2020年の秋に妊娠したとき、私はSNS上の育児コンテンツをよく見ていた。新生児を愛おしそうに見つめる両親の写真をクリックしたり、幼児のオモシロ動画を眺めたりした。
でも、その殆どは温かく楽しい動画ではなかった。逆に「親になるのって最悪」といった内容が圧倒的に多かったのだ。
「睡眠とはさようなら!」「家は永遠に混乱状態」「幼児期は長い癇癪期」「シャワーさえ浴びられない」「熱いうちにコーヒーも飲めない」「今後しばらくはサバイバルモードだよ」…などなど。
もちろん、一部の人の育児体験ではこれが真実で、その理由はたくさんある。例えば、赤ちゃんがよく眠らなかったり、気難しい性格だったり、健康問題があったり特別な配慮が必要だったり…。他にも、親自身が以前からあった精神疾患や産後うつ、不安症、出産時のトラウマからの回復に苦しんでいたりするかもしれない。経済的な困難も、当然ながら育児をさらに困難にする。同様に、育児休暇や保育サービス、頼れるパートナーや家族・友人がいないことも影響する。
しかし、私の経験は違うものだった。
息子が健康でよく寝てくれたこと(5カ月から7カ月までを除けば)、会社が充実した育児休暇制度を提供してくれて、フィアンセや家族・友人から強力な支援があることなどが大きく関係していると思っている。
だからといって、母親になることが簡単だったとは言わない。新型コロナウイルスのパンデミック中だったこともあり、大変なこともあった。それでも、最近のソーシャルメディアでよく見るような内容に比べれば、かなり良い方だと思う。
New York Timesのエッセイでケイト・シェルナット氏は、ネット上で見た子育ての大変さによって「子どもを持つことが怖くなりそうになった」と綴った。
「骨盤底筋の損傷、パートナーへの苛立ち、産後の不安など、これまで心配する必要のなかったことに対して、精神的に備えた。出産は大変で、母親になると全てが変わる…しかも悪い方に…と何度も聞いた」
「だから、実際に起こったことに驚いた。昨年の息子の1歳の誕生日には、『こんなに楽しいものとは想像してなかった』とコメントを添え、泣いたりハイハイして成長していく息子の動画をシェアした」
「キャプションは控えめな表現にした。だって、運よく育てやすい赤ちゃんに恵まれたことを自慢しているように思われたくなかったから。実は、この1年間、いつカオスが始まるかとハラハラしていた。実際には、母親1年目を耐え抜いただけでなく楽しむことさえできたのだ」
SNS、特にInstagramでは、母親によるコンテンツは2つの大きく極端な部類に分けられる。1つは、ピカピカに掃除された家で上品なママとマナーの良い子どもたちが笑っているような、美化され完璧に見える、誰もが憧れるような「キラキラ」した子育て。
もう1つは、睡眠不足や授乳による乳首のひび割れ、洗濯物の山やメンタルヘルスの問題など、母親の大小の苦悩を強調する、混乱した子育てを「カオス」的に描写したものだ。
イリノイ大学シカゴ校コミュニケーション学の博士過程に在籍するエロイーズ・ジャーミック氏は、Social Media + Society誌に掲載された2019年から2020年にかけて行った研究で、こうした2種類の母親を「アルファ・ママ」と「リアル・ママ」と名付けた。
「研究を始めた頃は、まだママ・インフルエンサーについてそれほど詳しくはありませんでした。でも、調べ始めるとすぐに、2つの全く違ったグループ、アルファ・ママとリアル・ママという概念が存在することに気づきました」とハフポストUS版に語った。
「ある意味、どちらも多くの人が経験する子育てを代弁しているようには思えませんでした」
誤解を避けるために言うと、子育ての大変さについてネットで(対面でも)オープンに会話することは良いことだ。他の親が困難の渦中にいるとき、孤独感を軽減させることは、本人が必要としている共感や肯定感を与えることができる。
私が授乳に苦労していたとき、他のママ・インフルエンサーが自分の苦労を告白するのを見て、心強く感じた。SNS上でママたちが産後うつや不安の経験について話すのを聞くと、自分自身や大切な人がどんな兆候に気をつければ良いかを知ることができる。
