災害時に生まれる「外国人犯罪」の流言。“気遣い”に潜む危うさとは【東日本大震災】

日常を突然失い、人々の間に不安が増幅する災害時には、根拠のない「流言」が広まる。

なかでも「被災地で外国人の犯罪が増えている」のように、外国人と犯罪を絡めるものは典型的な災害流言の一つだ。東日本大震災後にも確認され、こうした流言を耳にした人のうち8割超が信じたとの調査結果もある。

外国人犯罪の流言は、災害時になぜ生まれ、広まるのか。

そこにどんな危険があるのか。

専門家は、流言の広がりを防ぐためには「パターンを知っておくこと」が重要だと話す。

「遺体から金品盗む外国人」⇒届け出ない

「避難所になった学校で、中国人らが支援物資を略奪している」

「外国人窃盗団が横行」

「震災後、被災地で外国人犯罪が増加している」ーー。

事実に基づかないこれらの流言は、東日本大震災後に被災地やネットの書き込みで広まった。

震災後の東北3県で、刑法犯に占める外国人の割合はいずれも震災前と同等だった

宮城県警は当時、犯罪に関する流言やデマを打ち消すため、避難所などでチラシを配布。

「ナイフを持った外国人窃盗グループが横行 ⇒ そのようなグループは確認されていない」

「遺体から金品を盗む外国人がいる ⇒ そのような届け出はない」

のように、外国人犯罪に関するデマを否定した。地元紙など報道機関も、こうしたデマへの注意喚起を報じていた。

それでも、デマを耳にした人のうち大半が信じていたことが、東北学院大教授の郭基煥氏(共生社会論)の調査で明らかになっている。

8割が「うわさ信じた」

郭氏は震災から5年後の2016年、宮城県仙台市の3区(青葉区・若林区・宮城野区)と、東京都新宿区に居住する20〜69歳の日本国籍者を対象に調査を実施した。計2800件に送付し、有効回答は944件(うち新宿区の回答は174件)だった。

仙台の場合、「被災地で外国人が犯罪をしているといううわさ」を聞いたことがあると答えた人は過半数に上った。新宿でも、回答者のうち4割以上がそうした流言を聞いたことがあると答えた。

さらに、上記のうわさを「とても信じた」「やや信じた」は仙台では86.1%、新宿では85.7%に上り、外国人犯罪の流言を聞いた人の多くはうわさを信じたことがうかがえる。

流言で聞いた犯罪の種類(仙台・複数回答)では、「略奪・窃盗」が最も多く97%。次いで「遺体損壊」が28%だった。

「外国人のうちどのような人たちが犯罪をしていると信じましたか」という質問(仙台・複数回答)では、「中国系の人」は63%、「特に考えなかった」は26.4%、「韓国・朝鮮系の人」は24.9%、「東南アジア系の人」は22.7%の順だった。

外国人犯罪の流言を信じやすい人に、傾向はあるのか?

郭氏は、「日本に対するプライドや排外意識が強いほど外国人流言を信じやすい傾向があるが、それほど強い相関はみられなかった」と分析する。

一方で、「外国人犯罪の流言を信じるか否かは、家族や震災前から交流のあった地元の人など近い関係にある人から聞くかどうかに左右される」ことが分かったという。

「外国人犯罪」の流言の危険性は

そもそも災害が起きると、なぜうわさが発生するのか。

東京大学大学院准教授の関谷直也氏(災害情報論、社会心理学)は、「災害時の混乱した状況において、多くの人が不安、怒り、心配といった心理を共有することでうわさが広まります」と話す。

災害流言の中でも、外国人と犯罪を絡めるものは典型的なパターンの一つだ。

東日本大震災以降も、広島土砂災害(2014年)や大阪府北部地震(2018年)などの後にも外国人犯罪の流言が確認されている。

「日本だけでなく各国に共通することですが、外国人犯罪に対する不安は社会で潜在的に存在していて、災害時に限りません。平時からある不安は、災害という危機的状況では流言として特に生まれやすいのです」(関谷氏)

災害時の犯罪に関する流言は外国人に絡むものだけではなく、「被災地で窃盗被害が増えている」といったものもある。その中でも、外国人犯罪の流言は「特定の集団に対するステレオタイプに根差している」特徴があると、関谷氏は指摘する。

「例えば『中国人の窃盗団が被災地をうろついている』という流言は、『中国人を見たら怪しみなさい』という裏のメッセージとして伝わってしまう。犯罪行為の主体として、人種や出身国などの集団を特定すること自体に危険が伴います」

さらに関谷氏は、外国人犯罪を含む犯罪に関する流言が「否定できない構造になっている」ことが、より広まりやすい要因になっていると話す。どういうことか?

