「スポーツの熱狂」と「人権問題」。まだら模様の北京オリンピックに考える、中国の見つめかた

世界最高峰のスポーツの祭典が始まろうとしている。中国の人権状況は何も、改善されないままに。

北京冬季オリンピックが2月4日に始まる。アスリートたちのパフォーマンスに世界が魅了される17日間となるはずが、中国の抱える人権問題が大会に影を落としている。

この、まだら模様のオリンピックに私たちはどう向き合うべきか。中国の人権問題に詳しい、東京大学大学院の阿古智子教授に聞いた。

■大会直前に人権派弁護士ら拘束

「強大な国になったという自信もある一方で、社会の矛盾も顕著になってきました。権力基盤を固めるために『コントロールしなければ』という圧力がより強くなっています」

中国の今について、阿古さんはこう語り出した。

北京で前回、五輪が開かれたのは2008年。当時からチベット問題などで人権侵害が指摘されていて、開催に反対する声もあった。

それから14年。中国の人権をめぐる状況は悪化したように思える。

新疆ウイグル自治区では、ウイグル族らイスラム系少数民族が再教育施設に送られ、拷問や性的暴行などを受けていると指摘される。国連に出された報告によると、その数100万人以上。こうした政策が始まったのは2017年以降とされる。

香港では2020年、北京で作られた国家安全維持法が施行され、民主化を望む人たちなどが次々に逮捕・起訴された。「愛国者ではない」とされた人間は選挙から排除された。

直近でも動きはある。中国共産党・最高指導部元メンバーに性的関係を強要されたと訴えたテニス選手の彭帥(ほう・すい)さんは、一時、行方不明が懸念された。

人権派弁護士として知られた唐吉田(とう・きつでん)さんは、昨年12月から連絡が取れない状況だ。当局に拘束されたとみられる。唐さんの長女・正琪(せいき)さんは、結核の影響で日本の病院に入院している。今なお意識不明だが、唐さんは見舞いのための出国すら許されていなかった。

五輪を目前にした拘束などはすでに世界中で報じられ、中国の人権問題への批判を強める結果を招いている。しかし阿古さんは「中国共産党にとっては当然の発想」だと指摘する。

「拘束のニュースが世界で報道されるより、(人権派弁護士らを)泳がせてしまう方がリスクだと考えているのでしょう。共産党政権は、異なる意見を潰しながら権力基盤を築いてきました。違う意見が存在すると、自分たちの基盤を揺るがすのではと心配でたまらない。特にオリンピックのような国際的な舞台で、世界中からメディアが集まってくるときには恐ろしい。早くアンダーコントロール(制御可能)にしたいのでしょう」

■「オリンピックはチャンスでもある」

こうした状況に、国際社会の一部はアクションを起こしている。

選手を予定通り派遣しつつも、政府高官らの参加は取りやめる「外交ボイコット」だ。アメリカやイギリス、カナダなどが表明し、日本も閣僚級の派遣を見送った。

だが阿古さんは「新疆ウイグル自治区や香港の問題を理由に、外交ボイコットをする必要はない」と話す。

「そうした問題は別個に、日本政府や企業が指針を示した上で行動計画を立てるべきだと思います。オリンピックでは、オリンピック憲章が実現できているか、検証する観点から人材を派遣してはどうでしょうか。どんな民族、あるいは性的指向の方でも差別されないなど、多様性を認めてもらい競技参加できるよう、選手を守ることも大事です」

「オリンピックはチャンスでもある」と阿古さんは続ける。

「海外のメディアが生放送する中で、問題が起きないかもウォッチされます。権利侵害が起きれば一気に世界に広まる。『ちゃんとやっているのか見ています』と伝えることも必要です」

■接点は存在する

しかし、国際社会の声が中国には届くのだろうか。人権に対する懸念の声が上がったとき、『戦狼』と呼ばれる中国のスポークスパーソンは「内政干渉だ」と威勢よく反発する。見慣れた光景だ。新疆ウイグル自治区の問題をめぐっては「捏造だ」などと批判している。

