厳しすぎるコロナ対策に耐えきれず…日本へ逃亡した中国人の本音。「もう戻りたくても戻れない」

「やったあ!ついに出られたぞ!」

政府による厳しいコロナ対策が実施されてきた中国・上海市で、ある男性は自撮り動画の中で快哉を叫ぶ。10時間半歩いて辿り着いたのは空港。行き先は日本だ。

中国のネット空間では、国外への脱出を希望する声が後を絶たない。彼らはなぜ中国での生活を捨てようとし、海外生活に何を求めるのか。

日本移住を目指す人、そして実際に上海での生活を捨て去り、日本生活を始めたばかりの中国人が取材に応じた。

■「潤=海外脱出する」

冒頭の動画が話題となったのは5月中旬だ。 青色の雨ガッパを身にまとった男性が、徒歩で空港を目指す。自転車などではダメだったという。遠出することがばれて止められてしまうからだろう。

男性はそのまま10時間半の道のりを経て空港に辿り着き、日本へと向かう。SNSでは「脱出おめでとう」「チケットさえあれば私だって歩く」などのコメントが相次いだ。

中国は、厳格な水際対策と隔離措置、それに徹底した検査を織り交ぜた「ゼロコロナ政策」を続けてきた。上海市では3月末ごろから事実上のロックダウンが始まった。6月1日には解除されたが、感染者が出れば再び封鎖されるリスクは変わらない。

事実上のロックダウン解除初日の上海 (Photo by Yang Jianzheng/VCG via Getty Images)

そんななか生まれたのが、海外脱出を希望する声たちだ。

複数の中国メディアによると、ロックダウン期間中、検索エンジン最大手「百度」では「カナダに移民する条件」という検索ワードが前の週と比べて2846%もの増加幅を記録した。次いで「国外に出るならどこが良いか」で、2455%も増えた。関心の高さが窺える。

移民先として検索回数が多かったのはオーストラリアやアメリカ、カナダ。一方で、人気といえるかは不透明なものの、日本を選択肢としてあげるコメントもSNS上で散見された。

こうした流れのなかで生まれた新語がある。「潤」だ。

発音は、日本語では「るん」に近い。中国語の発音記号では「run」と書く。英語の「run(走る)」が由来で、海外へ脱出するという意味を持つ。中国のSNSでは、より良い移民条件を模索するなどの文脈で「潤学」といった言葉も使われる。

「潤」は海外脱出するという意味を持つ新語だ

■当事者が取材に応じた

「大阪や北海道など、過去に日本を2回訪れましたし、日本語も自分で勉強していました。上海がロックダウンになって考えが固まりました」。

上海に住みながら日本への「潤」を夢見る中国人男性は、筆者の取材にこう答える。元々、日本に親しみがあったことに加え「民主的な制度や自由があること」を重視した結果だという。

男性は来年、留学生としての来日を目指す。そのあと中国に戻るつもりはない。

しかし中国では、出国を制限する動きが広まっているとみられる。中国の国家移民管理局は5月12日、「不必要な出国」を厳しく制限するとの方針を発表。コロナの感染拡大抑制が目的としたが、この男性も「100%出られるとは思っていません。全力を尽くすしかありません」と不安を抱えている。

別の30代男性はすでに中国国外で暮らしているが、日本への移住を希望する。日本ではゲーム関連の仕事に就きたいと考え、今も語学の勉強に励む。「もう中国には戻りません。道徳のボトムラインもない社会には帰りたくない」と胸中を明かした。

実際に「潤」を敢行し、3月から新天地・日本での生活を始めた男性の秦さん(仮名)が取材に応じた。

秦さんは河南省出身の30代。働いていた上海から日本に渡り、いまは語学学校の生徒として勉強とバイト漬けの日々を送る。

「潤」の字をホワイトボードに書く秦さん(仮名)

「国外脱出した理由は簡単。共産党の統治する中国で暮らすのが嫌になったからです。新型コロナが発生してから、党の権限は無限に拡大しています」

移民先の検討を始めた当初、欧米諸国なども候補に上がった。しかし留学生としてのビザ取得要件や生活費用などを考慮した結果、日本に決めた。日本は初めてだったが、文化や食べ物への興味も後押ししたという。

来日前の状況について、秦さんはこう話す。

「市全体のロックダウンの前でしたが、一部の場所では封鎖措置が始まっていました。今は日本行きのチケットもかなり高額で、買ってからの1ヶ月はずっと緊張していました。いつ封鎖措置で部屋から出られなくなるか分かりませんからね。日本に着いたときは本当に嬉しかった。不自由や恐怖を感じていたのが、今は自由で安全だと感じられます」

まだ日本語でのコミュケーションもうまくいかない秦さん。「一年くらい経てば会話も上手くなっているはず」と、時間をかけて日本社会に馴染んでいくつもりだ。

「日本は外国人にも寛容な社会だと感じています。生活自体は難しくありません。よく海外に行くと二等公民(平等な待遇を得られないこと)扱いをされたり、就職してもガラスの天井があったり、という話を聞きます。しかし社会にとけこむ自信はあります。中国にいるときと同じように振る舞うのではなく、物事のやり方や考え方を日本人と一緒か、少なくとも近づけようとする努力が必要だと考えています

秦さんは今、SNSを通じて海外脱出を望む中国人に無償で情報提供を行っている。これまでに相談してきた中国人は数十人にも上る。

連絡が相次ぐ理由については「上海がロックダウンになり、以前の友人や同僚も含め、たくさんの人が国外脱出を考えるようになりました。まさかあんな仕打ちを受けるなんて、上海市民の誰もが予想していなかったはずです。現状への不満と、中国全体の未来への自信のなさがあるのでしょう」と推測する。

一方で、海外移住を本当に決心する人は少ないとみられるのが現実だ。

「本当に移民するのは数十人のうち2、3人です。検討中の人もいますが…。『夜には千もの道を考えるのに、朝になれば歩くのはいつもの道』という言葉の通りです。ただ、私は正しいことをしていると思います。近いうちに中国で大きな変化が起きるとは思っていません。私と似た価値観を持つ人には国外に出てほしいと願っています

しかし、秦さんのように、共産党の一党支配に対して明確に否定的な考えを持つ中国人は決して多数派とは言えないだろう。

「私の経験からしても…間違いなく少数派ですね。私よりも若い10代、20代はもっと政府支持だと思いますよ。私が小さな子どもの頃、中国は今よりずっと開放的でした。授業でも、ネットでも、出版物でも民主や自由、体制改革を求める声に接することができました。習近平政権の始まりと同時に大きな変革があり、規制が強まったのです。制限された情報と共に育った若い世代は、体制への信頼が相当深くなっています。小粉紅(ピンクちゃん=若い民族主義者)と呼ばれる人たちですね」

家族や友人の暮らす中国には「戻りたいけど、戻れない」という秦さん。帰国した後、再び日本に向けて出国できる保証がないからだ。

ネット空間で発生した「潤」ブーム。それは、厳格な「ゼロコロナ」政策への不満の高まりを反映しているとみられる。一方で、今の生活基盤を捨ててまで海外に飛び立てば、当然のことながら相応の代償を支払うことになる。

「後悔なんて全くありません」 と秦さんは笑う。少なくとも、彼らのような少数派に対して、「潤」ブームは現実的な選択肢を提供している。

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厳しすぎるコロナ対策に耐えきれず…日本へ逃亡した中国人の本音。「もう戻りたくても戻れない」

Fumiya Takahashi