気候危機への意識の高まりから、世界中の国や企業がカーボンニュートラルに向けて大きく舵を切っています。
しかし、生活やビジネスを脅かす環境問題は、気候変動だけではありません。
放牧や農地開拓のための森林伐採、プラスチックによる海洋汚染、密猟や乱獲ーー。
こうした「人間活動」によって世界各地で深刻な生態系破壊が起きており、近年、「生物多様性の喪失」が気候変動と並ぶ地球規模の危機として認識されるようになっています。
2022年は、生物多様性の保全に関する新たな世界目標の合意が目指されているなど、生物多様性をめぐって政治や経済が動く1年でもあります。
そこで、この記事では
・そもそも生物多様性が失われると人間にはどんな影響があるの?
・気候変動対策に足りない「生物多様性の視点」って?
・生物多様性の危機に対応するため、経済や政治ではどんな動きが出ているの?
など、「生物多様性」について今知っておきたいポイントを分かりやすく解説します。
突然ですが、もし地球からミツバチが消えたら、私たちの毎日はどう変わるでしょうか。
もしかしたら「たかがミツバチ」と思う人もいるかもしれません。
しかし実は、世界の主要農作物の実に75%以上の種類が、ミツバチを中心とした“花粉媒介者”の影響を受けていると言われています。花粉媒介者がいなければ、私たちの食卓の彩りは一気に失われるでしょう。毎朝のコーヒーも、おやつのチョコレートも、色とりどりの野菜サラダも食べることができなくなるのです。
ミツバチが物語るように、地球上ではすべての生き物がそれぞれ互いに影響し合いながら、複雑な生態系を構成しています。少しでもバランスが崩れれば、生態系全体に与える影響は計り知れないのです。言うまでもなく、私たち人間が被る影響も甚大です。
しかし、そんな生態系が今、悲鳴を上げています。土地の開発や汚染、乱獲や密猟、外来種の持ち込み、気候変動など人間の活動を背景に、動植物のうち約25%がすでに絶滅危惧種に指定されています。1970年から2016年の間に、哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類の個体数は、地球全体で平均68%減少しました。
また、気候変動の緊急性が様々なところで語られていますが、生物多様性はそれ以上に大きな危機に直面しているともいえます。
地球上で人間が安全に生存するために重要な9つの領域について、どの程度限界が迫っているかを示す「プラネタリー・バウンダリー」を見てみると、生物多様性の喪失にあたる「絶滅の速度」は、「気候変動」よりも危機的な状況にあり、すでに人間が安全に生存できる境界を越えるレベルに達していることがわかります。
最近では、気候変動対策の一部が、生物多様性に悪影響を与えていることも指摘されています。
たとえば、木くずやわら、動物のふん、食品の生ゴミなどを燃料としたバイオマス発電。再生可能エネルギーとして期待される反面、一部では、燃料を入手するために森林が破壊されている現実もあります。インドネシアでは、バイオマス燃料の一つ「パーム油」の原料となるアブラヤシを栽培するために熱帯雨林や泥炭地が農地化され、先住民に加えてオラウータンなどの野生動物もすみかを失っています。
また、脱炭素のためガソリン車からの切り替えが加速する電気自動車(EV)についても、モーターに使用される金属「レアアース」の採掘に伴って、環境を汚染する廃棄物が排出されることが問題になっています。
本来、気候変動対策と生物多様性保全は互いに矛盾せず、両輪で進めていくべきはずのものです。CO2を吸収してくれる森や海の豊かさを守る生物多様性の保全は、気候変動対策と直結するからです。
気候変動対策の機運が高まる中で、CO2の排出削減量などの“数字合わせ”が先行してしまい、生物多様性を含めた地球環境全体の「持続可能性」を見失ってしまってはいないか。今後、注視していかなければならないポイントです。
それでは、“待ったなし”の生物多様性の危機に、世界はどう立ち向かおうとしているのでしょうか。
鍵をにぎるのがビジネスや金融の動きです。
毎年1月、世界の首脳や大企業のトップらが参加する「ダボス会議」。2020年の会議で公表された「グローバルリスク報告書2020」では、「発生可能性が高いリスク上位5」と「負の影響が大きいリスク上位5」に「生物多様性の喪失」が初めてランクインしました。
経済界では、生物多様性の喪失を「重大な経営リスク」と捉えて、取り組みを強化する流れが急速に加速しているのです。
特に危機感を強めているのが、長期資金を運用する機関投資家です。
世界最大の資産運用会社「ブラックロック」は2021年3月、投資先の企業に対して森林破壊を行わない方針や生物多様性に関する戦略を公表するよう要求。同年6月には欧州の金融機関が主導して、生物多様性が企業財務に与える影響を分析・開示する枠組み「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」が発足し、2022年の完成を見込んでいます。
こうした流れを受けて、日本でも生物多様性保全を「ビジネスの本業」と扱う企業が増えてきています。
国際NGOのCDPが世界の企業の環境対策を評価する調査では2021年、世界の14企業が「気候変動」「森林」「水」の3分野全てでA評価を獲得。このうち2社が日本企業の花王と不二製油でした。
2022年には、生物多様性保全をめぐる国際協調も大きな局面を迎えようとしています。
2021年10月に中国・昆明で開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)の閣僚級会合では、「少なくとも2030年までに生物多様性の損失を逆転させ回復させる」という「昆明宣言」が採択されました。2022年4月頃に再び同地で開かれる第2部では、この宣言をもとに、2030年までに各国が陸域と海域の30%を生物保護区にする「30by30」などといった世界目標の合意が目指されています。
日本は主要7カ国(G7)ですでに30by30に合意していますが、国土全体に占める保護区の割合は現在のところ、陸域で20%、海域で13%で、目標の30%には遠い状況です。今後、保護区の面積を大きく増やすことが求められています。
ここまで生物多様性の保全をめぐる経済や政治の動きを見てきましたが、ここにきて、もはや既存の経済・社会システムを維持していては生物多様性の危機は回避できないと主張する声も存在感を増しています。
イギリス政府が2021年2月に発表した報告書「生物多様性の経済学/ダスグプタ・レビュー」は、持続不可能な経済や生活により、地球上の自然の資産「自然資本」は1992年から2014年にかけて40%減少したと試算し、「持続可能な経済成長にはGDPと異なる尺度が必要」と提唱しました。
ダスグプタ・レビューを和訳した一人である同志社大の和田喜彦教授は「これまでの主流派の経済学は、自然の供給能力の限界に目を向けることはタブー視され、限界はイノベーションで解決できると信じてきました。しかし、世界で最も権威ある経済学者の一人であるダスグプタ教授がそのタブーを破ったことに、経済界に大きな衝撃が走りました。これからの経済を考える上で非常に大きな転換点になったのではないでしょうか」と語ります。
WWF(世界自然保護基金)による試算では、現在の消費生活を支えるには地球が1.6個分必要とされています。また、地球が1年間に提供してくれる自然資源を人間が使い果たす日「アースオーバーシュートデー」は2021年、7月29日でした。これはすなわち、7月30日から12月31日までの約5カ月間、私たちは地球へ「借金」しながら生活したことを意味します。
大量生産・大量消費を軸にした経済システムが行き詰まるなか、新しい社会のあり方とは。
消費者として、有権者として、そして働く個人として、私たち一人一人にも問われている課題です。
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生物多様性とは?地球からミツバチが消えたら、コーヒーも飲めなくなるかもしれない【3分で分かる】