年が明け、ビジネスシーンのいたるところで年始の挨拶が飛び交っています。
その胸には、今年もあの17色のカラフルなSDGsバッジ。
国連で採択された、2030年までに達成したい17のゴール「SDGs」は、2022年も重要なビジネスのキーワードであり、私たち一人一人の衣食住にも関わってきそうです。
しかし…
SDGsが解決を目指す貧困やジェンダー不平等、気候危機などの深刻さを知れば知るほど、どうもバッジやアイコンに“胡散臭さ”を感じる、という人もいるのではないでしょうか。
昨年、SDGsを主要テーマの一つとして発信してきたハフポストにも、読者アンケートなどを通じて「綺麗事にしか聞こえない」「余裕がある人の話」「表面上のSDGsに騙されたくない」などの声が多数届きました。
「胡散臭い」はなぜ生まれるのか。
・本質的な理解がされないまま言葉だけが使われるから?
・ある人にとっての「SDGs」が、他の人の考えている「SDGs」と全然違うから?
・そもそも目標が“無理ゲー”すぎるから?
もちろん、メディアにいて感じる自分たちの力不足や反省もあります。
この記事では、1年を通じてSDGsについて取材してきた中で、間違いなく2022年のヒントになると感じている「5つの思考の補助線」を紹介します。
物足りない方もいるでしょうし、難しすぎると感じる方もいるかもしれませんが、その全ての方たちとともに、SDGsを前に進めていきたいと考えています。私たち全員が「地球のステークホルダー」なのだから。
SDGsを「キラキラしたもの」と思っている人がいたら、まずはスタート地点から一緒にほぐしていきたいと思います。
SDGsの17のゴールは、一つ一つを見ていくと、「そりゃそうあるべきだよね」というものばかりで、これ自体に真っ向からNOという人はあまりいないと思います。
しかし、いざ具体策に落とし込んで達成していこうと思うと、17のゴールは短期的には“矛盾含み”のものばかり。
例えば、気候変動対策のために各国で推し進められている、再生可能エネルギー社会への移行。
現在日本の電源構成において3割以上を占める石炭火力発電ですが、大量のCO2を排出してしまうなどの理由から、国際的にはすべて廃止していこうという流れになっています。
しかし、ここで働いている人々の仕事は一体どうなるのか。
突然、「CO2排出量の少ない風力や太陽光などの自然エネルギー発電の技術者になりなさい、営業してきなさい」と言われても困ってしまいます。多くの人が仕事を失ってしまったり、その人たちの「働きがい」や「ウェルビーイング(幸福)」が置き去りにされたりしては、本当にSDGsが達成された社会とは言えません。
また、一度作ったら数十年稼働する前提で建てられた発電所施設のコスト回収はどうするのかという問題もあります。
さらに複雑なのは、再生可能エネルギーにシフトすれば全てが万々歳というわけでもないという点。
メガソーラーと呼ばれる、大規模な太陽光発電施設における森林破壊の問題もあります。期待の高まる洋上風力発電においても、発電所建設における海洋生態系破壊などの問題も心配されています。
海や陸の生態系破壊は、地球が直面している危機としては気候変動よりも深刻な側面もあると指摘されており、とても無視できるものではありません。
また、原発を持続可能な発電とみなすかどうかも国によって意見はバラバラ。東日本大震災を経験した日本は、どういうスタンスをとり、どういうエネルギー政策をとるべきなのか。その時に、きちんと働く人々の雇用をシフトしていけるのか……。
「カーボンニュートラルを目指して再エネに注力しましょう」という、大半の人が賛同している方向性にも、現在進行形の様々なジレンマが点在しています。
こうして矛盾に注目すると、胡散臭い「綺麗事」に見えていたものが、ぐっと解像度を増してわかってきます。
続いて、JUST(公正)の考え方で物事を捉えるということが重要です。
まずは、「公正な移行(Just Transition)」というフレームワーク。上の話と連続しますが、産業構造の変革が必要になった時に、経済や社会への負の影響をなるべく回避して、むしろより質の高い雇用や機会を生みだしていくことを目指す考えをいいます。
地球環境の保全も、経済成長も、両方を目指すSDGsにおいて、Just Transitionは成功の鍵といっても過言ではないと考えています。
