「森発言」から1年。抗議署名15万筆を集めながら私が考えていたこと

森発言から1年が経つ━━。

そう書いて、多くの人はピンとくるだろうか。 

「女性がたくさん入っている会議は時間がかかります」​​

2021年2月、当時、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長をしていた森喜朗氏の女性蔑視発言が報道され、会長を務めるにふさわしいのか、SNSで抗議の声が上がった。紆余曲折あり、森氏はこれをきっかけに会長を辞任した。

1年前、22歳の私は、このような女性に対する差別的な発言やその背景にある組織の女性理事の割合の低さといった問題が、度々批判の声を集めるものの3日経てば忘れられ、結局同じようなケースが繰り返されることに辟易していた。

だから、前述のニュースを読んだとき、「まだこんなこと言ってしまう人が、国際的な多様性を謳うイベントの会長をしているのか」「周りの笑っている人こそ罪だよな…」と多くの人が感じたであろう感想とともに、「あぁ、またか」とSNSで抗議している誰かのツイートにいいねを押し、そして、忘れようとしていた。

しかし、結局忘れられず、いつまでこんな問題を抱える社会であり続けるのだろうと沸々と怒りの気持ちでいっぱいになり、3時間後には「このまま放置はできない。これは森氏個人の問題ではなく、組織と社会の問題。繰り返さないためにもこの失望、批判の声をちゃんと集めて届けなければ」と同年代のアクティビストである当時スウェーデンとチリにいた福田和子さん山本和奈さんに何かできないかと声をかけていた。

「このまま何もせずにはいられない」と、抗議の数を可視化すること、そしてこれを個人の問題としてではなく組織の問題、社会の問題として議論を展開することを目的に、辞任ではなく処遇の検討と再発防止、女性理事割合の改善を求める署名をchange.orgで作成していった。

声を上げるのは私たちでいいのか?

署名の文章をつくりながらも、前に立って声を上げるのは私たちでいいのか? ということについては悩んでいた。なぜスポーツもオリンピックも関係ない私たちが声を上げるのか、そこに必然性はあるのか、と当初自信が持てなかった。

私自身はその頃、自分のことを「アクティビスト」だとはまだ思っていなかったが、当事者の立場でなくとも共鳴する問題に対し、声を上げる余裕がない人の代わりに何かする人でありたい、と腑に落ちたとき、当事者には言えないこと、余裕がないことがあるから、部外者の私たちがやろうと続ける決意をすることができた。

そして、発言の翌日、謝罪会見が開かれた。謝罪会見にもかかわらず記者の質問に逆ギレする様子を見て、森氏個人も組織委員会も、批判されていることについて何も分かってない、私たちの考えは伝わってないと感じた。元総理でもある森氏を実名顔出しで批判するのは怖かったけれど、その日のうちに用意していた署名を開始、結果として10日ほどで15万7千人以上もの人が参加してくださり、メディアにも取り上げられ、世論形成に寄与することができた。

これまで女性蔑視発言などはSNSで数日話題になり、形式上の謝罪はあるものの何も変わることなく終わるパターンが繰り返されてきた中で、本件は個人の問題としてだけでなく社会の問題としてジェンダー平等にフォーカスが当たるなど、変化を起こすことができた事柄だったと思っている。

わかっていても小さな無数の棘に傷ついた

ただ、正直、署名活動の中心にいた私は疲弊していた。

大学院の受験と同時期で常に時間的な余裕がなかったこともあるが、私に対する多数の誹謗中傷を目にし、気にしなくていいと分かっていても小さな無数の棘に傷ついた。違う視点に立ち、違う考え方をしている人も可視化され、「正しさ」を考えるのに疲れてもいた。交通費や印刷代など持ち出しでの活動で、正直、私たち自身には何のメリットもないのに「売名行為」と言われたりもした。

有名になりたいとも思わない、有名になるとしてもこんな形ではなりたくない、できることなら地味に目立たず暮らしていきたい。

でも、許せないと思うことを見過ごす自分でありたくないから、誰かがやった方がよくて自分ができるからやっている。心ない言葉をぶつけてくる顔の見えない人たちに対して、「こちらの都合も知らないくせに…」とずっと思っていた。

さらに、署名活動を始めてから私の名前を検索すれば、「胡散臭い」「左翼」「国籍」「父親」とサジェッションが出るようになった。それを知ってまず1番に、私のことを生まれた時から本当に大事に思ってくれている両親や祖母たちに絶対に見てほしくない…と思った。きっと見た上で、でもそれには触れずに、心配しつつも応援してくれている。

