や「政党」ではなく、難民やアジア系のLGBTQ+、人権団体のボートが続くなど、出走の順番に工夫がされていた。
しかし、イリーネさんは、白人シスジェンダー男性中心の「社会構造」そのものが、プライドの運営の内部にも反映されてしまい、そうした権力関係によって周縁化された人たち、LGBTQ+コミュニティ内部の「異なる声」が聞こえないようにされてしまっている点を指摘する。
ただ「楽しいパーティ」として終わらせるのではなく、問題を提起し、参加した人々の議論を促すような仕組みが必要だ、というイリーネさん。世界的にも注目されるカナル・パレードだからこそ、プライドの主催者は「抗議の声をあえて見せていくべきではないか」と語った。
※今回参加した「視察プログラム」は、駐日オランダ王国大使館と国際文化交流を支援する非営利団体DutchCultureにより企画、日本の性的マイノリティに関する複数の団体が招待を受け、現地の性的マイノリティ関連団体などを視察した。
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オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「レインボー資本主義?」オランダのLGBTQめぐる緊張関係【アムステルダムレポート:前編】