「『外国人窃盗団が被災地で盗みをしている』などの流言は、実際には起きていなくても『警察が把握していないだけだ』といった主張が出るため、完全には否定できない構造があります。そのため、データを基に根拠がないと示してもうわさを打ち消せず、拡散を抑えることが難しいのです」

特定の集団に関する差別的な流言は、最悪の事態を招く恐れがある。

1923年の関東大震災では、「朝鮮人が略奪や放火をした、井戸に毒を入れた」などの流言が広まり、多くの朝鮮人や中国人などが殺害された。

2016年の熊本地震の際にも、SNS上で「熊本の朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などと投稿された。

関谷氏は「投稿者がネタとして書き込んだことはほぼ間違いない」とした上で、「関東大震災の流言をもとにした、虐殺を連想させる書き込み。ヘイトスピーチそのものと言え、ネタだからといって許されるレベルのものではない」と断言する。

「井戸に毒」の差別的なデマは災害が起きるたび、ネット上で繰り返し書き込まれてきた。

3月16日午後11時36分ごろ、宮城県と福島県で震度6強を観測した地震の直後にも、同様の書き込みがSNS上で複数投稿された。差別的投稿だとして、プラットフォーム側に通報するよう呼びかける動きもすぐに始まっていた。

「善意」がうわさを広める

「井戸に毒」のような投稿とは別に、「外国人窃盗団が増えている」などと他者に伝えるのは、特定のグループをおとしめる目的ではなく本来は思いやりや善意から始まっている。

郭氏は「うわさを広める人はほとんどのケースで、犯罪に巻き込まれないようにと相手を気遣って伝えています。そこに悪意はなく、差別しているという意識もありません」と話す。

その上で、郭氏は「特定の人々と犯罪を結びつける流言自体が暴力的であり、その人たちの自尊心を傷つけることに目を向けなければいけません」と強調する。

「外国人犯罪の流言が社会で重なったとき、特定の人々への暴力という二次的な災いをもたらし、関東大震災のような事態を招きかねないということへの想像力が必要です」

東日本大震災では、外国人犯罪の流言に起因した特定集団に対する暴力は報告されていない。郭氏は、「今後の災害でも集団暴行は起きにくい」とみる一方で、危惧もしているという。

2021年12月、在日コリアンが集住する京都府宇治市のウトロ地区の空き家に放火したとして22歳の男が逮捕された。

同月、「在日本大韓民国民団」枚岡支部(東大阪市)の事務所で窓ガラスが割れているのが見つかり、室内には外から投げ込まれたとみられるハンマーが発見されている

2022年2月には、街宣参加者が「武装なう」という書き込みとともに、包丁を手にした写真をTwitterに投稿。外国人集住地区への危害も示唆していた

郭氏はこうしたヘイトクライム(憎悪犯罪)に絡む昨今の事案に触れ、「今のような状況で、例えば政治家や著名人が外国人犯罪の流言を肯定する発言をしてお墨付きを与えた場合、特定の人々に対する暴力を誘発する危険は一気に高まる」と危機感を強める。

「流言は智者に止まる」

災害時、外国人犯罪に関する流言をゼロにすることは困難だ。

根拠のない流言に接した時、私たちはどう対処すれば良いのか。

「災害が起きてからその流言の真偽を『必ず確認して気をつけよう』というだけでは、うわさが広まるのを止めることはできません」と、関谷氏は言い切る。

「まずは災害時の“犯罪神話”の一つとして、外国人など特定の集団に対する差別的な表現が出てきやすいと平時から理解しておくことが大切です」

「『外国人窃盗団が横行している』のように、よくある流言のパターンや過去の災害時にも発生した文言を前もって知っておくことで、実際にうわさを伝え聞いたときに『真実ではない可能性が高い』と判断できます。まさに『流言は智者に止まる』ということ。うわさを聞いた人がそれ以上広めないというだけで、差別的な流言もおさまっていきます」

<参考文献・記事>

『検証 東日本大震災の流言・デマ』荻上チキ著・光文社新書

『震災学 vol.10』東北学院大学

『風評被害 そのメカニズムを考える』関谷直也著・光文社新書

『災害情報 東日本大震災からの教訓』関谷直也著・東京大学出版会

「流言は智者にとどまる」災害デマのパターンは知って、拡散を防ぐ 石戸諭

(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)

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Machi Kunizaki