「自分らしさ」を見つけるのは、とても難しい。
ドラァグクイーンに憧れる16歳のジェイミーと彼を取り巻く人々の織り成す物語をポップな音楽で描いたミュージカル『ジェイミー』。
イギリス公共放送BBCのドキュメンタリーをもとに作られたこの作品が光を当てるもう一つのテーマは、1人の人間の内側にある多様性だ。
主人公のジェイミーは、強さと繊細さを併せ持った「女装が好きな男の子」。普段は優しくて内弁慶なところもある高校生だが、ひとたびドラァグクイーンという鎧を身につければ、誇り高く大胆で自由な「ミミ・ミー」に変身する。
ジェイミーを目の敵にする同級生は、学校の人気者だ。しかし、その顔の裏には、保守的な社会規範を打ち壊しながら自分らしくあろうとするジェイミーへの嫉妬と、何者にもなれないかもしれない自分への焦りが見え隠れする。
自分の中に存在する多様な自分とどう向き合い、どう折り合いを付けながら前向きに生きていくのか。
「明るく振舞う人が他人に見せない『影の部分』をどう演じるかが勝負」とジェイミー役について語る森崎ウィンさんに、作品について聞いた。インタビューでは、母国ミャンマーへの思いも話してくれた。
母親と2人暮らしのジェイミー(森崎ウィン・高橋颯のダブルキャスト)は、幼い頃から母親のドレスやハイヒールで遊ぶのが大好き。誕生日に、ずっと欲しかった真っ赤なハイヒールを母親からプレゼントされたことから、物語が動き始める。
「ありのままの自分でいい、という作品は他にもあるが、『ジェイミー』が一味違うのは主役のジェイミーがポジティブであること。台本を読んで、自分自身も明るくなれた。だからこそ、明るく振舞う人が他人に見せない辛さをどう演じるかが勝負。この時代に、今伝えるべきメッセージが詰まった作品だと思います」
作品の魅力について、こう語る森崎さん。
作中のジェイミーは「現実を見なさい」と自分を否定する教師のミス・ヘッジに対して「僕は現実です」と胸を張り、同級生の「気持ち悪い」「醜い」という侮蔑に対しても「気持ち悪くないし醜くない。僕は美しい」と堂々と言い返す。「ミミ・ミー」という鎧をまとってはいるものの、それも紛れもなくジェイミー自身だ。
一方で、同じ侮蔑を父親から投げつけられた時には、「すべてが醜い」と自分を全否定してしまう。
8月に東京公演を終えた森崎さんのジェイミーは、強さと脆さの揺らぎや、揺らぎながらも「自分」という芯を獲得していくまでの繊細な演技が見事だった。
ドレスを着てプロムに行きたいという夢を貫くジェイミー。ただ、プロムに行くのはドラァグクイーンの「ミミ・ミー」なのか、「女装が好きな男の子」のジェイミーなのか。
物語のラスト、ジェイミーの選択と級友たちの反応が愛おしい。実話だと思えばなおさらだ。
ジェイミーを理解する上では、ミャンマー人であるという森崎さん自身のアイデンティティもリンクしたという。
森崎さんの母国ミャンマーでは、今年2月に軍事クーデターが起きた後、軍による抗議デモの弾圧など混沌とした状況が続いている。
「自分のアイデンティティは変えられない。どんなことがあっても自分はミャンマー人。だから、ミャンマーの状況について声を上げたい、知ってほしいという気持ちはめちゃくちゃあります。でも、向こうに住んでいる家族のことを考えると・・・。
何より、今ミャンマーで起きているのは政治的なことなので、日本にいる自分が今できることって、すごく限られていると思っています。ミャンマー人であるがゆえに、『やるべきこと』と『できること』はすごく難しいです」
森崎さんは折に触れて、Twitterで『#ミャンマーのいま』というハッシュタグとともにミャンマーのニュースを投稿している。ファンを中心に、森崎さんの「知ってほしい」という発信への反響は大きい。
だが、そこにも葛藤があるという。
「僕の本業はエンターテイナー。なのに、本業の告知よりもミャンマーのツイートの方が反応が多いというのは、ありがたいけれど葛藤もあります。ミャンマーについてのツイートも、観光地の紹介だとそれほど多くの『いいね』はつかない。
反響をいただいているのはうれしい。手を差し伸べたいと思ってくださるのはありがたいが、なんだろうな、もっと、広い視野でものを見られればいいんですけど……」
エンターテイナーとしての自分と、母国を憂う自分をどう両立するか、という点にも悩みがあるという。
「ミャンマーについて発信することで『ミャンマーについて発言している人』というイメージが強くなってしまったら、エンタメ作品に出演している僕を見てもらっても、『僕』という色が強すぎて純粋にエンタメとして楽しんでもらえなくなってしまうかもしれない」
「発信をしたところでミャンマーの状況を変えることはできないのに、今やるべきことなのか、常に葛藤しています。僕が今立っている場所でもっと頑張ってより影響力があるエンターテイナーになれば、いずれミャンマーという国が立ち上がってリスタートする時に、もっと大きな影響を与えることができるかもしれない。その時が来たら僕が何かの力になれるように、今は力を蓄えるべき時なんじゃないかとも思う」
「少しでもいいので、僕の母国では今こういうことが起きてるんです、僕の故郷ってこういうところなんです、ということを知ってほしい」という森崎さん。
「どこかで思っていてくれるだけでいいんです。『今だったら助けられることがある』という時が来たら動けるように、少しずつ知ってくれたらいいな。この葛藤は、自分らしくいようと一歩を踏み出すジェイミーに通じる部分があるのかなと思います」
ミュージカル作品『ジェイミー』の物語は高校卒業のプロムで一区切りを迎えるが、夢に向かって進む実在のジェイミーの未来はこれからだ。
同様に、影響力のあるエンターテイナーになりたいと突き進む森崎ウィンさんの物語もまだ続く。
「自分の音楽で自分のルーツであるアジアを回りたい、というのが夢であり目標です。あとは作品を作りたいですね。ミャンマーには、ミュージカルがないんです。でも僕が頑張れば、ミャンマーでミュージカル作品を上演することもできると思う。状況はいつか絶対良くなると信じています」
ミュージカル『ジェイミー』
大阪公演は9月4~12日、新歌舞伎座。愛知公演は同25、26日、愛知県芸術劇場大ホールで上演される。
<公式サイト>
https://horipro-stage.jp/stage/jamiemusicaljp2021/
Source: ハフィントンポスト
ミャンマー人として、エンターテイナーとして…。「ジェイミー」主演の森崎ウィンさんが語る勇気と葛藤