もちろんこれは、一社、一業種だけの努力でできることではない。ビジネスモデルの変革、社員の再教育、あるいは設備投資など、時間やお金が莫大にかかるからです。企業やその業界だけでなく政府や地域社会、市民が協力して取り組んでいかなくてはなりません。
SDGsの話をする時には、ついつい国や産業、技術など「大きな主語」で語ってしまいがちですが、そこには一人一人の仕事があり、働きがいがあり、人生がある。だから「公正さ」が重要なのです。
経産省によれば、日本では脱炭素社会実現に向けて、まずは自動車産業における「公正な移行」のあり方について検討中だといいます。
日本の自動車関連産業の就業人口は約550万人。CO2排出の少ない電気自動車(EV)へのシフトが求められれば、業界におけるJust Tarnsitionが急務です。
トヨタ自動車の豊田章男社長が2021年9月、「カーボンニュートラルは雇用問題でもあるということを忘れてはいけない」「私たちが、必死になって『選択肢を広げよう』と動き続けているのは、自動車産業の550万人の雇用、ひいては日本国民の仕事と命を背負っているからです」と発言し、話題になっていましたが、背景にまさにJust Transtionがあるのです。
また、Justと同じルーツを持つ言葉にJusticeという言葉がありますが、「気候正義(Climate Justice)」という考え方も重要です。
欧米をはじめとするグローバルな気候変動運動でスローガンとしても使われるこの言葉。
正義と日本語で聞くと「悪と戦う正義のヒーロー」といった感じで善悪二項対立のようなイメージがつきまといますが、要するに気候変動にまつわる理不尽な偏りをなくしていこうという考え方です。
気候変動は地球規模の課題であるものの、結局は“お金持ちの贅沢”の影響を、貧困層や弱者が真っ先に受けるという現状があります。
先進国が排出したCO2の影響を、海抜の低い島嶼部や貧困国が被っているという「国家間の不正義」、現役世代が豊かな暮らしのためにCO2を出し続けることによって将来世代に大きな負担がかかってしまうという「世代間の不正義」の2つについて認識し、変えていく必要が、私たちにはあります。
こうしたJust、Justiceの考え方は、SDGsのビジョンを理解するのに役立ちます。「誰一人取り残されない」というSDGsの文言はよく引用されますが、取り残されないとは一体どういうことなのか? それはこの世界に生きるあらゆる人と人とが”JUST”な関係だということ。
「取り残されない」にピンときていない場合に、JUSTの考え方がSDGsへの解像度をあげてくれる可能性があります。
2021年11月、気候変動について話し合う国際会議COP26の開催中にオセアニアの小国・ツバルのサイモン・コフェ外務大臣が、膝まで海に浸かりながら、気候変動の緊急性を訴えるスピーチをし、その動画や写真が世界中に広がっていきました。
海抜が低いツバルは、地球温暖化の影響を最も大きく受けている国の一つ。今世紀末には消滅するかもしれないと言われています。
それでも「言葉で聞いても何となくピンとこない」「遠い国の自分には関係ない出来事」としか思えない人は多いのが悲しい現状ではないでしょうか。
そんな中、上半身は上品なスーツなのに、下半身は海に浸かっているコフェ大臣の何とも言えない表情は、言語や文化のバックグラウンドを超えて多くの人に直感的に伝わりました。
目をそらしたくなるような危機的状況や小難しい話が、クリエイティブの力で多くの人に届いた瞬間でした。
気候変動やジェンダー不平等をはじめとした世界的危機は本当に待ったなしの状況で、工夫してアイデアや表現を練っている時間がもったいなく感じるほどのものかもしれません。
それでも「急がば回れ」ではないですが、考え抜かれたアイデアとクリエイティビティが多くの人の理解の手助けになることがあります。またこの過程において、うわべだけで実態の伴わない「ウオッシュ」が淘汰されていくという効果も期待できます。
複雑な社会課題にこそクリエイティビティを。メディアや大企業、資本家などには今後一層こうしたアプローチが求められるのではないでしょうか。
また、どうしても付け加えておきたいのですが、もちろん個人や市民はそれに限りません。勇気を出して声をあげる人々への「言ってることは正しいけど、言い方を工夫した方がいい」などの批判には大反対です。個人は、怒りをそのまま発信して、社会の不条理や不正義に抗議していいし、するべきだと思います。
