旅行先で、安心・安全に過ごせるかは、誰にとっても大切な関心事ですが、LGBTQ当事者にとっては、特に重要な問題です。
地域によっては、性的マイノリティに偏見が強い場所があるだけではなく、同性愛を犯罪とみなしている国もあります。
また、宿泊施設などのスタッフに性的マイノリティへの理解がなければ、嫌な思いをする場合もあるかもしれません。
そういった問題をなくすための取り組みを、旅行会社も進めています。
「私たちには、LGBTQの旅行者が不安を感じずに旅ができるようにするための責任があります」と話すのは、オンライン旅行会社エクスペディア・アジア太平洋地域市場管理担当バイスプレジデントのマイケル・ダイクス氏。
どんな取り組みをしているのか、聞きました。
LGBTQ当事者が、旅先で経験する不快な出来事には様々な形態があります。
例えば、ゲイカップルの中には、ダブルベッドの部屋を予約していたのに、ホテルのフロントでツインに変えられたという経験をしたという人たちもいます。
自身もLGBTQコミュニティの一員であるダイクス氏も、実際にそのような対応をされた経験があるといいます。
そのため、パートナーとの旅行であえてツインを予約したこともあり「そういうことを旅行者にさせること自体が、おかしいですよね」と指摘します。
安心や安全は、旅先の決定にも影響を与えるほど大きな問題です。
エクスペディア傘下の旅行サイト「オービッツ」の調査によると、アメリカのLGBTQ当事者の60%が、旅先が安心できないと感じて予定をキャンセル、もしくは変更した経験があると答えました。
ダイクス氏は「たとえ身の危険を感じるほどのことはない場合であっても、白い目で見られるとか、嫌なコメントをされるという経験をする人もいます」と話します。
「私たちの責務は、ただ単に、旅行者に少しでも不愉快な思いをさせないということにとどまりません。旅行者に、いかにかけがえのない素晴らしい体験をしてもらうかが重要です。そのためにも、エクスペディアは宿泊施設と協力して、2つのことに取り組んでいます」
その1つが「LGBTQ当事者に配慮がある」と、宿泊施設に宣言してもらうこと。
日本では2021年に呼びかけを開始したところ、これまでに1000軒以上の施設が賛同したといいます。
宣言すると、エクスペディアのデータベースに登録され、旅行者が「LGBT+への配慮」という検索項目で、宿泊施設を絞り込めるようになります。
宣言をするために、宿泊施設はオービッツの「インクルーシビティ誓約」に同意することが求められます。
この誓約には「役職に関わらず、すべての従業員の嫌悪的、冒涜的、差別的な行動を一切容認しない方針を取る」と定められていて、これに同意した宿泊施設のみが宣言できます。
ただ、宿泊施設側から「宣言したものの、何をやったらいいのでしょうか」という相談が多く寄せられるといいます。
この問題を解決する為に、エクスペディアが力を入れているのが、2つ目の取り組み「教育」です。
エクスペディアは、インクルーシビティ誓約に書かれている情報を提供するなどして、宿泊施設に具体的にどんな行動が取れるかを伝えています。
例えば、ジェンダー代名詞の使い方。ダイクス氏は「日本語では、HeやSheなどの代名詞を直接的に使う機会はそれほど多くないのですが、英語では意識しないといけないと伝えます」と話します。
この点について、インクルーシビティ誓約では、本人が性別を明らかにしない限り、ジェンダーニュートラルな言葉を使うよう勧められています。
具体例として、「こんばんは、ミスター・スミス」ではなく「こんばんは」とのみ伝える。また、ゲストが自分の性別を伝えた場合は、従業員はそれに沿ったジェンダー代名詞を使うよう求められています。
インクルーシビティ誓約には他にも、次のような具体例が示されています。
・性的指向や性自認、性別表現について従業員を教育する。
・同性カップルがチェックイン/アウトする際に、差別や異なる扱いをしないよう従業員を教育する。
・近隣にある、LGBTQフレンドリーな場所やレストラン、アクティビティなどを、紹介できるようにしておく。
また、エクスペディアの「LGBTQIAの旅行者を歓迎するための方法」というウェブサイトでは、次のような行動も提案されています。
・ロビーやチェクインカウンターにレインボーフラッグを飾り、安心できる場所だと伝える。
・従業員が、レインボーのバッジや、ジェンダー代名詞を表示した名札を付けることを許可する。
・性別や性的指向、性自認、人種、宗教、年齢、言語、様々な面で多様な従業員を雇用する。
・ロビーやレストラン、ジムなどに誰もが使えるトイレを準備する
また、「おもてなし」の文化がある日本ならではの悩みもあるといいます。
ダイクス氏によると、多くの宿泊施設から「私たちは普段からすべての人をおもてなししていて、特に差別はしていません。どうすればいいのでしょうか」という悩みが寄せられます。
ダイクス氏は「差別はしない、すべてのお客を大事に扱うという考え方自体は、良いことです」としつつ、「LGBTQの旅行者に、悪気なく不愉快な思いをさせてしまっているのが問題なのです」と話します。
例えば、性自認について十分な知識がない従業員が、無意識のうちに間違ったジェンダー代名詞を使ってしまう恐れがあります。
さらに、ダブルで予約したゲイカップルの部屋をツインに変更するという対応も、「男性同士ならベッドが別の方がいいのでは」と思い込んでやっている場合もあるかもしれません。
「無意識でやってしまっていることがあるので、どういったことが問題で何ができるのかを可視化していきましょう、と宿泊施設側に伝えています」
こういった情報を提供しつつ、もっと学びたいという宿泊施設には、LGBTQ当事者についての研修プログラムを提供している外部団体を紹介しています。
ダイクス氏は「一番避けなくてはいけないのは、宣言しているにも関わらず、旅行者が嫌な思いをするということです。大切なのは宣言よりも有言実行なので、教育の面に力を入れています」と強調します。
LGBTQ当事者が安心して旅するために、ダイクス氏がもう一つ重要だと考えているのは、宿泊施設自らがインクルーシブになること。
普段から従業員が自分のアイデンティティを公言できる環境を作り、LGBTQの人たちが働きやすい環境を整えることが必要だと話します。
エクスペディアも、LGBTQ当事者や障がいがある社員が働きやすい職場づくりに力を入れており、ジョブレインボー社のダイバーシティ&インクルージョンアワード2021で「ベストワークプレイス」に認定されました。
ダイクス氏のLGBTQの友人の中には、エクスペディアの取り組みを聞いて「そこまでやらなくてもいいんじゃないか」と言う人もいるといいます。
「自分は性的マイノリティであることを公言していないので、ある意味耐えればいいと考えていると思います」と述べるダイクス氏。もっと開かれた社会になれば、本人たちもより幸せになる、と訴えます。
「そういったことを変えるためにも、社内で自分のアイデンティティを公言できるという環境を作るのが大事だと思っています。それが広がることで、旅行の時にも、隠す必要もない社会になればいいなと思います」
(取材協力:エクスペディアグループ)
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
LGBTQ当事者が旅先で直面する差別。“無意識”の行動を変えるために、旅行会社がやっていること