(この記事には、性暴力の描写が含まれています)
3年ほど前。その日、20代の会社員の女性Yさんは東京都内の駅にいた。改札の場所が分からなくなり迷ってしまった。
「どこ行きたいの」
男性にそう尋ねられ、Yさんは「改札まで行きたいんです」と答えた。弱視のため白杖をついて歩くYさん。男性に、改札まで誘導してもらうことにした。
いつもはこんな場所通らないのにな――。
遠回りをされているようだが、どこに向かっているのか分からない。
気づいたら、人けのない通路に連れて行かれていた。Yさんは自分の左腕を相手の右腕と組まれ、片手で胸を触られ続けた。
誰もいない中で、助けを求めることはできない。恐怖に耐えるしかなかった。
◇ ◇
視覚障害者をねらう性暴力の実態が、民間団体の調査で明らかになった。
「抱きつかれた」「誘導される際に後ろから腰を抱かれるようにされた」――。
調査からは、見えない障害に乗じた犯行で、加害者の外見上の特徴をつかめず被害者が泣き寝入りを強いられる現状が浮かび上がる。
被害に遭った視覚障害者や支援者からは、痴漢行為やつきまといなどを目撃したときは声を掛け、できる限り介入するよう求める声が上がっている。
Yさんは誘導を申し出た男に人けのない通路へと連れ込まれた後、エレベーターに乗せられた。乗車中も、男は胸を触り続けた。
「ここから先は大丈夫です」
改札に着いてYさんは別れを告げたが、男は後をついてこようとした。
押し問答になった際、近くにいた人が「大丈夫ですか」と声を掛けると、男は去っていったという。
通勤時、駅のホームで見知らぬ男に待ち伏せされ、連日話し掛けられたこともある。心配した同僚が一緒に会社に出勤してくれるまでの約1カ月間、待ち伏せ行為は続いた。
駅のような公共交通の場にとどまらない。
企業内のマッサージに従事するYさんは2年前、個室での施術中に、利用客から突然手を引っ張られキスをされそうになった。
「俺のこと好きなの?」
相手は中年男性で、Yさんをいつも指名する常連客だった。
「まさか会社にそんなことをする人がいるとは考えもしなかったです」
同僚に相談し、それ以降は担当を替えてもらったという。
車いすユーザーや視覚障害者らの乗り降りを伝える駅のアナウンスが悪用され、障害のある女性たちが性被害に遭っている問題が、2021年夏に報じられた。
これを受け、一般社団法人「日本視覚障がい者美容協会」(JBB)は同年11月、視覚障害の女性を対象に性被害に関するウェブアンケートを実施。68人から回答があり、視覚障害に乗じたと考えられる状況で性的な被害に遭ったことがあると回答した人は48人だった。
被害の内容別(複数回答可)では、以下の順で多かった。
同意のないボディタッチ(32人)
痴漢(27人)
不快な性的ジョーク(24人)
つきまとい(23人)
手引きの際に手をつながれる(20人)
電車で知らない人からしつこく声を掛けられる(12人)
待ち伏せ(6人)、同意のない性交(4人)、盗撮(2人)もあった。
自由記述では、「抱きつかれた」「カーテンの隙間から着替えを見られていた」「勤務先の治療の台でそのまま性的行為をされた」「誘導される際に後ろから腰を抱かれるようにされた」といった訴えもあった。
場所別(複数回答可)では「電車内」が最も多い30人で、「外出先の街中」(27人)、「自宅近く」(18人)、「職場」(14人)と続いた。
加害者との関係別(複数回答可)では「知らない人」が最多の40人で、次いで友人・知人、同僚、客ーーの順で多かった。
被害を警察や民間の相談窓口に訴え出たかと尋ねる質問に、8割超が「相談していない」と答えた。
「見えないので、加害者の特徴を聞かれても答えられないと思ったから」「犯人の顔が見えないため、情報が不十分だと感じたから」など、加害者の外見の情報を把握できないことを理由に挙げる回答も目立った。
JBB代表理事の佐藤優子さんは、「視覚障害者は加害者の顔が見えないため被害をより訴え出にくく、最も性暴力のターゲットにされやすい層の一つです」と話す。
さらに、職場での被害の場合、相談しなかった理由として「転職の大変さを経験していたので我慢した」という声もあった。視覚障害者をめぐる雇用の壁が、性被害を告発しにくくさせている問題も浮かび上がる。
一方で、被害を警察に相談した人からは、「直後に交番に被害届を出したが、警察官から『目が見えないんだから、おとなしく家にいなさい。外出するんじゃない』と逆に注意されてしまいショックだった」「警察に伝えたが、視覚障害=目が見えない、ということ自体が理解できないようだった」という訴えもあった。
佐藤さんは、「目の見えない人が被害を訴え出た時にどうするか、組織として対応のアップデートをしてほしい」と注文する。
JBBの調査では、視覚障害者への性暴力の実態が明るみになることで、「『正しい援助方法かどうか分からないから(介助が必要な人に対して)声を掛けないでおこう』となってしまわないか心配」という不安の声も寄せられた。
佐藤さんによると、正しい手引きの仕方があまり認知されていないため、善意で手助けしているにもかかわらず、視覚障害者に誤解や不快感を与える身体接触をしてしまうケースが多いという。
Yさんも、指を絡める「恋人つなぎ」をされる▽リュックと背中の間に手を回される▽腰に手を回される--といった手引きをされたことがあると証言する。
視覚障害者を誘導する際の正しい方法とは何か。
日本点字図書館はリーフレット『いっしょに歩こう』を公開し、次のようなポイントを紹介している。
(※一部抜粋)
・目の不自由な人を誘導するときは、「手引きしますのでひじを持ってください」と言って、軽くひじの上を持ってもらいます。
・誘導する人の背が低いときは、軽く肩を持ってもらいます。
・誘導する人は、目の不自由な人の半歩前を歩くようにします。
・歩くときには二人分の幅をしっかりとってください。歩く速さや歩幅は、自然に歩くのにあわせてください。
リーフレットでは「手や衣服を引っ張ったり、後ろから押されたりすると、とても不安になります。危険ですのでやめてください」と注意喚起している。
「正しい誘導の仕方が広まることで、過剰なボディタッチなど不適切な接触に周囲が気づいて介入でき、被害を防ぐことにもつながります」と佐藤さん。誘導の方法が分からなかったり不安だったりする場合でも、本人に「どのようにしたら良いですか」とひと言尋ねることで問題を解消できると話す。
Yさんは「何かおかしいなと感じたら、『大丈夫ですか?』とひと声かけてほしい」と呼びかけている。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
人けない場所に誘導、駅で待ち伏せも。視覚障害者ねらう性暴力