そうやって、たった一人の個人の怒りから歴史は変わってきたのですから。
SDGsを語ったり発信したりする時、もっとも重要なことの一つが、複数の時間軸で考えることです。
SDGsは「2030年までに」達成すべき17のゴールですが、課題によって様々な目標年や単位があります。企業経営者ならば、10年後のあり方と四半期ごとの売上げ・利益を両軸で考えているかもしれないし、同じ会社でも部署によって異なる時間軸で仕事をとらえているかもしれません。
また「今後」や「将来」などの言葉は、60代と10代ではまったく意味するところが違うでしょう。
気候危機について世界中の科学者たちがまとめた「IPCC報告書」を参照すると、2040年ごろまでは実はどんな対策を講じてもあまり大きくは状況が変わらないと言われています。二酸化炭素は一度大気中に排出されると残り続けるため、20年くらい先までの状況はすでに排出された量で決まってしまっているためです。
しかし、これ以上対応を遅らせてしまうと、2040年以降に大きな差がでてくることも報告書は指摘しています。
2040年には寿命を終えているかもしれない現時点での権力者と、2040年以降も生きていくであろう若者世代との間の温度差はこうした点にも起因しているかもしれません。
グレタ・トゥーンベリさんが国連でスピーチをして世界の注目を集めて以降、ドナルド・トランプ氏とのやりとりなどがよくメディアで報じられていました。二人は目指す世界像もそうですが、完全に異なる時間軸で世界を見ていたように思います。
最後に、精神論的に響かないことを願いながら強調したいのは、「世界は変えられるんだ」という希望を失わないことです。
気候変動やジェンダー不平等、貧困。世界規模の課題は、知れば知るほど絶望するようなものばかりです。実際に、世界の若者の6割が気候変動について「とても」「非常に」心配していて、約4分の3は「未来は恐ろしい」と思っており、56%は「人類の未来は絶望的」と感じているという調査もあります。
若い世代にこのように感じさせてしまう現役世代の責任、メディアの力不足も感じます。
しかし私たちの取材に応じた科学者の皆さんは「まだ間に合う」「希望はあると思っています」と声を揃えていました。
気候変動をテーマに配信した昨年9月のハフライブでは、「(気候危機の現状など)話が壮大すぎて無力感しかない」という視聴者のコメントに対し、京都大学の宇佐美誠教授が次のように話しました。
「非常に深刻な状況であるのは間違いないですが、最後の最後には楽観視が大事。思い出してみてほしいのですが、たった150年前、(多くの地域で)女性は政治から排除されていました。今ならあり得ないですよね。人間は変わることができるんです。気候変動は危機的状況であり、とにかく早く変わることが大事です。だからこそ人間は変われるということを信じて、早く動かしていくべきなんです」
最後に改めてお伝えしたいのは、SDGsの特筆すべき点として、全ての国連加盟国が【全会一致】で採択したということです。
色んな政治的イデオロギーや地理的、経済的状況も異なる各国。当然、それぞれの思惑や軋轢がある中でそれでも、全加盟国が一つのビジョンに同意できたということは、ふとした時に何度も思い出したいファクトです。
「妥協する」とか「負担する」といってしまえば後ろ向きですが、「譲り合った」結果とも言えるのではないでしょうか。
*
2030年まで残り8年。本当に時間がありません。
限られた時間の中でゴールに近づくために、もっと多くの人が、もっと気づきや途中経過をシェアしていくべきだと思います。それがどんなに中途半端でも、完璧とは程遠くても。
このブログも、そうした思いで書きました。
そう考えると、SDGsへの道のりは、私たちが「完璧主義」から距離を取り、お互いを許し合う文化をつくるための絶好のプロセスにだってなりうるかもしれません。
今年も、ハフポストのSDGs発信にご期待ください。
文:南 麻理江 @scmariesc
企画・リサーチ:ハフライブ制作班(篠塚健一 @kenichi8881 中田真弥 @nMaya_huffpost 中村かさね @Vie0530 湯浅裕子@hirokoyuasa 吉田遙 @haryunn0916 )
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
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