精子や卵子の提供者の情報を子どもに隠すのは、もう「昔の時代」――。
夫婦以外の第三者からの精子提供で生まれた人たちが、提供者の情報を得られる「出自を知る権利」をめぐって意見交換するオンラインの国際フォーラム(主催:お茶の水女子大ジェンダー研究所)が、8月29日に開かれた。
遺伝上のルーツをたどれないことで、どのような思いを抱えて生きてきたのか。
オーストラリア、ベルギー、日本の当事者たちが体験を語った。
【出自を知る権利の詳しい解説はこちら⬇︎】
「出自を知る権利」とは?日本は法律なし。海外では保障する国も
第三者の精子を子宮に注入する生殖補助医療は、「非配偶者間人工授精(AID)」と呼ばれる。
オーストラリア出身のダミアン・アダムスさんは、出自を知る権利を法的に保障するためのロビー活動に尽力してきた。自身も、AIDで生まれた当事者だ。
アダムスさんは、幼い頃から提供精子で生まれたことを親から告知されていた。だが、提供者が誰かは長年わからなかった。
転機は、自身に娘が生まれたことだった。自らの面影を娘に感じることができたが、自身は遺伝上のつながりがある提供者が分からないため、提供者に対してそういった感情を持つことができない、とショックを受けたという。
「AIDで生まれた人たちが、自分と同じようなトラウマや苦しみを経験しなくて済むように何かできないか」
アダムスさんはそう思い立ち、AIDで生まれた全ての子どもたちが遺伝上のルーツにアクセスできるよう、法改正を目指す活動を始めた。
多くの当事者や専門家らとともに声を上げたことで、南オーストラリア州でも法改正が実現した。AIDで生まれた子どもは、いつ生まれたかに関わらず、提供者の氏名や住所などの情報を得ることができるようになった。
アダムスさんもその後、提供者が判明し、今でも頻繁に連絡を取り合っているという。
南オーストラリア州やオーストラリア・ヴィクトリア州のように、「出自を知る権利」を法律で守ろうとする動きがある一方で、ドナーの匿名性を保持する国もある。
ベルギー在住のリーン・バスチアンセンさんは、1984年生まれのAID当事者だ。
バスチアンセンさんによると、ベルギーは2007年以降、精子や卵子の提供を匿名とすることを法律で定めた。匿名ではない精子や卵子の提供は違法とされている。
バスチアンセンさんは21歳の時、父親との関係に悩んでいることを母に告白。その際、母はバスチアンセンさんがAIDで生まれたことを初めて明かしたという。
「自分自身がうその存在であるように感じ、自分の体や見かけに嫌悪感を持つようになりました。母親にはAIDのことを他の人に隠すように言われ、非常に恥ずべき秘密を持たされたような思いがしました」
提供者が誰かわからないことも、バスチアンセンさんを苦しめた。
「ブロンドの髪で、ブルーの目の色の中年男性を見るたびに、自分と同じ特徴を持っていないか探すようになりました。それは決して楽しいことではなく嫌なこと。でもそうやって、常に提供者を探し求めるのを避けることはできませんでした」
これから生まれてくる子どもたちのためにも、出自を知る権利を保障することの大切さを訴えたい――。
バスチアンセンさんは当事者として名乗りを上げたものの、数々の批判や中傷を受けるようになる。体調を崩し、活動を断念せざるを得なかった。
バスチアンセンさんは31歳の時、ドキュメンタリー番組の企画で、DNA鑑定によって遺伝上のルーツである提供者を特定することができた。実際に会った提供者は親切で、親身に話を聞いてくれた。
「非常にうれしく信じられないような思いがしました。乾いていた中で急に水が与えられたように感じました」
「育ての親に感謝していないのか」「遺伝子なんか関係ない」
当事者たちが「出自を知る権利」を求めて声を上げるたびに、こうした批判が繰り返し向けられてきた。
AIDに関わる親子・提供者の支援や研究で知られるニュージーランド・カンタベリー大のケン・ダニエルズさんは「当事者たちは、遺伝的なつながりではなく、愛情や関係、共有された経験によって家族は家族になるとはっきり認識している」と強調する。
「その上で、提供者が誰かを知らないことに納得できず、強迫観念に襲われている当事者たちが多くいるのです。そして提供者に会うことで、そこから解放されたように感じる当事者がいることに目を向けてほしい」
匿名を廃止することで、「提供者がいなくなる」と懸念する意見も根強い。
だが、ダニエルズさんは「多くの調査研究によると、それは事実ではないことがわかっています」と説明する。どういうことか?
