2022年上半期にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:6月29日)
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映画業界で、性暴力を受けたとする女性の証言が相次ぎ、業界内外から改善を求める声があがっている。
フリーランスによって支えられる映画制作の就労環境をめぐっては、以前から、過酷かつ不当な労働条件や低収入、あるいは多くの制作現場で契約書・発注書が交わされていない問題なども指摘されてきた。こうした構造がハラスメントを起こりやすくしている面もある。
業界を牽引する大手映画製作配給会社=東宝、東映、松竹、KADOKAWAで作る日本映画製作者連盟(映連)ら業界団体は、経済産業省と連携し、2019年から「映画制作現場の適正化」を目指してきた。制作現場における就業時間の規定や、契約書・発注書の発行、相談窓口の設置などを盛り込んだガイドラインの策定に向け検討を進めている。
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では、実際に撮影現場で働く人々は、適正化に向けた取り組みをどう感じているのだろうか。
映画界のジェンダーギャップや労働環境の改善に取り組む一般社団法人「Japanese Film Project」(以下、JFP)のメンバーは、契約書発行や相談窓口の設置などの各取り組みについては評価する一方、「仕組み次第では形骸化する恐れがある」と指摘。「現場の声を拾いながら、透明性をもって現場で機能する制度を設計してほしい」と提言する。
経産省が2019年に映画作りに携わるクリエイターや企業を対象に行ったアンケートでは、労働条件において「収入が低い」「勤務時間が長すぎる」「この業界の将来性に不安がある」などの回答が多く寄せられ、フリーランスの取引・就業環境をめぐる様々な課題が浮き彫りになった。
「映画制作現場の適正化」の取り組みの目的は、日本の映画作りの持続性の確保だという。「映画製作者(製作委員会)と制作会社、フリーランスが対等な関係を構築し、公正かつ透明な取引の実現が図られること」を目指し、業界内に労働環境の改善などを目的とした「映像制作適正化機関(仮)」の設立も検討している。
JFPでは、映画制作の実態を把握するため現場で働いたことがある人を対象に「映像制作現場適正化に関するアンケート調査」を実施した(回答受付は6月30日に終了。JFPによると、今後集計、抽出分析のうえ、秋頃に調査結果を公表するという)。
JFPメンバーの、映像作家の歌川達人さんと、元助監督で現在は現場スタッフのマネージャー業務等を行う近藤香南子さんによると、アンケートの途中結果(500件時点)からは、適正化に向けた取り組みが、現場で働く人たちには十分に知れ渡っていない実態が浮かび上がっているという。
適正化の取り組みについて「知らなかった」と答えたのは8割ほど。この認知度の低さから、現場の声が十分には反映されないままに、制度設計に向け動いているのではないかと、歌川さんは危惧する。
JFPの調査では、適正化に関わる職能団体「映職連(※)」に加入する女性スタッフ率は、全体で15%以下であり、若手の助手スタッフも加入しづらい構造であることも明らかになっている。意思決定層に少なく、弱い立場に陥りがちな女性や若手の声も反映させた制度設計が重要だと、JFPは提言する。
※映職連=日本映像職能連合。監督、撮影、編集など各パートごとの職能団体が集まった連合体
経産省の担当者によると、適正化機関(仮)の設置に向け、現在「実証実験」と称し、映画会社4社が手がける作品で、ガイドライン検討案に則り映画制作が行われているという。
日本は年間の映画の制作本数が多く、コロナ以前は600本以上、コロナ禍でも500本ほどの邦画が公開されているが、その多くが中小規模の作品だ。
近藤さんは「小規模な作品の制作に関わるスタッフが取りこぼされないよう、映画業界全体に波及する仕組みとして制度設計してほしい」と訴える。
適正化に向けた取り組みでは、ハラスメント等の相談窓口を、製作委員会内に設置することを検討している。
製作委員会とは、映画製作会社やテレビ局、広告代理店、出版社など、コンテンツを流通させる能力のある事業者によって構成され、作品の制作から配給、プロモーションに至るまで、共同で出資を行う。
一方で、告発が相次ぐ中で明るみになっているのは、ハラスメントや性加害を受けた被害者の訴えを受け付ける相談窓口がないことに加え、身近な人や現場の統括ポジションに就く人に相談しても、泣き寝入りや黙殺を強いられる場合もあるという実態だ。
利害関係が強いことから、製作委員会には相談しにくいーーJFPのアンケートでは、約40%が「製作委員会内に設置しては意味がなく、誰も相談しないと思う」と回答。製作委員会は「身内」であり、匿名であったとしても噂が広まるのではないか、自分の仕事に支障があるのではないか、職や収入を失うのではないかと不安になるといった声も多く聞かれるという。
