約10年前、25歳を目前にしていたデビッド・ディムジオさんは、鏡に映る自分の姿を概ね気に入っていた。
髪の毛以外はー。
薄くなり、後退が進んだ生え際は、彼よりも何十歳も年上の、別人のもののように映った。
現在36歳でシンガーソングライターのディムジオさんは、当時「僕の人生で、髪の毛だけは思い通りになってくれない、と感じていました」と話す。
「鏡の中に映っている髪の生え際は、60歳の男性のもののようで、僕のものとはとても思えませんでした」
ディムジオさんは当時、フィリピンでミュージシャンとして頭角を現しつつあった。彼の曲は、フィリピンのMTVのMVカウントダウンで、たびたび上位にランクインするほどだった。
しかし鏡を見ると、自分の薄い髪が仕事でもプライベートでも邪魔をしているような気がしてならなかった。
いくつかのリサーチやコンサルティングを経て、ある脱毛評価システムに照らしたところ、自身が男性薄毛の進行しているレベルだということを知った。
その評価に落胆した彼は、植毛治療を行った。その後、より豊かな髪を求め、今度は別の外科医に植毛を依頼した。(植毛の患者が複数回の手術を受けることは珍しくないという)
しかし、2回目の手術で問題が発生した。医師は、彼の髪に手を加え過ぎてしまったのだ。その外科医はディムジオさんの手術後間も無くテネシー州の医師免許を失った。
ディムジオさんは「医師は、僕の後頭部から組織を採取して前部に移植する際、『安全地帯』とされる採取範囲を大きく超えてしまったのです」とハフポストに述べ、「そのせいで、必要以上に大きな傷跡が残り、手術は思ったような成功ではありませんでした」と加えた。
それ以来、彼はその手術の修正を行ってきた。数週間前、彼は5回目の移植を終えた。それに加え、彼は男性型脱毛症治療のための薬を服用し、発毛のためにレーザーキャップを使用している。彼は現在の髪の毛に満足している。
「傷跡さえも髪で覆われ、今の髪はイケてると思います」
もちろん、ここまでの髪になるには高額な費用がかかった。ディムジオさんは3万5000ドル(467万円)を自費で支払い、5回の手術のうち2回は、彼が薄毛に悩む若者にアドバイスをする人気YouTubeチャンネル「ヘアロス・ホープ」への出演を望む医師たちから無料で提供された。
人々が考えているよりも、薄毛で悩んでいる若い男性は多い。コロナ禍で、鼻の整形やヒップアップ形成手術などの美容整形を求める患者が増えたように、髪の植毛を希望する患者も増加した。ロックダウンにより、包帯を巻いた頭を同僚や友人に見られる心配がないからだ。
植毛手術を専門とするマーク・ダウアー医師は、新型コロナ流行のピーク時、彼のクリニックでは植毛手術が30%、植毛に関する相談は50%増加した、とNew York Timesに語っている。
しかしパンデミック以前から、植毛の需要は高かった。植毛業界は2026年には120億ドル(1兆5900億円)以上に達すると予測されている。パンデミックに伴うストレスによる抜け毛の増加は、おそらくその数字に拍車をかけるだろう。
来院する患者もどんどん若くなっている。彼らはInstagramや出会い系サイトの写真での見た目を気にしている。
FacebookなどのSNSでは、抜け毛を経験している若者たちが自分の体験について語り合い、世界中の様々な植毛クリニックの情報を交換している。(ヘアツーリズムに関していえば、トルコが有名なようだ)また、有名人たちがこれまでにどんな治療をしたかを推測したりする。
こうしたネット上での活発な会話により、若い男性では17歳からの多くの人が、植毛のコンサルテーションを求めてモニカ・キウ医師のクリニックにやって来るという。
ここで注意すべきは、男性の脱毛症は早ければ10代後半から始まるが、まだ毛髪が落ち着いておらず、どう治療するべきか分からないため、専門家は通常25歳以下の人には植毛は推奨しないという。
