日本映画の未来の持続可能性のために、団体設立を目指す権利能力なき社団「Action4Cinema/日本版CNC設立を求める会」の会見が6月14日、日本外国特派員協会で開かれた。
「Action4Cinema」は、フランスの映画産業を下支えするCNC(国立映画映像センター)の日本版の設立を目的として結成された。日本映画製作者連盟(映連)や経済産業省など様々な官庁、業界団体と話し合いの場を持ち、日本映画における様々な課題を解決するためにシステム作りとそれを運営する組織の設立を促すために、研究および普及活動から提言などを行う団体だ。
会見に出席したのは、設立メンバーである映画監督の是枝裕和、諏訪敦彦、内山拓也、岨手由貴子、西川美和、深田晃司、舩橋淳の各氏7人。
本団体の立ち上げの経緯には、新型コロナウイルスによる映画業界の苦境があったという。諏訪監督は「コロナ禍で映画館が休業に追い込まれ苦境に陥った時に、それを救ったのはミニシアター・エイド基金など映画ファンによるクラウドファンディングと国からの支援金だった。だが、こういうことがもう一度起きた時、またクラウドファンディングに頼るべきなのか。業界全体で互いに持続的に支え合うシステムの必要を感じた」と話した。
また、常態化している現場スタッフの重労働問題や低賃金、ハラスメントなどの問題を解決する必要もあるという。
現在、映画スタッフの75%がフリーランスであり、経産省が実施したアンケートでは仕事の悩みとして「収入が低い」「労働時間が長すぎる」「将来への不安がある」といった回答が多く寄せられているという。そして、昨今メディアでも取り上げられる機会が増えているハラスメントについても、回答者の48%が何らかの形でハラスメントを受けたことがあると回答したとのことだ。
ジェンダーの不平等も改善が進んでいない。岨手監督は、決定権のある重要なポジションに女性が少ないのは、子育てしながら業界に留まることが難しいことに理由があるのではないかと語る。岨手監督自身、2人の子どもを持つが1人目を出産した時に、仕事のオファーがなくなり、2人目の出産時には保育園に入れるまで黙っていたと実体験を明かした。長時間の拘束が常態化しているがゆえに、子育てに時間を取られないスタッフの方が重宝される傾向があると指摘する。
登壇者の中で最年少である30歳の内山拓也監督は、「日本映画の製作本数は著しく増加している代わりに低予算化が進んでいて、環境が悪化していると感じる。若い仲間がどんどん業界を離れている」と現状に対する実感を説明する。
こうした現状を改善していくためには個人の努力だけでは足りない、業界全体で支援する仕組みが必要だと訴え、本団体は、それを業界に対して求めていくことを目的にして発足された。
本団体がお手本にするのは、フランス映画を支えるCNCという組織だ。
CNCはすでに75年の歴史を持ち、フランスの映画産業を企画から製作、配給、さらには海外プロモーションやアーカイブ活動にいたるまで広く支援している組織だ。
フランスでの監督経験のある諏訪監督は、CNCの支援があったおかげで映画を作り続けてこられたと語る。CNCは、興行的には大きな利益を上げにくいインデペンデントなアート系作品を支援する一方で、大きな成功を挙げた作品には、その分だけ大きな還元が受けられる仕組みになっており、メジャー映画の利益でアート映画を作るという話では決してないと諏訪監督は強調する。
CNCは財源として、映画館のチケット代、テレビ局やビデオ販売の利益、Netflixなどの配信会社の利益の一部などを還元しており、年間総予算は913億円(2019年)。これは日本の省庁の助成金80億円の10倍以上だ。この潤沢な予算で、現在は映画だけでなく、テレビ番組やアニメーション、さらにはゲームにいたるまで支援の対象としている。
会見ではスライドで各国の文化予算の比較表が示されたが、日本は製作本数が689本とアメリカに次ぐ数字であるにもかかわらず、支援予算は最も少ない。そのしわ寄せが制作現場のスタッフに向かっているだろうことは想像に難くない。
CNCを手本に韓国ではKOFIC(韓国映画振興委員会)が設立され、こちらもやはり映画製作の上流から下流にいたるまできめ細かい支援がなされているという。韓国の撮影現場ではハラスメント講習の実施が義務付けられているが、そうした講習の予算もKOFICから助成金が出るケースがあるそうだ。
