元気や癒しをくれるアイドルや「推し」。
でも、本人たちの心身の健康やケアは、置き去りにされてしまっているかもしれないーー。
10代の、まだ成熟しきっていない時期にデビューすることも多いアイドル。多岐にわたる活動は多忙を極め、ダンスやパフォーマンスのレベルもあがり続けている。
心身の健康を守った上で活動するには、その実情に即したケアやサポート体制が欠かせない。しかしながら、生身の人間であるはずのアイドルの、生理や身体作り、摂食障害やメンタルヘルスなどの健康問題は、長年見過ごされてきた。
その背景にある、アイドル業界の慣習や「歪み」とはどんなものなのか。そして、「応援する側」である私たちはそれにどう向き合えばいいのだろうか。
話題の書籍『アイドル保健体育』の著者であり、300人以上のアイドルを担当してきた振付師・竹中夏海さんと一緒に考えた。
振付を担当していたグループの1人が、ライブ直後に重すぎる生理痛で倒れてしまったーー。
また、別のアイドルはミュージックビデオ撮影の直前に生理がきてしまった。水着の撮影もあったが、周囲に男性スタッフしかいなくて対応できず、別の現場から電話でタンポンの使い方を教えたーー。
これらは竹中さんが女性アイドルの現場で体験してきたことだ。
振付師になって10年以上。数多くのグループが誕生し、「アイドル戦国時代」と言われた2010年代以降、アイドルにダンスを教え、ライブや撮影現場に同行しながら、すぐ近くで活動を支えてきた。その中で、「健康」という活動の土台となる部分が、まだまだ整っていないことに気付かされたという。
「アイドル戦国時代を経て、アイドルの運動量は劇的に増加しました。しかし必要なケアが追いつかず、色々なところで歪みが起き始めていて、このままではアイドル文化に明るい未来は訪れないのではないかと感じていました」
「今の環境を見直し、体制を整えた上でより良い方向にアイドル文化が発展できたら」。『アイドル保健体育』を通じて、産婦人科医、臨床心理士、性教育の研究者など専門家に話を聞き、アイドルの健康問題について発信した背景には、そんな危機感があった。
専門家の一人で、アイドルやアスリートに施術する整体師の古澤忍さんは、個人的な見解として、「シーズン中のプロスポーツ選手よりもアイドルのほうがトータル運動量は多いかもしれない」と指摘している。アスリートは、専門的な知識を持ったトレーナーや栄養士のサポートを受けられるが、多くのアイドルはそういった人たちが常に身近にいるとは限らない。
「アイドルが身体を酷使する職業だとはあまり知られていません。ダンスを教える時、無防備な状態の教え子と向き合う中で、彼女たちの体調の変化や不調に気づくことも。実際に、身体作りやケアの方法、月経痛やPMS(月経前症候群)、生理用品、ピルなどについて相談を受けることも多くありました」
特に「アイドルの生理」はこれまでタブー視され、最近まで語られることがほとんどなかった。しかし実際には、グループで活動していればライブや撮影の日に生理が重なるメンバーが出てきてしまう。だからこそ彼女たちの負担を少しでも軽くし、安心して活動できる方法を竹中さんも模索してきた。
「私自身、生理痛が重くピルを飲んでいたので、その経験をもとに教えたり、吸水ショーツや月経カップを勧めたこともあります。ただ、身体には個人差があるので、一人一人が自分の身体を知ることが必要だと感じていました」
アイドルの健康問題は身体に関することだけではなく、メンタル面でのケアも欠かせない。性別とわず、パニック障害や適応障害、うつ病などを理由に活動を休止するアイドルも少なくない。
「メンタル面での相談も多く、親身に話を聞いて支えることを心掛けています。同時に、深刻な状態になる前にカウンセリングや病院に導いてあげることも重要です。今はその道を作れていない。悩んでいる人が自力で専門家を調べて通うのはハードルが高いので、マネジメントや運営側がその間に立って、サポートできる体制を作っていくべきです。