「多くの美容整形が一般的になり、受け入れられるようになるにつれて、若者は植毛治療を求めていることがわかりました。女性も植毛を求めていますが、私の患者の大半はまだ20代〜60代の男性です」とキウ医師は述べた。
フロリダ州に住む22歳のジャン・オリバさんは、2021年のロックダウン中に、植毛で有名と言われるドミニカ共和国に渡って植毛手術を受けた。
「16歳ごろに髪の生え際が後退し始めているのに初めて気がついて、それ以来、ずっと自分のコンプレックスになっていました。昨年ついに、抜毛の治療について調べようと思い立ったんです」とハフポストに語った。
オリバさんは、後頭部からパンチで髪の株をくり抜き、前の生え際に毛組織を移植する、目立つ傷跡を残さないのが特徴のFUE法を行った。近年は、FUE法はFUT法(後頭部や側部の頭皮の一部を切り取り毛組織を移植する)という技術よりも人気が高いという。
アメリカでは、FUE植毛は1セッションあたり4000ドルから1万5000ドルの間(53万円から200万円)で受けられるというが、ドミニカ共和国では2800ドル(37万円)だったとオリバさんは話す。
彼がドミニカ共和国の医師について情報を得たのは、なんとTikTokだった。ここでも、多くの若い男性たちや、一部の若い女性たちが、植毛の体験談を手術直後の写真と共にシェアしている。(ほとんどの患者が、植毛後に顔や頭皮の腫れを経験する)
今、オリバさんは自分で植毛TikTokをやっている。
「結果にはとても満足しています。でも生え際しかやっていないので、またやるかもしれません」
ドバイに住む29歳のエンジニア、アミール・アー・レーマンさんも、比較的若くして植毛を受けた。
薄毛になるには若すぎると感じていた23歳の頃、携帯電話から過去の写真が自動表示され、フサフサな髪の毛があった頃の写真を見せられるのにうんざりしていたという。
レーマンさんが20代で薄毛でも彼の妻は構わないと言ったが、彼は納得できなかった。「ウィッグを提案してくる人もいましたが、それでは満足感は得られません」
彼は様々な育毛シャンプーを使用し、、アドバイスはなんでも試したが、何も効果がなかった。
「ドバイでは髪の詐欺が有名で、漢方薬を薦めてきた男性に騙されたこともあります。薄毛の人は、育毛のアドバイスをくれる人の言うことはなんでも聞いてしまうんです」
結局、レーマンさんはバーコード頭になるのを恐れ、欧米でかかる費用の何分の一かで手術を受けられるパキスタンで2019年に最初の植毛を受けた。
しかし仕上がりはあまり良くなく、彼は結局さらに2回の手術を受けることになった。
今では、彼が昔は薄毛だったなんて疑う人はいないだろう。彼は自分の髪に満足しているが、植毛を考えている人には期待しすぎないよう注意する。どこで何度やっても、植毛した髪は地毛と同じ見た目はならない、と話す。
「自毛植毛では、後頭部の『ドナーエリア』の空いた部分を考慮しなければいけません。切りすぎると見えてしまうから、密度が薄い部分が目立たないよう、髪型を調整する必要があります」
多くの若い男性にとって、治療のファーストステップは、発毛を促すミノキシジルのような外用薬と、薄毛の進行を防ぐフィナステリドのような内服薬だ。
「これらの治療法は今ある髪を守り、さらなる抜け毛を防ぐのに有効ですが、すでに薄毛のところに実際に髪を再生させる治療法は植毛だけです」とキウ医師は述べ、AIを使った新たなロボティック植毛などの進化についても触れた。
「これにより、効率が上がると同時に、旧来の技術で見られる傷跡を最小限に抑えることができます」
外科手術以外では、エクソソーム毛髪治療の新開発に期待が高まっているという。
「エクソソームは幹細胞由来で、細胞間のシグナル伝達を助け、細胞の機能に大きな影響を及ぼします。この物質には成長因子が含まれており、毛根を刺激して成長させます。これはクリニックで30分程度でできる比較的早い処置で、ダウンタイムも最小限です」
現在47歳のスペンサー・スティーブンソンさんが約20年前に初めて植毛を受けた時には、こうした処置は存在しなかった。
