フィンランドのキミ・ライコネン選手が自動車レースの最高峰「F1」を引退することを発表した。
ライコネン選手は現役最年長の41歳。F1参戦20年目のベテランだ。これまでの優勝回数は21回。フェラーリに所属していた2007年にはワールドチャンピオンを獲得した。寡黙なことで冷静な態度から「アイスマン」のニックネームで呼ばれている。
2019年からアルファロメオに所属しているライコネン選手は日本時間9月2日、公式インスタグラムを更新。「簡単な決断ではなかったけど、今シーズンの後は新しいことを始める時期です」と、引退を発表した。
<そうです。今季が私のF1参戦の最後のシーズンになります。これは去年の冬に決めました。簡単な決断ではなかったけど、今シーズンの後は新しいことを始める時期です。まだシーズンの途中ですが、私のレースのキャリアに関わった家族、チーム、そして特に今まで応援してくれたファンの皆さんに感謝したいと思います。私のF1は終わりを迎えるけど、人生には経験したり楽しんだりしたいことがたくさんあります。また今季のシーズンが終わったら、またどこかでお会いしましょう!キミより>
ライコネン選手には語り草となっている伝説のレースがある。それが鈴鹿サーキットで開催された2005年の日本GPだ。当時マクラーレンに所属していたライコネン選手は、予選で雨に見舞われたこととエンジン交換のペナルティから、17番目という下位のグリッドから決勝スタートを迎えた。
この位置からでは上位入賞は難しいと誰もが思った。しかし、ライコネン選手は追い抜きが難しいとされる鈴鹿サーキットで怒濤の活躍でファンを魅了させた。
1周目の他車のクラッシュでセーフティーカーが導入されるまでの間に、5台を抜いて12位に浮上。その後も続々と追い抜き、最終ラップの第1コーナーで先頭を走るジャンカルロ・フィジケラ選手(ルノー)を抜いて優勝した。F1公式YouTubeが約10年後、このときのライコネン選手の活躍をYouTubeにアップ。その鬼気迫る走りを実感できる。
引退を知ったファンの間では、以下のように伝説のレースを思い返してライコネン選手をねぎらう言葉がSNS上で相次いでいる。
「日本人の心を掴んだ2005年鈴鹿でのレース、あの瞬間は絶対に忘れない。ありがとうライコネン」
「あのレースがモータースポーツを好きになったキッカケだった。お疲れ様でした」
「目の前で見た1コーナーのオーバーテイクは今だ鮮明に目に焼き付いています」
2005年日本GPの動画は(7分40秒〜8分40秒)の部分。
Source: ハフィントンポスト
キミ・ライコネン選手引退。16台抜きで優勝した伝説のレースとは?「あの瞬間は絶対に忘れない」の声