U-24日本代表は7月28日、東京オリンピックのグループステージ第3節でU-24フランス代表に4-0で快勝した。出場国唯一の3戦全勝で決勝トーナメント進出に貢献したのが、3戦連発の久保建英(20)だ。3つのゴールはいずれも先制点。勝利への突破口を開く仕事は、20歳ながら攻撃の柱になっている。
その久保のスペインでの少年時代を知るのが、スペイン1部リーグのアラベスでジュニアチームのコーチを務める今村匠実さん(32)だ。慶応大学ではインカレ3位。大学院を修了後、豪州などでプレーしたのち、2017年にスペインへ。現在はアラベスフロントとしての業務もこなしながら、リーグ4部でプレーも続けている。
今村さんは言う。
「久保君が12歳くらいだった思いますが、ちょっとした縁でバルサのカンテラ(下部組織)の練習に入って彼と一緒にフットサルをしたことがあります。まだ子どもでしたから、もちろん敬語でもなく『あのさぁ』という感じです。いい意味で図太いというか堂々としていました。ボールを止める、蹴るといった技術は高かった。僕もドリブルで抜かれましたね(笑)」
上手いとはいえ、無論課題はあった。久保が指摘されていたのが「コントロール・オリエンタード(Control Orientado)」。スペイン語で「方向づけをしたボールコントロール」の意味を持つ。久保は当時からボールが足元に吸い付くようにピタリとボールを止めていたが、コーチから「もっと動かしてボールを大きく出せ」と言われていた。
「日本では、トラップと聞くと『ボールを足元で止める』というイメージがあるのか、今でもそれを求められたりしますが、アタックしているときに立ち止まってボールを受ける場面はほぼありません。そういうところを修正しながら成長したんだろうと思います」
日本代表では、ドリブルからのアタックに注目が集まるが、今村さんは「流れの中でパスをしてチャンスメイクをしたり、ボールをつなぐこともできる選手」と言う。
小学生でバルセロナFC下部組織に所属し、途中日本に籍を置くことはあったものの、久保はスペインで育てられたと言っても過言ではない。久保とフットサルをした際に感じた、世界有数の選手たちを輩出する育成王国と日本。そこには「4つの違い」がある。
1つめは指導者の質だ。
「細かい話かもしれませんが、コーチたちが、ゴール決めた以外の選手のこともきちんとほめるんです。そのときボールに絡まなくても、逆サイドに走っていた選手、キーパーからの跳ね返りを狙ってゴール前に飛び込んだ選手。ボールのないところで自分の意志で動いていた選手を次々評価する。見ているところが違うと思いました」
守備に戻ったフォワードの選手も褒める。数分間ボールを持たなくても、スペースに飛び込んだり、スペースを作る動きをする選手も褒める。ひとりのコーチは、今村さんにこう言ってウインクをした。
「あいつはボールをさわってないけど、戦術的に素晴らしいんだ」
一見すると目立たない選手の動きを、きちんと見て評価していた。
「日本はトレセン(地域の選抜チーム)などでも、ボールを持てて目立つ選手が選ばれる傾向がありますよね。たぶん(選手の)見ているところが違うんです」
質の高い指導を受けていた当時の久保は、今村さんから見て「メッシと似たプレーだった」。現在は名門マンチェスター・シティーのヘッドコーチを務めるペップ・グアルディオラがトップを指揮官。トップチームと同じサッカーモデルで、小学生年代のカテゴリーも指導されていた。
「そのためか、子どもたちもトップ選手のプレーにそっくりでした。久保君はメッシで、ほかにも、あの子はシャビだな、あの子はピケの役、あっちの子はブスケツだろうなというのがわかりましたね」
その後、小学生年代の指導を始めた今村さんは、選手のみならず、保護者や国民全体の「サッカーIQ」の高さに気づく。これが2つめ。
カンプノウでバルサの試合を始めて観たときのこと。メッシがドリブルして相手に取られたボールを、ブスケツが取り返してキーパーに預けた瞬間、今村さんの隣に座っていた70代くらいの老女が立ち上がって拍手をした。