「今まで相談窓口がなく、相談したとしても現場のプロデューサーにするくらい。そもそも相談することを思いつかなかったという人もいます。製作委員会の中に窓口を作るのは当たり前。それでも解決できない問題に対処するために、映画業界から独立した第三者機関を作ってほしいです」(近藤さん)
「被害の実態や当事者の訴えなど、相談内容に応じて必要な窓口は異なってくるはず。日本に足りてないのは、業界とは距離があり、かつ業界の仕組みや構造についても理解のある窓口だと、調査結果から読み取れます」(歌川さん)
日本に先立ち、2016年からMeToo運動が広がった韓国では、監督でつくる組合の中に性暴力防止委員会が作られ、さらに映画業界から独立した相談窓口として、韓国映画性平等センターも設立。業界全体で性暴力防止に取り組んできた。
意思決定層にいる監督やプロデューサーなどによる地位や関係性を利用した暴力の被害にあうのは、俳優だけではなく、スタッフも同様だ。映画業界はフリーランスが多く、事前に契約書を交わさないことが常態化してきた。
映画を作る際には、製作委員会に加盟する映画製作配給会社が、元請けとなる制作会社に仕事を委託する。現場の実権はこの制作会社に移り、さらにそこから、下請けの制作会社やフリーランスのクリエイター、技術スタッフ、あるいは美術会社や車輌会社に仕事が発注されるーーという仕組みだ。
こうした構造によって、「労働面や安全面で何か現場で問題が起きた時、責任の所在が有耶無耶になり、製作委員会の責任問題になりづらい仕組みになっている」と、近藤さんは指摘する。
「日本映画界はフリーランスに支えられてきたのに、その人たちを守る仕組みが作られてこなかった。監督の中には個別に動いている人もいますが、多くの雇用を創出する大手の映画会社からは、告発が相次ぐ中でも自主的な発信がみられなかった。
適正化機関という大きな枠組みでの改革はもちろん必要ですが、個々の企業としてガイドラインを作るなどもっと迅速に動くことができたのでは。フリーランスの間では『何もしてくれない』と落胆が広がっていると感じます」(近藤さん)
過剰かつ不当な労働時間やハラスメント、差別などの人権問題をめぐっては、近年は企業活動においても防止や改善のための対処を求める動きが国内外で広がっている。歌川さんは、そうした「ビジネスと人権」の観点からも、大手の映画会社は「社会的責務を担わなければいけない」と話す。
「業界の中には『それで面白い映画を作れるのか?』という人もいますが、何よりも守られるべきは人権。まずはそのために制度を作り、現場の実情にあわせてブラッシュアップしていくべきでは。制度を作ったら即解決するわけでなく、議論しながら整えていく必要があります。映画スタッフや俳優の人権が守られた上で、『どうすれば面白い映画を作れるのか?』を考えいくべきでは」(歌川さん)
「労働環境保全や人権保護は、本来業界団体で担うべきだった役割。まずは、そうした団体を業界内で作るところから始めなければいけない」。歌川さんと近藤さんは、業界の人々が声をあげることも重要だと考える。
6月には、是枝裕和さんら映画監督7人が、映画業界の共助制度の構築や、スタッフの重労働問題や低賃金、ハラスメントなどの問題の解決を目指し、「action4cinema」を立ち上げた。同団体では、経産省・文化省などの官庁や、映連などの業界団体と協議し、フランスの映画産業を潤沢な資金力で支える「CNC」(国立映画映像センター)の日本版の設立も目指している。
歌川さんは「映画の製作や上映に関する支援制度についても、これまでとは異なるスキームとマインドで、足りないところに資金が行き渡るような仕組みを、業界内で作ることが必要」だと話す。アンケート結果からは、「助成金や予算が増えたとしても、現場に還元されないままになってしまう懸念も読み取れた」という。
その上で、「action4cinema」の取り組みや業界全体の動きについては、こう指摘する。
「発信力のある監督たちが動いているのは非常に心強いですし、あらゆる課題がお金の問題に直結しているので実現してほしいと切に願います。
他方で、action4cinemaは日本版CNCの『旗振り役』ということですが、実際に立ち上がった際には、監督たちの立場では利益相反になるため、受け皿にはなれないのではという懸念もあります。その場合、今ある映画関連の業界団体が再編されるのか、新しい担い手を創出するのか、という点も議論が必要です。
第一線の監督たちに期待を寄せるだけではなく、アカデミズム・映画スタッフ・映画上映者・観客・世論――映画に関わる全ての人が、課題解決に向けできることを模索し、引き続き考え行動していく必要があります」
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