しかし、ソーシャルメディアの多くが母親業のネガティブな部分に焦点を当てれば、子どもを持つことに抵抗が生まれるのは無理もないだろう。
ペンシルバニア大学のデジタル文化&社会センターで研究員を務めるエミリー・ハンド氏は、SNSインフルエンサーの研究をしている。当初は、ソーシャルメディア上の母親たちのリアルな投稿を新鮮に感じたと言う。
「SNS上で広がる多くのものと同様に、最初はとても新鮮に感じます。でもしばらくすると、それに疲れてくるのです」とハフポストUS版に語った。
新型コロナウイルスのパンデミックが始まると、学校や保育園の閉鎖し、親たちはどうやって仕事と育児を両立するかに必死になった。そのタイミングで、子育ての苦労に関する投稿が急増したという。
「『もう大変。どうしたらいいの?』といった苦労話をシェアする人が増えました。当時、それは新鮮で、自分だけじゃないと人々の不安を軽減するものでした。でも数年経った今は、『なんでこんな投稿ばかりなの?』と感じるようになったのです」
アメリカでは、議論が巻き起こった2020年の大統領選、警察によるジョージ・フロイドの殺害、それに続いたBlack Lives Matter運動など、ここ数年の社会的・政治的要因も、SNS上での子育てコンテンツがネガティブに偏る背景にある。
「2012年にどんな子育てコンテンツが『リアル』で共感されたかを考えると、それはかなり昔のことだと分かります。2010年代初頭は、不況の後、長時間労働が評価される時代で、もっと野心的なコンテンツが歓迎されていたのです。一方、2010年代後半から2020年代初頭にかけてのカオスと激動の時代には、そうしたコンテンツは受け入れられなくなったんです」
もう一つの転機は、2016年に導入されたInstagramストーリーだ。この「一時的」という特性は、よりキュレートされた写真投稿とは対照的に、より「リアル」であることを促す。
インフルエンサーは即興でカメラに向かって話し、フォロワーに彼らのリアルな私生活を見せることを提唱されたのだ。
ママ・インフルエンサーにとってそれは、朝2時の搾乳中の疲れた顔の自撮りや、散らかったキッチンの写真、子どもが癇癪を起こしているストーリー動画かもしれない。
「Instagramストーリーは、インフルエンサーがオンラインで自身を表現する方法を大きく変えました。『信憑性』の新たな定義や、日々のリアルな日常のシェアへの期待です。例えば今や、『メイクもしないで動画を撮ってるけど、これだけササっと伝えるね』といったようなの投稿が見られます」
ソーシャルメディア上で「リアル」でいることが求められるようになった今、ママ・インフルエンサーの中には、より親近感を持たれるために、わざと育児の大変さを強調するようにプレッシャーを感じたという人もいる。
ライフスタイル・インフルエンサーで3児の母のマティー・ジェームズ氏はハフポストUS版に、「カオスこそが『リアル』というイメージがあるけれど、私は必ずしもそうとは思いません。カオスなもの全てがリアルではないし、秩序あるもの全てがフェイクでもない。だから、私がカオスをシェアしていなかったら…実際ほとんどしないけど…他の人が私に共感したり、信頼してくれるか疑問に思います」と語った。
また、ハンド氏は、子育て中のインフルエンサーが、それぞれの専門分野のオンライン講座を販売するケースが増加していることを指摘した。赤ちゃんの世話や睡眠トレーニング、癇癪、偏食、理学療法などのトピックに渡るこれらのコースは、親にとって役立つ情報となるだろう。しかし、ここで注意しておきたいのは、こうしたインフルエンサーは金銭的インセンティブのため、育児の楽しさよりも課題や大変さに焦点を当てているということだ。
「ここ数年にあったもう一つの変化は、『子育ては大変』という考えを広めることにより、人々が収入を得ていることです。育児は実際に大変です。嘘ではありません。でも、こういったコースを販売している人が増えていることは、特筆すべきことです」
