コロナ禍でメンタルヘルスをめぐる問題はより深刻さを増している。2020年に俳優やアーティストなど著名人の自死が相次いだことを受け、エンターテインメント業界でのメンタルヘルスケアの重要性を訴える声もあがっている。
日本ではメンタルヘルスの問題がタブー視されたり偏見が根強く残っていたりと、理解やサポート体制が十分に整っていない状況にある。それはエンタメ業界においても同様で、アメリカなどでは、相談窓口やカウンセリングなどが導入されているが、日本は遅れをとってきた。
そんな中、2021年9月、多くの人気アーティストを擁する日本の大手レコード会社のソニー・ミュージックエンタテインメントは、アーティストやスタッフ等に対し、メンタルヘルスのサポートを行うプロジェクト「B-side」を発足した。
この取り組みに対し、音楽業界を中心に活動する産業カウンセラーの手島将彦さんは、「メンタルヘルスに関する対応が遅れ、ややもすると精神論に偏りがちでもあった日本のエンターテインメント業界にとって、画期的かつとても喜ばしいこと」だと評価する。
同プロジェクトでは、ソニーミュージックグループ各社において、専属マネジメント契約のあるアーティストや俳優、スタッフらに対し、以下の4点を無償で提供する。
▽オンライン医療相談
心や身体に関する不安について24時間・365日匿名で相談できるオンライン医療相談サービス「first call」(運営:株式会社Mediplat)へのアクセス
▽定期チェックアップ
希望者に対し、心と身体の定期チェックアップ
▽専門家によるカウンセリング
希望者に対し、臨床心理士・公認心理師等の専門家によるメンタルカウンセリング
▽社内ワークショップ
社内啓発の取り組みとして、全スタッフに向けたメンタルヘルスやセルフケアなどについてのワークショップを定期開催。アーティストやクリエイターのサポートに役立てる
ソニー・ミュージックの担当者によると、プロジェクト発足の背景には、新型コロナウイルスの流行以降、エンタメ業界も様々な影響を受けたことがあるという。ハフポスト日本版の取材に対し、こう答えた。
「マネジメントを担当する部署のスタッフなどから、アーティストに対するケアをこれまで以上に充実させていく必要があるとの声が上がり、ボトムアップのプロジェクトとして立ち上がったのが、今回のB-sideです」
日本に先立ち、欧米ではNPO団体などと連携し、アーティストをサポートする体制が新型コロナの流行以前から整えられていた。アメリカの音楽業界では、サポートを求めるアーティストやスタッフなどを支援する団体や、24時間対応の電話・オンラインの相談窓口などが存在する。
「欧米の音楽業界では日本に先行すること何十年も前から、アーティストやクリエイターへのケアの必要性が認識され、様々な社会的な活動が行われています。しかし、日本ではまだこれからの領域であり、当社内でも特に実績がなかったため、今回新たに立ち上げることが必要だと考えました」
大手企業が取り組む意義については、「アーティスト、クリエイターが作品を生み出し続けることによって生じる心身への大きなプレッシャー、十分なセルフケアや周囲からのケアの必要性などの課題は、必ずしも当社に限ったものではありません」と説明。その上で、「まずは自分たちでできるところから着手すべく、専属契約のあるアーティスト・クリエイターを対象に、より多面的にサポートできる仕組みづくりを行っていきたい」とした。
産業カウンセラーの手島さんは、著書『なぜアーティストは壊れやすいのか?〜音楽業界から学ぶカウンセリング入門』や、アーティストとの対談などを通して、音楽業界でのメンタルヘルスケアの重要性を発信してきた。
「ソニー・ミュージックのような大手がメンタルヘルスの重要さを発信することは、音楽業界内だけでなく、アーティストとファンとの相互の関係をより健全なものにしていく効果も期待できるのではないでしょうか。
一方で、必ずしも、皆がメジャーなフィールドにいるわけではありません。『売れている』とか『それによってのみ生計を立てている』ということは、アーティストであるということに必須の条件ではありません。市井の数多の芸術や芸能に携わる人たちの存在が社会にとって実はとても大切です。
今回のプロジェクト発足をきっかけのひとつとして、そうした人たちに対しても、メンタルヘルスの重要さが認知され、社会的にもサポートされるようになっていくことも必要だと思います」
音楽業界を支える人々の中には、大手のレーベルや芸能事務所に所属せず、個人で活動するアーティストやフリーランスのスタッフも多い。そういった立場の人にもサポートが行き渡ることが重要だと、手島さんは考える。
新型コロナの感染拡大から1年半以上が経つが、文化施設の休業や、大型コンサート・ライブの中止・延期などが相次ぎ、アーティストも活動を制限せざるをえない状況が続いている。諸外国と比べても、日本では文化芸術や、そこに従事する人々に対する公的な支援が不十分である問題も露呈した。
手島さんは、アーティストのメンタルヘルスケアと同時に、「社会全体で、芸術や芸能に対する理解を高めていくこと」も必要だと指摘する。
「芸術や芸能の意義や価値、さらには、それぞれの生き方や社会のあり方などを、社会全体で見直していくことが大切なのだと思います。
アートには『炭鉱のカナリア』のように、いち早く危険を察知する能力もあると思います。アートを通じて、メンタルヘルスケアの重要さや、生き方について見直す動きが社会全体にも広がっていくことも、期待したいです」
Source: ハフィントンポスト
音楽家のメンタルケア、日本でも始まる。「精神論に偏りがち」なエンタメ業界が変わるために何が必要か