テクノロジーの発展や日常生活でのIT活用の場面が広がったことにより、デジタル分野で新たな人権課題が生じている。
喫緊の課題となっていることを示す一つの指標としては、世界経済フォーラムが発行する「Global Risk Report2021(グローバルリスク報告書2021)」で、テクノロジーの分野から「デジタルパワーの集中」と「デジタル格差」が発生の可能性が高いリスクトップ10に挙げられた。
デジタル技術そのものが脅威と見なされる傾向も高まっている。
国連が2月20日の「世界社会正義の日」に合わせて開催するイベントの2021年のテーマは『A Call for Social Justice in the Digital Economy(デジタル経済における社会正義の呼びかけ)』だった。デジタル領域がSocial Justiceの重要分野と捉えられている。
実際にモニター デロイトで用いているサステナビリティ センシングという考え方・ツールに基づき調査したところ、2017年以降の「AIと倫理」というテーマの動向だけを見ても、従来はテクノロジー企業界隈だけで話題になったり、一部のNGOが指摘しているといった状況から、2021年にはヘルスケア、サービス産業など幅広い業界で意識され、大手メディアで取り上げられるテーマへと移行し、注目度が高まっている。
こうした中で、テクノロジーを扱うあらゆる企業では「技術」と「ビジネスモデル」の両面からSocial Justiceにかかるアクションを取る必要が生じている。
「技術」の観点では、よく話題となる顔認識技術を活用した事業で、個人の生体認証データをユーザーに同意なく収集することがプライバシーの侵害に当たると批判されている。
あるデジタル企業は、SNS上で顔認識技術を利用して写真にうつった人に同意なくタグを付けているのはイリノイ州のプライバシー法に違反するとして、6億5000万ドル(約690億円)の和解金支払いを求められる事態となった。
各社の開発する顔認識技術の一部は、未だ人種や性別等の属性によっては認識精度が低いことも指摘されている。
世論の批判の高まりから、IBMは顔認証技術を活用した事業から撤退し、Amazon、Microsoftも米国連邦法で正式な規定が成立するまで公的機関へのサービス展開を一時停止するという措置を取っている。
デジタル技術はその適用範囲の広さ故に、技術の販売や事業展開の段階であらゆる人権に配慮し、ステークホルダーから要求されるSocial Justiceのスピードに対応しきることは至難の業だ。
ビジネスモデルの観点では、デジタル分野でリードするGAFAといった巨大テック企業やプラットフォーム企業への追及も始まっている。
情報・データを一元的に保有し、ユーザーとの情報格差によってビジネスモデルを成立させている点や、利用者間、利用者と利用企業間の人権課題を放置している点が問題視されている。
デジタルの領域でもSocial Justiceについて問われ始めている一方、既にSocial justiceの考え方をうまく取り入れて事業展開を始めている企業も存在する。
3つの事例を紹介したい。
本来、あらゆる人に権利や情報が与えられるべきだが、現実には社会的差別や偏見、情報格差等の障壁により、その機会が平等に提供されていない。それらの障壁をテクノロジーによって打破し、格差が固定化された社会を変えていく事業が存在する。
例えば、イギリスの「Chatterbox(チャッターボックス)」は語学スキルが高い難民を講師とし、オンライン言語学習プラットフォームを運営している。労働市場で過小評価されている難民のスキル適正を見出し、受講者とのマッチングの場を提供している。語学教師が不足しているイギリスでは、語学力不足によって国外とのビジネス機会の損失が数十億ポンド規模にのぼるなど、経済的コストが指摘されている。
新疆ウイグル自治区の問題もあり、企業へのプレッシャーが高まっているのが、サプライチェーン全体における人権リスクにどう取り組み、透明性をどう確保するのか、という問題だ。
トレーサビリティを確保することが難しいサプライチェーンの人権課題について、アメリカの「Supplyshift(サプライシフト)」という企業は、各サプライヤーのESG情報を収集して評価するサービスを提供している。
どこにどんな課題があるのか、サプライチェーンのグローバルなサプライヤー情報がすべて見渡せるため、潜在的な人権リスクを防止する役割も果たしている。ウォルマート、ウォルグリーンなど100社以上の小売りや消費財メーカーが参加する米国の業界団体とも連携し、参加企業間でのサプライヤー情報の提供・透明性の確保にも貢献するなど、一大プラットフォームを構築している。
誰一人取り残すことなく金融サービスにアクセスできる「ファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)」において、デジタルを活用して課題解決に取り組む企業もある。
南米最大のユニコーン企業であるブラジルの「NuBank(ヌーバンク)」では、低所得者層に向けた、年会費無料のクレジットカード(マスターカード)の発行やヌーコンタ(NuConta)と称するデジタル金融取引口座の取り扱いを展開。利用者はメキシコ・コロンビアも合わせて3400万人に達する。
ヌーバンクの口座保有者は「Whatsapp決済」や消費者向けローンなど、様々な金融サービスを受けることができる。
また、イギリスのスタートアップ「Aire(アイレ)」は、「信用スコアリング」のアップデートにユニークなアプローチで取り組んでいる。オンラインによるインタラクティブなインタビューを通して得た情報に基づき、現時点での収益性だけでなく、将来的な収益性(今後その人がしっかりと稼いでいける能力があるのか、また稼ごうという意思を継続できるのか)をAIが判断。過去の借入状況などを見る従来の評価方法では信用スコアが低かった層が抱える構造的障壁を打ち破ろうとしている。
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このように、デジタル分野におけるSocial justiceは、企業にとって最低限守るべきものであると同時に、「攻め」に転ずる新たなビジネスモデルの芽にもなりつつある。
【文・藤井麻野、福岡杏里紗 編集・中村かさね】
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2022年、ビジネスの新潮流となりつつある「Social Justice(ソーシャル・ジャスティス)」。
資本主義が一つの転換点に立つ中で、存在感を増してきた「Social Justice」について、モニター デロイトの執筆陣による全5回の連載で紐解いていきます。
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第1回 岐路に立つ日本企業。「ソーシャル・ジャスティス」に取り組むべき5つの根拠
第2回 “攻め” としての「ソーシャル・ジャスティス」。7つのポイントで解説
第3回 経営リスクとしての「ソーシャル・ジャスティス」。3つの“落とし穴”とは
第4回 3つの事例でみる。DXにおける「ソーシャル・ジャスティス」はビジネスチャンスだ
第5回 “戦わない”ブランドは選ばれなくなる。「ソーシャル・ジャスティス」のその先へ……
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
3つの事例でみる。DXにおける「ソーシャル・ジャスティス」はビジネスチャンスだ