当時、ネット上には植毛に関する情報が乏しく、実際彼が行くことになったクリニックは、アメフトのビッグイベント「スーパーボウル」でのテレビCMで知ったと言う。
「それ以前はイエローページで調べました。パウダーや塗料、錠剤やローション…ありとあらゆるものを試しましたが、悲しいことにどれも効果がありませんでした」
それがきっかけで、住んでいるイギリスからアメリカまで植毛手術を受けに言ったが、結果は「本当に本当に不自然な髪の毛」になってしまったと言う。
「Spex Hair」というウェブサイトを立ち上げ活動しているスティーブンソンさんは、薄毛界隈ではある意味ボス的な存在となっており、イギリスのBBCやGuardian紙などから取材を受けたこともある。しかし、以前は頭に傷跡とさえない髪が残っていた。
最初の手術の後、彼は何度か手術を受けたが、うまくいかなかった。いつも帽子を被り、それを脱ぐと友人たちにはからかわれたという。
しかし、それ以上に辛いのは、男性が美容整形をすると、見栄っ張りだと思われることだ。抜け毛は老化現象の一部として受け入れなければいけないものだと思われている。しかし、オンラインフォーラムで数えきれないほどの男女が話すように、25歳にしてシャワーの排水溝に髪が大量に溜まっていくのを見るのは辛い。
「髪を失ったことは、自尊心に大きく影響しました」とスティーブンソンさんは話す。「抜け毛は気持ちの中のガンのようなもので、人にトラウマを与える、まさに隠れた疫病です」
彼はこれまでに、髪の修復と維持のため、4万ポンド(約650万円)を費やしてきた。
「もう1度でもやります。僕の人生を変えてくれました。僕は孤独ではなく、普通な生活を送りたかったんです。朝起きてから寝るまで、髪のことを考えてばかりだったから」
昔の手術で精神的な傷を負った経験があるスティーブンソンさんは今、ラジオ番組「The Bold Truth」で共同司会を務め、髪の専門家の選び方などについてアドバイスしている。
「僕が最初に犯した過ちから他の人々を守るため、僕はこの分野で支援を続けたい。この業界は、お金と不幸な脱毛症患者を利用することで支配された無情な業界なのです」
では、できるだけ良質な植毛手術を受けるにはどうしたら良いのだろうか?
植毛クリニックを探す際には、手術のビフォー・アフターの写真をよく見て、必ずネットの口コミをチェックすることをキウ医師はアドバイスする。
「施術は必ず有資格の専門医が行うべきです。そして可能であれば、クリニックで直接カウンセリングを受けると、雰囲気を感じることができます」
トルコはおそらく、アメリカ以外で患者が植毛を受けに行く最も一般的な国だが、国外に手術を受けに行く場合には事前調査が重要だとキウ医師は注意する。
「国外では手術が失敗しても、遠く連絡もとりにくく、フォローアップなどもできません。これまで、恐ろしい話をたくさん聞いてきました」と話す。
キウ医師は植毛専門医として20%の手術は以前の植毛からの傷跡を隠すものか、あからさまな植毛をよりナチュラルに治すものだという。
スティーブンソンさんは、毛髪再生外科医の国際連盟を見て、評判の良い外科医を探すことを勧める。
「その連盟の医師は、スクリーニングや監視されており、人々が適切な処置を受けることを確認する倫理的・道徳的義務があり、時には、患者が適切な候補者ではなければ追い払うこともある」と話した。
スティーブンソンさんが最も絶望を感じていた20年前に比べれば、現在の植毛の世界ははるかに多くの選択肢がある。最初の選択肢に飛びついたり、値段の安さで決めたりしてはいけない。
これらの経験者のストーリーが語るように、キウ医師も結論づける。
「毛髪再生や保護は時間とお金への投資です。節約するタイミングではないでしょう」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。
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