中国と、彼らが「西側」と呼んで攻撃する欧米や日本などとの隔たりは大きい。お互いが歩み寄る様子は想像しづらい状況にある。

「国際的にinvolve(巻き込む)する必要があります。排除することはできませんし、もっと責任ある形で国際社会に関わってほしいと粘り強く伝えることが重要です」と阿古さんは指摘する。

「三権分立を認めないとか、共産党以外の政権が認められないなど、我々と大きく違う部分もあります。ただ中国では、労働者や農民といった『人民』の中心だった人たちが、社会的な弱者になってきています。そうした人たちを大事にする姿勢など、私たちの社会的課題と重なる部分はあるのです。中国の論理に少し近づく形で、価値観を伝えられるような接点はあると思います」

■世界が単色になってはいけない

阿古さんはインタビューの中で、繰り返し『色』を用いて今の中国を表現した。それは、中国の姿を単純化せずに捉え、繋がる機会を逃すべきではないという思いからだ。

「中国全体を『真っ黒』と見なくて良いと思います。『この部分はすごく黒いから気をつけよう』といった分析も必要ですが、自分と近い色の部分で、一緒にできるテーマや人を見つけるなど、繋がる必要は絶対にあるんです。もっと丁寧に細かい部分まで、しっかり中国を見るべきです」

こうした動きは、個人だけでなく、国際社会全体にとっても重要なことだという。阿古さんは、中国が今、自分たちの論理や統治モデルを海外に広めようとしている動きに触れた上で、こう話す。

「国際社会は慣れてしまわないようにしないと。中国の力には抵抗しても敵わないんだと諦めてしまうと、どんどん中国色が深くなっていきます。今はまだ薄い色。お互い接点を見つけようと思えばでき、様々な色が入っていける状態です。世界が単色になってしまうのは避けなければいけないことです」

■「代わりにこちらもやりますよ」

では「人権」について、日本は接点を見つけられるのか。現在、対中政策では、「パイプ」を通じた対話が続く一方で、日本版マグニツキー法(※)の制定などが俎上に載せられている。新疆ウイグル自治区や香港などの人権に「懸念」を示す決議案は、1日に衆議院で採択された。

「色々なアプローチを併用すれば良いと思う」と阿古さん。その上で、相互に比較検証し、批判できる関係や環境づくりを提唱する。

「中国も、アメリカの人権状況を批判していますが、やれば良いと思います。その代わりに『こちらもやりますよ』と。お互いに問題点を比較、検証、分析して良くしていけばいい」

ただし、ハードルは高い。中国側は日本やアメリカの人権状況を調べることができても、その逆は難しいからだ。

「色々な意見を言える、開かれた環境を作るのは前提条件として必要です。権力者に都合の良い情報しか流さないのはフェアではない。新疆ウイグル自治区で何が起きているか、もっと海外に開いてもらわないと見えてこない。そこはちゃんと主張すべきです」

北京オリンピックは20日まで実施される。中国政府にとっては、感染対策などの中国モデルの優位性をアピールしたい側面もありそうだ。

スポーツの熱狂や感動だけで大会を終えるのは、いまの中国の人権状況を見過ごすことにもつながりかねない。膨張しようとする中国色に対し、日本を含む国際社会はどんな色を示せるか。大会が幕を閉じても、終わらない課題だ。

※日本版マグニツキー法:人権侵害制裁法。人権侵害の疑いが生じた場合、国会が政府に対して「調査」を要求することができ、その結果必要であれば、政府が制裁措置を講じることができる、という内容。G7では日本だけが制定していない。

…クリックして全文を読む

オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「スポーツの熱狂」と「人権問題」。まだら模様の北京オリンピックに考える、中国の見つめかた

Fumiya Takahashi