「労働者の命は魚より価値がない」。シーフードの裏にある「海の奴隷」の現実に私たちができることは

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』

人身売買や拉致をされて漁船で強制的に働かされる「海の奴隷」の実態と彼らを救うために命懸けで闘う活動家らを追ったドキュメンタリー映画『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』が5月28日に公開される。

日本は、漁業における奴隷労働が横行するタイから水産物を輸入する世界第2位の国だ。ツナ缶やエビ、キャットフード…。日本に暮らす私たちは、知らず知らずのうちに奴隷労働によって獲られた水産物を買い支えているかもしれない。

手が届かない海の上で起きている深刻な人権侵害に、社会や消費者はどう向き合えばいいのかーー。本作の監督で、ジャーナリストのシャノン・サービスさんに話を聞いた。

<シャノン・サービス監督>ニューヨーク・タイムズ、BBC、ロンドンのガーディアンなどに作品を提供している独立系のレポーター、映像作家。主に海洋での犯罪に焦点を当てているが戦争の被害から心の傷まであらゆるものをカバーしている。2012年、ベッキー・パームストロムと協力して、ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の番組「モーニング・エディション」でタイの漁船における奴隷制を紹介。エドワード・R・マロー賞を含むいくつかの報道賞を受賞。

ある日突然、騙されて船に乗せられて…。待っていたのは「魚以下」の扱い

「数万、数十万単位の男性や男の子が村や都市部から消えている。どうやらタイの漁船で強制的に働かされているらしい」

サービス監督が「海の奴隷」と呼ばれる人々のことを知ったのは、ミャンマーで活動するジャーナリストから聞いたこんな「噂話」からだった。

2012年から取材を開始。その過程で、漁船で奴隷となった人々の救出を続けるタイのNGO「労働権利推進ネットワーク(LPN)」のパティマ・タンプチャヤクルさんに出会う。そこから約5年間、彼女らの活動を追い、映画を完成させた。

パティマ・タンプチャヤクルさん。活動の成果が評価され、2017 年ノーベル平和賞ノミネートされた

「海の奴隷」の多くが、タイやカンボジア、ミャンマーなど東南アジアの貧しい男性たちだ。人身売買業者らに「魚の缶詰工場で仕事がある」などと騙されたり、飲み物に睡眠薬を入れられて意識を無くしている間に誘拐されたりして、強制的に漁船に乗せられる。待っているのは、人権という言葉など一切存在しない過酷な労働だ。

「エイの尾や金属パイプで殴られ熱湯をかけられた」「眠気を感じた時には覚醒剤を渡された」「海に投げ捨てられた友達もいる」「休みなく働いたが報酬は一切なし」ーー。かつて奴隷労働を経験した男性たちは重い口を開く。

獲った魚は母船に積み替えられ、食糧や燃料も母船を通じて供給されるため、陸地に逃げ出すチャンスはほとんどない。

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』

サービス監督には忘れられない言葉がある。11年間奴隷労働を強いられ、現在はタンプチャヤクルさんと一緒に活動する男性が語ったことだ。

「『船で働いていたとき、自分の命は魚の命より価値がないと感じた』と彼は言ったんです。漁業をしているとき、マグロなど高値で売れる魚が船から落ちてしまったら、必ず船を止めて拾いにいく。でも、労働者が海に投げ出された場合は、無視されてしまうことがほとんどだったと…」

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』

タンプチャヤクルさんらは、インドネシアの島々などで、漁船会社によって監禁されていたり、海に飛び込んで逃走したりした奴隷たちを探し出し、出身地に戻すなどしてきた。

映画には、奴隷となり、24年間故郷に帰れていないカシムという男性を見つけ出したシーンがある。彼は「人生を棒に振ってしまった」と語り、母親に送るビデオメッセージを撮影する途中で泣き崩れた。

「カシムはもうはるか昔に家族と再び連絡が取れる日がやってくるという希望を失っていました。私たちには想像もできない苦難を乗り越えてきた彼の涙を思い出すと、今でもこみ上げるものがあります」。サービス監督はそう振り返る。

奴隷となり、24年間も故郷に帰れていないカシム

動き出した国際社会

タンプチャヤクルさんの活動や報道などによって、国際社会も漁業における人権問題の解決に向けて急速に動き出している。

ポイントとなるのが、「違法・無報告・無規制(IUU)漁業」の規制だ。こうした漁業は「乱獲」や「獲りすぎ」など漁業資源の枯渇につながると同時に、漁業労働者への人権侵害の温床になっていると指摘されている。

EUは2015年、タイに対して、IUU対策が改善されなければ水産物の輸入を停止するとの「イエローカード」を発出。これを受けてタイ政府は、IUU対策を強化する法制度を整備し、2019年にはILO(国際労働機関)の漁業労働条約にも批准した。

各国・地域による「漁獲証明制度」の導入も進んでいる。水産物に「いつ、どこで、だれが、なにを、どのように」漁獲されたかの証明を求めるもので、IUU漁業由来の魚の流通を食い止めるために有効だ。

また、水産物に限らず、モノのサプライチェーンにおける人権問題への対応も加速している。イギリスの「現代奴隷法」など人権デューデリジェンスに関する法整備も広がり、企業も自社のサプライチェーンの人権問題を経営課題と位置付けて取り組み始めている。

サービス監督は、「海の奴隷」の取材を始めてから約10年間の変化をこう語る。

「取材をし始めた2010年代前半は、水産業関連の国際会議に参加しても、奴隷労働はもちろん、労働に関することは全く議題に上がりませんでした。しかし、今は重大な問題として必ず取り上げられます。この問題がここまで可視化されたことに驚き、同時にとても喜んでいます」

日本のIUU対策には不十分な点も

一方、日本のIUU漁業対策には不十分な点も指摘されている。2022年12月に導入される予定の漁獲証明制度は、対象となる魚種が国内水産物3種、輸入規制対象4種のみと、欧米の対象種と比べて極めて少ない。欧米市場で排除されたIUU漁業由来の水産物が日本市場に流通してしまう懸念が続く。

国際NGOのWWFジャパンの滝本麻耶さんは「日本は欧米に続く巨大な水産物輸入市場。日本がIUU漁業由来の水産物に門を閉ざせば、IUU漁業の撲滅に大きな弾みになる」と日本政府へさらなる対応を求める。

消費者は「この魚はどこからきたのか」と常に問いかけて

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』

最後に、私たち日本の消費者ができることは何か。

商品の背景にある奴隷労働の有無を見極めるのは難しいが、できることはある。

滝本さんによると、持続可能な漁業によって獲られたことを示す認証マークがついた魚を買う、スーパーマーケットのお客様カードに「売り場に認証マークがついた水産物を置いてほしい」などと書いて投函するなどは身近にできる行動だという。

サービス監督もこう訴える。

「魚を買うときに『この魚はどこからきたのか』と常に問いかけて、声をあげていってほしい。それが(不当な労働を強いられる人々に対して)『私たちも一緒に戦いますよ』という連帯を示すことになります」

ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇
5月28(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

ハフライブ 「魚から考えるSDGs」(2022年4月配信)

日本の食卓に欠かせない「魚」。しかし実は、海の水産資源は枯渇に向かいつつあるといっても過言ではない状態です。海の豊かさをどのように守っていけばいいのでしょうか。

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「労働者の命は魚より価値がない」。シーフードの裏にある「海の奴隷」の現実に私たちができることは

Haruka Yoshida