『ベイビー・ブローカー』で韓国映画の撮影を体験しカンヌ国際映画祭に参加した是枝監督は、普段よりも客観的に日本映画界を見ることができたと振り返る。映画祭での評価は映画において絶対的な価値ではないとしながら、ここ10年で日本映画の存在感は低下し、入れ替わるようにKOFICのような組織を持つ韓国映画が台頭してきていると感じたという。
日本版CNCは、教育支援、労働環境保全、製作支援、流通支援の4つの実現を目標にするという。
是枝監督は「エンタメが稼いだお金でインデペンデント映画を作りたいわけではない」と強調する。日本版CNCはの目標は、「芸術とエンタメを分けるのではなく、映画産業に携わる人がきちんと生活できて、老後の貯蓄などもできるような仕組みを整えること」。そのためには、労働環境を改善し、ヒットする映画だけにお金が集まるのではなく、次代を担う才能が出てくるきっかけとなるインデペンデントな作品の製作から配給、プロモーションまで包括的に支援をする仕組みを作り、産業全体の基盤を固めていくことが重要だと訴える。
実現には当然財源が必要になる。これはフランスのように劇場興行収入の一部を還元する仕組みの構築を検討しているという。そのために映連と話し合ってきたが、「(色々な人に、映連は)絶対に動かないと言われてきた。しかしここをどう動かすかを考えないといけない」と是枝監督は語る。
また、是枝監督は、質疑応答の中で劇場収入の還元案について、前映連の会長で東映グループ会長を務めていた故・岡田裕介氏に「自分はもうすぐ辞めるので、(後任の)島谷能成(現・映連会長、東宝株式会社代表取締役会長)に言ってくれと言われた」と回答。そして、島谷氏との話し合いでは「法律が変われば応じる」と言われたと明かした。
財源には、劇場の興行収入のほか、放送や配信の利益の一部を還元してもらうことも構想しており、U-NEXTやNetflixなどの配信系の会社ともすでに話し合いは始めているといい、いずれも好感触だったそうだ。
法律があれば応じるということなら、先に行政機関に働きかけるのも手だと考えられるが、本団体はまずは業界が自主的に動くべきだと考えている。
船橋監督は、コロナ禍で映画支援を訴える活動で公的機関に行くと、必ず「支援が必要という声は業界全体の総意なのか」と聞かれたという。法整備を含めた公的援助を求めるためにも、まずが業界内での共助の仕組みを整備し、一枚岩になる必要性があるとのことだ。
Action4Cinemaでは、ハラスメント対策として映画業界に特化したガイドラインの草案を公式サイト(https://www.action4cinema.org/)に掲載している。海外のガイドラインを参考しながら作成したもので、これをたたき台としてより精緻なものにしていきたいと語った。
その他、これまでも本団体は、文化庁に契約者のひな形にハラスメントに関する文言を入れてもらうよう提言し、経産省主導で設置された映像制作適正化機関(仮称)とも話し合いを進めており、連携して労働環境改善のために努力していくとのことだ。
韓国映画の製作を経験した是枝監督は、「日本映画の方がある意味で多様性がある」と語る。それは製作本数の多さによるものだが、低予算作品の多くが「ボランティア」のようなスタッフに支えられていて、仕事として成り立っていない問題があると指摘する。「今までそういう状況に甘えてきたが、それはもう通用しない。CNCやKOFICのような組織がなければ、今後真っ先にそうした映画が作られなくなってしまい、日本映画から多様性が失われる」と危惧する。
深田監督は、海外の映画人と話して助成金の豊富さを羨ましいと伝えると、「自分たちはそれを勝ち取ってきたんだ」と言われたそうだ。行政の支援をただ待つのではなく、現場の監督たちが日本でも立ち上がり声を上げ始めた。共助の支援を作るための長い戦いがここから始まる。
(取材・文:杉本穂高)
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「日本映画から多様性が失われる」と是枝監督ら。映画産業の共助システム目指し、日本版CNCの設立求める