「世界で初めてドナー(提供者)の匿名性を廃止したスウェーデンでは、(廃止によって)ドナー数が一時減ったものの、その後増えたことがわかっています。それは、従来のドナーは『若くて未婚で子どもがいない』という特徴があったのが、非匿名を前提としたことでドナーの年齢層が上がり、子どもがすでにいるドナーが増えたためです」
「人の役に立ちたい、貢献したいという思いがある提供者へと変わってきているのです。提供の事実を秘密にして、提供者の情報を隠す。それはもう昔の時代のやり方です」
子どもの出自を知る権利を守るためには、親からの早い段階での告知が前提だ。
告知に前向きになるよう、親のサポート体制を整えることの大切さを訴える声もある。
ダニエルズさんは、「同じような体験をした親たちと話をすることが、親にとって最も役に立つ。親同士がつながる機会が提供され、必要なときに専門家によるカウンセリングを受けられることが大事です」と提言した。
全体討論では、「AIDで生まれた子どもは、事実を知らずに生きていくよりも、きちんと伝えられた方が幸せだと思うか」という問いに、登壇した4人の当事者はいずれも事実を知ってよかったと答えた。
AIDで生まれた当事者たちの自助グループ「DOG(DI Offspring Group)」のメンバーの石塚幸子さんは、自身の体験から次のように思いを語った。
「(出生の事実を)知ったときに私もすごくショックで泣いて、大変な状況になりました。ですが、今まで家の中で触れてはいけないけれども『何かおかしい』と思っていたことが、(事実を知って)自分の中ですごく納得でき、すんなりと落ちました。悲しいことや辛いことがたくさんあっても、知ってからの自分の方が本当の自分を生きているように感じます。だから私は、事実を知って生きていく方が幸せだと思います」
バスチアンセンさんは、提供者と対面できても、全ての苦しみから解放されたわけではないと打ち明ける。
「やっと出会えたけれど、(提供者の)愛する娘を見るような眼差しにどうも納得がいかないと感じてしまう。一方で、遺伝上の父に感謝していない自分に対しても後ろめたい気持ちもあります」
それでも、母から真実を告げられて良かったと考えているという。
「必ずしも簡単なことではないですが、(事実を知ったことで)新しいストーリーに挑戦していくことができます。自分の存在について真実を知る権利を人は持っていると思います」
日本で、「出自を知る権利」は守られるようになるのか。
厚生労働省の生殖補助医療部会が2003年にまとめた報告書は、ドナーの情報を知ることは「生まれた子のアイデンティティー確立のために重要なもの」と記し、ドナーを特定できる内容を含めた情報の開示請求ができる、と結論づけた。
子どもの立場に最大限配慮した内容だったが、この報告書は法案化に至らなかった。
2020年12月、第三者が関わる生殖補助医療で生まれた子の親子関係を定めた民法特例法が成立。特例法は、出自を知る権利に関して規定せず、附則で「おおむね2年を目途として検討」と触れるにとどまった。
その後超党派の議員連盟がたち上がり、「出自を知る権利」の保障について議論がようやく進み始めている。
日本で法整備が遅々として進まないことについて、AIDで生まれた加藤英明さんは、「AIDで生まれたと名乗り出てくる子どもたちの数が極めて少なく、政策に反映される力を持っていないのが現状」と課題を指摘した。
さらに、加藤さんは「子どものケアや提供者情報の管理を、個人の不妊クリニックが行うことは困難です」として、「それらを何らかの形で担う公的機関をつくる必要があります」と提言する。
出自を知る権利の保障に反対する意見の一つに、「提供者のプライバシーを守る必要がある」という主張がある。これに対し、石塚さんは「誤解が多くある」と指摘する。
「法律が施行された後に生まれた子どもにしかその権利が認められず、私のように法律がない時にすでに生まれている場合にはドナーの情報が開示されないことは十分理解しています。ただ、出自を知る権利が認められた後の提供者は、個人情報の開示が前提で提供者となってほしいと思っています」と説明。これから生まれてくる子どもたちのために、匿名での提供を廃止するべきとの考えを強調した。
石塚さんは「小さい子どものことは全て親が決めてあげて、それがベストだという日本の風土が根強いと感じている。出自を知る権利は、大人になって生きていく長い人生の中で求めている権利なんだともう少し理解されてほしい」と訴える。
「今後もAIDという技術を続けるのであれば、生まれる子、親、提供者というAIDに関わる全ての人が幸せになる方法を考えるべきです」
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
Source: ハフィントンポスト
なぜ出自を知りたいのか。精子提供で生まれた子どもたちが望むこと