岸田政権の目玉政策の一つ、経済安全保障を象徴する法律が5月11日、可決・成立した。
正式名称は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」。外国による輸出規制やサイバー攻撃などが、私たちの生活に直接影響を及ぼしかねない今、国として対策を進める第一歩となる法律だ。
一方「安全保障上の懸念」という理由で、民間企業はビジネスの軌道修正を迫られる可能性がある。企業としては、国にとって「機微」とされる物資や設備などを扱う際に注意が必要だ。
具体的には、どんな点に留意すべきなのか。法律を構成する「4本柱」を解説する。
柱の一つ目は「重要物資」を日本が安定的に確保するためのサプライチェーンの強靭化だ。具体的には、特定の物資の入手先を分散させたり、国内に備蓄したりする動きを支援する内容となっている。
国民が生きるために欠かせない物資の供給が特定の国に依存していれば、外交手段などとして日本への輸出をストップさせられる事態が想定される。過去には、沖縄県・尖閣諸島沖で中国船の船長を日本側が逮捕した時に、釈放を求めた中国がレアアースの供給を制限した例もある。
こうした事態を未然に防ぐため、大まかに、次のような流れで対策を進める。
1)「特定重要物資」の指定
2)関係のある民間企業の取り組みを政府が認定
3)資金面の支援を実施
政府はまず「特定重要物資」を指定する。
これは「国民の生存に必要不可欠」、または「広く国民生活もしくは経済活動が依拠している重要な物資」やその原材料・部品などが含まれる。具体的な品目は条文には示されておらず、政令で決められる。
具体的には何が含まれるのか。小林鷹之大臣は3月25日の衆議院内閣委員会でこれを問われると「現時点で予断を持って言及はできない」と前置きしつつ、半導体やレアアース、それに蓄電池や医薬品などを列挙。なかでも医薬品については「生存に不可欠だ」と強調した。
この「特定重要物資」について「外部に過度に依存し、又は依存するおそれがある場合」、民間事業者(企業など)は、安定的な供給を実現するための計画を作り、大臣から認定を受けることができる。
「安定的な供給」とは、国内での生産設備の強化や、入手先の多様化、それに備蓄や代替物資の開発などを想定する。認定を受ければ、資金面での支援も受けられる設計だ。
資金支援については助成や融資が検討されているが、内閣官房の担当者は「どのくらいの規模、上限、割合になるかは今後詰めることになる」と話している。
大臣は物資に関する調査権限も保有する。「生産、輸入または販売」を行う事業者に対し、報告や資料提出を求めることができる。事業者は求めに応じるように「努めなければならない」とされる。
この調査に対し、国会提出前の原案では、拒否すれば「30万円以下の罰金」という規定があったが削除された。この理由について小林大臣は国会で「罰則付きの応答義務を課すことは強権的」だったと振り返っている。
二本目の柱は「基幹インフラ」だ。発電所や空港に用いられる設備が、導入時やソフトウェア・アップデートに乗じて不正なソフトウェアを仕込まれ、有事の際に誤作動を起こされる事態などを想定する。
これを防ぐため法律では、導入する設備や維持管理を委託する業者などについて事前審査を義務付ける。対象分野は14あり、以下の通りだ。
▽電気▽ガス▽石油▽水道▽鉄道▽貨物自動車輸送▽外航貨物▽航空▽空港▽電気通信▽放送▽郵便▽金融▽クレジットカード
これらの分野の中から、機能が停止、もしくは低下した場合に「国家及び国民の安全を損なう」とされる事業者が絞り込まれ、政令で指定される。
指定されると事前審査プロセスが発生する。審査は、事業者が提出した「導入計画書」を所管する省庁がチェックする形式だ。審査は原則30日まで(延長可)。
重要設備の導入では設備の概要や供給者、それに部品などが審査対象となる。維持管理の委託をする場合は委託相手や再委託の概要などがチェックされる。
審査の結果、仮に国外からの妨害行為のおそれが大きいと判断された場合、設備の導入や委託の変更などを求める「勧告」が出される。事業者は、10日以内に勧告を受けいれるかどうか国側に通知せねばならない。
もし事業者から返答がなかったり、正当な理由なく勧告を受け入れなかったりした場合、国は中止命令を出すことができる。
届出をしなかったり、嘘の申告をしたりして重要設備の導入などをした場合、2年以下の懲役か100万円以下の罰金、もしくはその両方が科される。
三本目は官民による「先端技術の開発」だ。法律では先端技術を「政府インフラやテロ・サイバー攻撃対策、安全保障」などで活用できると規定していて、「我が国が国際社会における確固たる地位を確保し続ける上で不可欠」としている。
「特定重要技術」として宇宙・海洋・量子・AI・健康医療などの先端技術を想定し、資金支援に加え、制度面から社会実装をサポートする「協議会」を設置する。
この協議会はプロジェクトごとに個別に設置され、研究者に加えて省庁も参加する。そして、国が保有するニーズ(需要)やサイバーセキュリティの脆弱性などの機微な情報が共有される。研究開発をバックアップするためだ。
機微情報については、民間研究者であっても国家公務員と同等の守秘義務が求められる。内閣官房によると、研究成果は公開が基本だが、機微情報が反映される部分については非公開となる場合もあり得る。
協議会の規定に反し秘密を漏らすか盗用した場合、1年以下の懲役か50万円以下の罰金となる。
併せて、2023年度を目処に「シンクタンク」を稼働させる。これは世界中でどのような先端技術の開発が進んでいるかといった情報を集めるほか、開発に必要な人材の確保や育成を担う。明確には決まっていないものの、既存の研究機関への委託が想定されている。
四本目は非公開特許。
耳慣れない言葉かもしれない。日本の特許制度では、出願された発明は、一定期間をおいて公開されることになっているからだ。しかし「公開になれば我が国の安全保障環境が著しく損なわれる恐れがある発明」も存在すると、法案のあり方を検討する有識者会議で指摘されていた。
例として挙げられているのが、日本の「レーザー濃縮技術研究組合」が開発したウラン濃縮技術だ。IAEA(国際原子力機関)が2004年に韓国の施設を視察したところ、公開されていた特許技術に基づく機器が発見された(毎日新聞デジタル版/2015年11月4日)。
このため「公にすることにより国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されている」特許については、公開を留保する。それにより、機微技術の流出などを防ぐ狙いだ。
非公開特許に指定されるためには2段階の審査がある。まず特許庁が「公にすることにより国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」が含まれる特許を、内閣府に送付する。
受け取った内閣府は安全を損なうおそれの程度や非公開にした場合に産業の発達に及ぼす程度などを勘案する。公開を留保するものは「保全指定」とし、出願の取り下げや発明内容の開示、それに外国への出願などが禁止される。
一方で、非公開とされた場合、発明の実施が許可されないことによる損失などは、補償されることになっている。
非公開の内容を公開するなどした場合は2年以下の懲役か100万円以下の罰金となる。また、禁止されているのに外国へ出願した場合は1年以下の懲役か50万円以下の罰金だ。
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