アイドルを苦しめる自己責任論や根性論をなくしていきたい。特に若い頃は自分の限界がわからず、不調が出るのは弱さだと思ってしまい、休むことに罪悪感を抱いたり我慢してしまったりする人も多いんです」
10代から表舞台に立って耳目を集め、時には心ない言葉に出くわすこともある。多くのアイドルがいる中では、グループ同士、あるいはメンバー同士で人気順が付けられたり「競争」を強いられ、それが精神的な負担になることもある。
「人気がわかりやすく可視化される『数字』は絶対視されやすいですが、本来、アイドルの評価軸は多様であるべきです。ファンも運営も、そして本人たちも、それぞれに個性と魅力、得意なことがあり、一人一人に存在意義があることを忘れてはいけないと思います」
▼PASSPO☆でリーダーを務めていた根岸愛さんの投稿。『アイドル保健体育』は現役のアイドルたちからも支持されている。
もともと「偶像」という意味を持つアイドル。竹中さんは、アイドルという仕事の特殊さを、こう考える。
「アイドルは、体の不調を隠すこと、苦労やつらさを見せないことが『美徳』につながる側面があるのではないでしょうか。『アイドル=キラキラしてる、人に元気を与える仕事』というイメージが強いがあまり、本人たちの心身の健康は二の次な状態で、ここまできてしまったんだと思います」
AKB48が掲げた「会いにいけるアイドル」というコンセプトは、今や多くのアイドルに共通する。ライブやサイン会、握手会、オンラインでのビデオ通話、SNS…直接コミュニケーションをとれる機会が多い中、ファンがアイドルの活動しやすい環境を作るためにできることは何だろうか。
「『ムード作り』が大切だと思います。アイドルも一人の人間であり、みんなと同じ心と身体を持っている。だから不調もあれば揺らぎもあると認識すること。正しい知識を持ち、気遣う想像力を養うこと。今後もアイドルのパフォーマンスのレベルがあがっていく中で、無理をするのではなく、健康的な状態であることが大前提だという空気感をアイドルとファンが一緒に作っていけたら」
また、容姿や体型・体重をめぐっては、たとえ悪意がなくても、ファンがかける「痩せてかわいくなった、かっこよくなった」「ちょっと太った?」などの言葉や、規範的なボディイメージの押し付けが、アイドルを追い込んでしまう可能性もある。
竹中さんは「容姿などの外側のことであっても、生理などの内側のことであっても、身体への言及はとてもセンシティブな問題。触れることで相手を傷つける可能性があることを知ってほしい」と話す。
もちろん、正しい知識を持つべきなのはアイドルとファンだけではない。活動を近くで支えるマネジメント・運営側の意識改革やサポート体制も重要だ。
日本では2010年代、主に女性アイドルを対象に、運営側が主導する形で「公開体重測定」や「ダイエット企画」が行われていた。
「○○キロ以上であればデビューはできない」
「ダイエットに失敗したら活動を休止させる」
竹中さんは、こうした企画を行いメディアが取り上げることで、「太る=悪という価値観の植え付け」になり、「やせる努力をしないほうが悪い」と思い込ませる構造になっていると指摘する。
「『努力次第で痩せられる』と思い込み、体型・体重を管理できないと『努力不足』だと責められてしまうのは大きな問題です。アイドルは踊る時に身体に負荷をかけないために適切な範囲内で減量をする場合もあります。その時も、マネジメント側が減量が必要な理由や具体的な目標を示して、慎重に進めるべきです。
過度なダイエットは摂食障害に繋がる可能性があることも自覚しなければなりません。私自身も教え子から摂食障害だったと後になって告白されたことがあります。身体に関することは相談しやすくても、摂食障害は隠してしまうことも多く、深刻な問題です。