母親業が簡単かのように見せることは、私たちにとって何の利点もない。しかし、逆に次から次へと降りかかる災難のように描くことも、親がポジティブな瞬間を楽しむ邪魔になる可能性がある。
「最悪のシナリオを読むことで、視野が広がったかもしれません。でもそれは同時に、物事が思った以上にスムーズにいった時に、それを受け入れるのを困難にしました」とシェルナット氏はNew York Timesのエッセイで述べた。
「私の4カ月の子どもが初めてのフライトで熟睡しているのを、隣席の女性が褒めてくれたとき、私はもっと大きくなったら大変になるだろうと話した。するとその女性は、『そんな事言わないで。大変な時期が必ず来るだろう、と決めつけないでね』と言った」
大変なことを想定しておくことも一理ある。物事が困難に陥った時、不意打ちに合わないよう心の準備をしておけるからだ。だが、子育てがいかに大変かという情報ばかりが氾濫すると、最悪を想像して恐怖を感じながら一歩を踏み出すことになる。これは、新たなステージをスタートする際に持つべき健全な考え方ではない。
ライフスタイル・ブロガーで多くのフォロワーを持つジョアナ・ゴダード氏は、「子どもは疲れるし、お金もかかるし、恐ろしい!って話はよく聞くけど、子どもを欲しいと思っています。実際に子どもを持っていいことって何ですか?」という質問にブログで答えている。
ブログで彼女は、育児体験を旅に例えた。
「ときどき、育児は遠い外国へ旅するようなものだと思うの。フライトは長いし、初めは時差ボケするし、道は間違えるし、運転手は文句を言うし、ホテルの朝食は高いし…。
でも…ワーオ。この眺めや綺麗な朝日!道端のバイオリニストの演奏や人生最高のパスタ!予想もしていなかった驚きや喜び。自分の世界がひっくり返るような人生を変える魔法。ときには過酷でストレスなこともある。でも、なんて素敵なの…」
Instagramではこの投稿に対し、1人のフォロワーは「多くの人に、育児についてのネガティブな体験談ばかり聞いてきた。でも実際、どれだけ愛おしくて楽しいかを経験して驚いてる」とコメントした。
もう1人は、「疲れ果てて泣いている母親たちの投稿は、それはあなただけじゃない、と孤独感を緩和させてくれるのに役立つと思う。でも、それを見て私は怖くなったし、私はそういった経験はしなかった。もちろん大変なこともあるけど、そればかりではない」と綴った。
ジャーミック氏は、ソーシャルメディアには常に「キラキラ派」と「カオス派」が存在するだろうと考えているが、最近はその中間へのシフトが見られるという。
「自分のSNSを見たり周りを調べたりすると、以前より多くのコンテンツやインフルエンサーが、完璧で過度に編集された『うちの子は完璧』のような『キラキラ』タイプではなく、「中間」領域に存在すると感じました。彼らは楽しいこと、大変なこと、辛いこと…さまざまな子育ての日常をシェアしています」
私たちがネット上(それ以外も)で接するメッセージにはインパクトがあるが、それに「影響を受けすぎてはいけない」と彼女は語る。
つまり、親になるための準備をするために、ソーシャルメディアに頼りすぎてはいけないということだ。パートナーや友人、家族、医師など身近な人と会話をして、Instagramの写真や投稿では分からない子育ての全体像を得ることも重要だ。
ソーシャルメディアは、母親になったあと人生がどう変化するかについてたくさんの警告をしてくれた。でも、その多くは私にとって「嬉しい変化」になるとは予想していなかった。
思い返して、ネット上で自分の経験をオープンにシェアしてくれた女性たちには感謝している。でも、自分もそうなるだろうと思いこまず、それはその人の経験として受け止められたらもっと良かったのに、と思う。
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
育児は「キラキラ」?それとも「カオス」?SNSの両極端な投稿に影響を受けすぎないで