タブレットを使わせてもらえず点数が下がる子ども。クラスに3人いる? 学習障害(LD)に必要な配慮

発達障害は、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)だけではない。

学習障害(LD)など、ほかにもさまざまな種類があるが、ASD、ADHDと比べてあまり知られていないことに課題がある。

菊田史子さんは、息子・有祐さんの学習障害(LD)に寄り添い、高校入試などで苦労した経験を持つ。そうした自身の体験をバネにして、2018年に一般社団法人「読み書き配慮」を立ち上げ、当事者たちの支援を行なっている。これまで直面してきた壁や学習障害を取り巻く状況、これからの展望について、史子さんに話を聞いた。

「読み書きが苦手=勉強が苦手」の誤解

「公平性のために、(タブレットを)使わせるわけにはいきません」

高校入試のとき、菊田親子が高校側から言われた言葉だ。10年、20年前の話ではない。たった3年前の話だ。

有祐さんは書字が苦手だが、タブレットやパソコンを使えば、勉強は得意だった。学習障害のある人は、読み・書き・計算などに困難さを抱え、生活に支障が生じる。適したツールや配慮があれば勉強が得意な人もいるが、「読み書きが苦手=勉強が苦手」と誤解されやすい。

試験では、読み書きの得意・不得意と、勉強の得意・不得意のギャップが如実に表れてしまう。本当は理解していて答えられる実力があっても、書字を使って答える試験では、有祐さんは点数が低くなってしまう。

「息子は周囲の理解のもと、小学校5年生から授業でタブレットを使用していましたが、高校入試はすごく大変でした。手で書くのが苦手な分、手書きの試験では時間がかかるし、ものすごく疲れるので、実力を発揮できません。

だからタブレットやパソコンを使わせてもらいたいと、20校ほどに足を運んでお願いしましたが、その方法で受けられる学校は1校だけでした。100歩譲って、入試は手書きで受けたとしても、入学してからはパソコン使用を許可してもらいたいと伝えても、受け入れてもらえませんでした」(史子さん)

本当の「公平性」とは?

「公平性」とは何なのだろうか。視力の低い人がメガネを使うことに違和感を抱く人はほとんどいないのは、視力の低い人は多く、メガネが特別なものだとは思われていないからだ。

学習障害がある人にとってのパソコンやタブレットはどうだろう。初等中等教育の現場では、手書きがいまだに優位だ。学習障害の認知が低いことなどから、まだタブレットやパソコンの使用を受け入れる素地は整っていないと言える。

近年では、子ども1人1台の端末とインターネット環境を整備する「GIGAスクール構想」(文部科学省)も始まっているが、まだまだ過渡期で、困っている子どもは多いだろう。

一方で、社会を見回せば、いまでは手書きで仕事をすることのほうが珍しいとも言えそうだ。例えば、筆者は学習障害の当事者ではないが、この記事はパソコンを使って書いている。あなたはいま、どんなデバイスでこの記事を読んでいるだろうか。社会に合わせて、教育も変わらなければならない時期が来ているのではないだろうか。

憲法や教育基本法においても、ひとしく教育を受ける権利は保障されているはずだ。公平性について議論し、子どもたちに教育を受けさせる義務を負っているのは、大人たちである。

「学習障害に対する配慮を求めて出向いた高校で、『公平性のために(タブレットを)使わせるわけにはいきません』と言われても、私は『メガネと同じようにパソコン使わせているのですが、メガネをしない方が公平ということでしょうか?』と食い下がりました。そうしたら、息子がテーブルの下で私の脚をバンと蹴って、にらむんです。帰り道、その理由を聞いたら、こんな学校はこちらから願い下げだと。

息子は、クラスのみんなの前でタブレットの必要性について語らなければいけないと思い始めた10歳の頃から、『公平性』について考え、向き合ってきました。にもかかわらず、それを、いま初めて『公平性』について考えたような大人に簡単にダメだと言われてしまう。

そんな場所で15歳の子ひとりで戦わせるのは、私は違うと思います。世の中の認知や理解が熟して、戦える環境になったらセルフアドボカシー(※)で、『一人で行け』と言ってもいいけれど、いまの整っていない状況で大人が応援しないのはあり得ない。だって、この社会を作っているのは大人なんですから」(史子さん)

結果的に、有祐さんは2校を受験し、慶應義塾高校に進学した。現在は慶應義塾大学の1年生だ。大学の授業では、周囲もパソコンを使っているため、書字が苦手なことは障害にならないという。社会の側が変われば、特性が障害になりにくくなる。