事務所側はただ痩せろと威圧的な態度で無責任に追い込んだり、『ダイエットを頑張る』姿を苦労を乗り越える成長ストーリーとして消費したりすることはあってはいけない。運営にはスタッフ間で正しい知識を共有しながら心身ともにサポートすることが求められています。身体について相談しやすいという点では、女性スタッフの雇用ももっと増やしてほしいとも思います」
竹中さんの著書の中で、日本摂食障害協会フェローで臨床心理士の小原千郷さんも、「体質や健康でいられる体重は遺伝的にある程度決まっていて、自分でコントロールできるものではない」とし、画一的に「痩せ」や「アイドル体重」を押し付けることの危険性を語っている。
単なる振付師ではなく、教え子の前にいる時はいつでも「先生」。竹中さんは、「アイドルのスタッフは教育者であるべき」という信条を持ち仕事をしてきたという。アイドルの中には10代前半でデビューし、芸能活動が中心となり学校に十分に通えなかったり、家族と離れて生活したりする人も多い。
「自分で考え、意思決定ができるアイドルを育てたいです。主体的な活動を通じて人として成長し、社会を学んでくれたらいいなと。
『売れる』ことは大事だけれど、芸能の世界は実力だけではなく運の要素も強い。だからこそ、充実した時間を過ごしてほしいし、卒業後に『アイドルをやっていたから何もできない』『アイドルをやらなければよかった』と思ってしまうような活動にはしてほしくありません」
いつかアイドルではなくなった時がきてもーー。竹中さんは卒業後の未来を見据えながら教え子たちと接してきた。
アイドルを「卒業」していった多くの人たち。モデルや俳優、タレント、起業家などへのキャリアチェンジが注目を集めがちだが、それはごく一部で一般企業に就職する人も多い。
「人生は、アイドルではなくなってからのほうがずっとずっと長い。アイドルという職業にだけ『卒業』や『恋愛禁止』のルールが課せられ、年齢イジリがされることには疑問もあります。最近では、恋愛をして結婚や妊娠を経て、産休育休をとりながらアイドルを長く続けていく人たちもいます。
同時に、自主的に『卒業する』という選択肢もあっていい。選択肢は無限にあり、芸能界で生き残ることだけが『正解』で、それ以外は『失敗』という風潮は薄れつつありますが、このままなくなってほしいです」
「アイドル時代の経験が、その後の人生にいかされ、循環していくサイクルを作れたら」。そう考える竹中さんは今、「アイドル専用のジム」作りの実現に向け、取り組んでいる。ライブ配信プラットホーム「SHOWROOM」と共同でプロジェクトを立ち上げ、元アイドルの講師と一緒に、現役のアイドルを対象に、基礎ダンスやボイストレーニング、筋力トレーニングを教えるレッスンを行う。
「日本にはアイドルの身体や心をケアしたりトレーニングする環境がありません。ないなら作るしかないなと。私のほかに、元アイドリング!!!のメンバーで現役でボイストレーナーをしている遠藤舞さん、パーソナルトレーナーをしている酒井瞳さんにも指導に入ってもらいます。先輩たちが様々な職業に就いて活躍する姿は一つのロールモデルでもあり、現役のアイドルたちの励みにもなる。
ほんの数年前ならこうしたプロジェクトは立ち上げられなかった。アイドルの健康問題について発信しても、いち振付師という立場ではその声が届かず、孤独を感じていました。
でも今は元アイドルや、長いキャリアのある現役の方たちが、自分の経験に基づいて、違和感を抱くことについて声をあげられる。とても心強いです。
今後はトレーニングだけでなくカウンセリングや食事指導、ヨガなどウェルネスメニューも充実させていきたいなと考えています。これ以上、身体や心を壊して引退するアイドルを増やしたくないというのが私の願いです」
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt /ハフポスト日本版)
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心や身体を壊すアイドル、一人でも減らすために。芸能界の根性論と「歪み」を見つめ直して