「あのプレーがわかるのはサッカーの玄人です。おばあさんも、おじいさんも、逆サイドを絞った選手にも拍手を送っていました。子どもの試合での保護者もそうでしたね」
サッカーとは何か。これを、スペインの人々は骨の髄から理解していた。
3つめの違いは、「質よりも量」を重視する文化だ。スペインでも言われたのは「日本人は練習しすぎだ」と言う言葉だった。なぜなら、日本は小学生は無論のこと、高校生、大学生、プロ選手も全体練習後の「自主練」を行う。
「スペインは一切やりません。けが人が増えることは様々なデータで証明もされている。同じように夏休みなどに3週間のオフをとることも、協会が科学的に証明されていることだから従うようにと通達が来ます」
小学生にも当然のようにオフがある。例えば、アラベスならばバスク州のサッカー協会が「推奨されるオフ期間終了後のトレーニング」を知らせてくれる。小学生からトップ選手まで、若干の期間の差はあるが、概ね3週間は何もやってはいけない。
(参照:スペイン育成年代のトレーニング総時間 〜練習時間と競技力の関係性〜)
休み期間が明けると、まずは3週間ボールを使わずに体を起こすようなフィジカルトレーニングをする。サッカー以外の、バスケットボールや水泳など違うスポーツをやってもいい。緩やかに体を戻していくのだ。
「監督から親御さんにメールでメニューや説明が送られます。そのあたりの体の管理は徹底してますね」
一方で、日本の現状はどうだろう。子どものスポーツに「オフ」という言葉はなかなか聞かれない。夏休みは逆に大会に合宿にと、逆に活動は増える。夕方の整骨院は、サッカーや野球、バレーボールと、スポーツ少年団の子どもたちや部活生で込み合っている。子どもがひざや足首、腰の電気治療を受けている姿を、私たちはもっと異常なことだと感じなくてはいけない。
4つめは「選手が自ら考えて行動する文化」。
筆者は、Jリーグ常勤理事でスペイン在住の佐伯夕利子さんが、所属したビジャレアルで経験した指導改革を著した『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』の企画構成を務めた。その縁で、日本バスケットボール協会理事の守屋志保さんを取材したことがある。
佐伯さんの友人で10年近くほぼ毎年のようにスペインにコーチングの勉強に行くという守屋さんはこう話していた。
「日本(のスポーツ界)には、一生懸命頑張る文化はあるけれど、選手が自ら考えて行動する文化がなさすぎる」
これに対し、佐伯さんは本書にこう綴る。
「自ら考えて動けないのはスポーツ選手に限りません。日本の教育の問題だと感じます。アスリートが育つのは、学校の教室からだと考えます。教室で行われていることが、私たちの人格が形成されていく過程ですごく大きな影響を与えています」
佐伯さんがスペインで指導者を始めて驚いたのは、子どもたちがコーチの発言に対して必ず何か返してくることだった。
「なぜ右の子に出さなかったの?」
小学生に尋ねると、「パス出そうとしたら(右サイドにいた)その子は止まっちゃったの。僕は相手の選手が来たから、遮られたと思ってこっちに出したんだよ」と自分なりに説明してくれた。自分の意見を言う文化が根差しているのだ。
佐伯さんたちコーチが、指導改革に着手した初日。コーチングデベロッパー(コーチ育成者)が最初に課したのは、スペインの歴史の勉強だった。
スペインはその昔内戦という痛ましい歴史があった。内戦という管理される社会では、タスクに従う教育が行われる。ところが、スペインは民主化され人々は自由を獲得し、欧州に統合された。21世紀の現在、よりよい社会を目指すには、自分たちで考え決断しアクションできる人材を育てなくてはならない。つまり、時代の動きと教育は関連性がある。指導を変えるのは「時代のニーズに応えるため」とのことだった。
そう考えると、私たちの国は、時代のニーズに合った教育やスポーツ育成を行えているだろうか。自信に満ち溢れた顔でピッチを駆け抜ける久保選手の姿に、日本の教育の新たな方向性が映し出されている。
Source: ハフィントンポスト
久保建英を育てたスペインと日本「4つの違い」。12歳の彼とバルサでプレーした日本人と考えた