※セルフアドボカシー…「自己権利擁護」の意味で、自分に必要なサポートを、自分でまわりの人に説明して、理解してもらう活動のこと。​​

それぞれの悩みに寄り添う

史子さんは、有祐さんの高校入試後の2018年に一般社団法人「読み書き配慮」を立ち上げた。

「入試の過程で、教育現場がある種のいじめの状態になっていることに、怒りを感じました。

許可さえしてもらえれば勉強ができるのに、こんなに断られること自体がおかしい、と。ましてや、ただツールを使うだけで、あなたの手を貸してくださいとも言っていないのに、受け付けてさえくれない。こういった“少し変わった人たち”を受け入れられない社会になってしまっているのはおかしいだろうと思って、怒りのエネルギーで『読み書き配慮』を作ったんです」(史子さん)

ひとくちに学習障害と言っても、必要な配慮は個別に異なっている。パソコンやタブレットの使用を許可することは重要だが、それだけで十分とは言えないのだ。有祐さんも、「それぞれの悩みがある」と言う。

「読み書き配慮」では、「ストーリーバンク」と名付けられた事例データベースをオンライン上で作っている。学習障害に対する配慮の事例を集約し、個別のニーズに応じて役立ててもらうことが狙いだ。

「学習障害に対する配慮のデータベースを作り、全国から見ることができるようにしています。事例を知ってもらうことで、まずは『自分だけじゃないんだ』と気づいてもらって、『こういう配慮があるんだ』と知り、学校に持って行ってもらって、『ここの学校ではこういう配慮をしているみたいです』と話し合いに活用してもらいたいです。

個々のケースについて、困難の詳細、相談した時期や相談先、申請時期・申請内容、申請時の添付書類などを見ることができます。加えて、特記事項や備考の欄もあり、『この配慮をしてもらってよかった』『やってもらったけどダメだった』『申請の過程で話を聞いてもらえなくて大変だった』なども記入してもらっています。

配慮申請には、誰に言ったのか、どんな言い方が良かったのか、誰に最初に言ったのが良かったのか、といったコツもあって、そういった周辺の情報が私たちにとって参考になります」(史子さん)

“読み書き”と“理解”は別の能力

学習障害のある人々を取り巻く環境には課題が多い。見過ごされてきている成人の当事者も少なくないはずだ。実は、史子さんでも最初から上手くサポートできたわけではなかった。

「息子が小学校低学年の頃、彼が着ているTシャツの襟口はいつもボロボロでした。学校のストレスで噛んでしまうんですね。なのに私は、息子の帰宅を消しゴムを握りしめて待ち構え、『(上手に書けなくても)ママが消してあげるから大丈夫』と言って、宿題をやらせようとしていました。

最後の砦であるはずの私が、『あなたを守る』と言いながら消しゴムを持って待っているわけだから、地獄ですよね。でもその時は気づかなくて、一生懸命だった。そんなことを繰り返して、どんどん親子関係が悪くなっていきました」(史子さん)

しかし史子さんは、「書かせようとするのは私の自己満足なのではないか」と考え、方向性を切り替えた。もともと有祐さんの知的好奇心が旺盛だったことに着目し、書字をしない方法で知的好奇心を満たす試みを始めた。

史子さんはこう語る。

「学習障害が知られていないことが、大きな問題だと思っています。発生率が8%ぐらいと言われているので、クラスに3人ほどいる計算になり、決して少なくないのです。親御さんをはじめ、大人たちには、『この子は学習障害かもしれない』という考えを持っていてほしいです。

いま学校を回らせていただいていますが、現場の方々は学習障害と知的障害の区別がついていないこともあります。双方に必要な配慮は全く異なるので、“読み書き”と“理解”が別であることを伝えていかなければいけません。学習障害の子どもたちは、読み書きが苦手でも理解は得意な子がいるので、その理解の部分を伸ばしてあげられるサポートが必要です。

学習障害は努力では克服しきれないものだと知ってもらうことと、解決方法があるので落ち込む必要はなく、そのやり方さえ認められれば活躍していけることの両方を知ってほしいです」(史子さん)

昨今、発達障害についての認知が広がってきているが、ASDやADHDについての情報が多く、学習障害(LD)はまだまだ少ない印象だ。その分、見落とされている当事者も多いだろう。

当事者たちは、ちょっとしたきっかけで、持てる力を発揮しやすくなる可能性がある。公平とは、境遇や能力によらず、それぞれの最大限の力を発揮できることではないだろうか。学習障害のある人たちの状況から、彼・彼女らの困難と、教育の課題が見えてくる。

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(取材・文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

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