声を上げることってこういうことも付きものなのか…と、活動を通じて自分の心を守る方法を学んでいった。

もう少し声を上げることへの代償が少ない社会であれば…とは思うが、署名を始めたこと自体は全く後悔していない。なぜなら、たくさんの希望と気付きを得たからである。

女性記者からの「声を上げてくれてありがとう」​​

まず何よりも、「声を上げれば、何かが変わることがある」と身をもって感じることができた。そして、一緒に声を上げる同志と本当にたくさんの応援、賛同してくれる人がいたことそのものが希望であった。

日本の若者は「自分が何かをしたところで、この社会は変わらない」と思っているという調査結果もあるが、この署名活動を通じて何かは起きる、その一つひとつの積み重ねで社会は変わっていくと自信を持って言えるようになった。

一緒に署名を立ち上げた福田さんと山本さん、呼びかけ人として名を連ねてくれた人たちや最初からサポートしてくれた友人たちがいなかったら、そもそも勇気が持てなかったと思う。同じ時代に志を同じくする友人に恵まれたことに感謝している。

もう一つの大きな希望は、世代やジェンダーアイデンティティを超えた連帯を知ったことであった。

署名活動を通じて、テレビ番組、新聞、ウェブメディア、雑誌など会見も含めると約70件の取材を受けた。そこで出会った記者の方の多くが上の年代の女性であった。みなさん、取材を始める前に、メディアの業界も男性中心であり自身が内部で格闘していることやジェンダーに関する話題は通りづらい実情などを話してくれ、「声を上げてくれてありがとう」と伝えてくれた。

まだ同数には程遠いけれども、どんなことを扱うべきか意思決定権を持った女性が増えている今だからこそ、ようやくこのような話題を扱えるのだと話してくれる人もいた。少し前では起きえなかった変化だと言われて初めて、上の世代の方々の努力の積み重ねの先に、自分たちがいることを認識した。

「若い子たちが声を上げた」と言われる署名活動だったが、参加してくれた人、広めてくれた人、そして記事にすることで世論形成の兆しをつくってくださったメディアの人、多くの人の思いが繋がった動きだったのである。

ジェンダーアイデンティティを超えた連帯

署名に参加してくれる人は、女性だけではなかった。ジェンダーアイデンティティが女性ではない人からの賛同コメントは、男性vs女性の構図で描かれがちな問題を、違う視点で捉えることができるという気付きをくれた。

ジェンダー平等に取り組むことは、男性を敵にするものではない。それこそ、会議で自分の意見を言えず、本来は会議で決めるべきことが決まらないため夜遅くまでプライベートを持てず、わきまえることを強要されていた意思決定権のない男性たちでもある。性別役割分業や「男らしさ」「女らしさ」といった既成概念は男性にとっても害なのである。

「男だから弱音を吐くな、強くあれ」「稼ぎ頭なんだから働いて当然」という無意識の偏見やプレッシャーに、男性もまたずっとさらされてきた。男女の対立を煽るのではなく、共有できるストーリーを探す姿勢で、この問題に取り組み続けたい。

あれから1年が経つ。署名を立ち上げ、呼びかけたメンバーでイベントを開催する。

昨年の衆院選ではこれまでにないくらいジェンダーが争点になったかと思えば、女性議員の比率は下がり、正直、まだまだ、と思うことの方が多い。これからの課題は何だろう、2022年は何をしていこうか、話す予定である。

男女平等実現のための長い列に加わる

昨年12月、私は毎日ひそかに、日経新聞「私の履歴書」(※)を楽しみにしていた。日本ユニセフ協会会長の赤松良子さんの子ども時代から学生時代、官僚、外交官を経て大臣になり、その後NGOの活動に力を入れるまでのストーリーを読みながら、自分が92歳になる日に何を語れる人でありたいのだろうと想像したりした。

もともと好きなコラムではあるが、書き手の性別は女性が4分の1程度で、さらに事業家や政治家だとほとんど男性ばかりである。そういう意味でも、この連載は心躍るものでもあった。

そのなかで、男女雇用機会均等法実現に尽力した赤松氏が自身が励まされたフレーズとして「男女平等の実現のための、長い列に加わる」という言葉が紹介され、まだ足りないことがあるゆえ列は続いていくと書かれていた。そして、その連載の最終回、男女平等の長い列に加わり、ずっと歩き続けてきた赤松氏は「女性たちの道も広がり、列は続いていくと信じている」と締めている。

2021年を振り返ると私も長い列に加わりはじめたところであり、これからの人生においてその道を広げ、続く人でありたいと思っている。

※各界の著名人の生い立ちから現在に至るまでの半生を描く連載コラム 

「#ジェンダー平等2022 なにしてく会議」

「森発言から1年、日本は何が変わったのか?」をテーマに、署名提出メンバーでオンラインイベントを開催します。

【日時】
2/16(水)20:00〜21:30 申し込みはこちらから

(文:能條桃子 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版) 

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