今の子どもたちは、発達障害がある場合に気づいてもらえる可能性が高い。
筆者は発達障害の当事者で、大人になってから発見された。振り返れば、幼い頃から困ることが多かった。幼稚園に行けずにテラスで泣いていた光景が、筆者の最も古い記憶だ。25年前のことである。
2005年には、発達障害者支援法が施行された。発達障害の早期発見・早期支援を目的とし、国や地方自治体の責務を明らかにしたものだ。発達障害とは、(2021年現在の呼称で)自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)、SLD(限局性学習症)などを指す。
発達障害のある子どもたちは、医療機関や自治体の発達相談、保育園などの巡回支援によって、支援の網にかかることができる。そこで現在、課題となっているのは、支援の受け皿だ。クリニックの予約はなかなか取れず、療育の枠も限られている。発達障害傾向があるとされる子どもの数は増え続け、支援は追いついていない。
『PriPriパレット』(世界文化社)は、2021年3月に季刊の定期誌として創刊された保育雑誌だ。「多様な子どもたちがかがやく保育」をコンセプトに掲げ、保育の現場で発達障害のある子どもを含む多様な子どもたちを守る、保育者を支えている。大判の誌面で紹介される「視覚支援」や園内外の連携の方法は、保育者のみならず、様々な場面から子どもたちを支える大人たちの参考になるだろう。
編集長の源嶋さやかさんと、実際に保育現場で雑誌を活用しているT先生(学校法人峯学園ひさみ幼稚園)に話を聞いた。
「『子どもに寄り添いましょう』とよく聞くフレーズがありますが、『で、どう寄り添うの?』と一歩踏み込んだ具体的な情報は多くありません。昨日もちょうど取材で園に伺うと、『子どもが癇癪(かんしゃく)を起こしたら静かなスペースに連れて行きましょう、と言われる。で、その静かなスペースはどう作るの?』といったお話がありました」(源嶋さん)
編集長の源嶋さんは、シェアNo. 1の保育雑誌『PriPri』(世界文化社)に長年携わり、発達支援の連載を手がけてきた。
「2007年に巻末のモノクロ2ページでスタートしましたが、年を追うごとに読者のみなさんからの反響が大きくなっていきました。そしてページ数が増え、カラーページになり、カードの付録をつけるなど、雑誌の中での存在感が大きくなってきたんです。
2018年には『PriPri発達支援』を出しました。発達に課題のある子どもたちの保育に特化した単発の雑誌です。発達障害に注目が集まっていることもあって、こちらも多く反響をいただき、『単発ではなく、しっかりと定期刊行物として出していかなくてはならない』という思いから、季刊の定期誌創刊に踏み切りました。
保育は、1年のなかで移り変わっていきます。4月に新しい子どもたちが入園し、夏になるとお外に出たり友達関係が広がったりします。秋は行事が多くなるし、冬になるともう進級や就学が視野に入ってくる。季節に応じた保育と必要な配慮があるので、そこに応えていきたいと考えました」(源嶋さん)
発達障害の認知は広がってきていて、さらなる情報を求めている人々は多い。雑誌業界全体の発行部数が年々減少するなかで、「発達障害」「保育」に特化した定期誌が創刊された事実そのものが、注目の高まりを示していると言えそうだ。
T先生も、保育者としての10年以上のキャリアを通して、発達障害についての知識を得てきた方のひとりだ。
「今までは『問題児』と見られていた子たちが、実はそうではなくて、脳の特性によるもので、本人も困っていたりする。だんだん社会で認知されてきて、私たちもそれに伴って勉強してきました。
視覚支援が有効だと知ったときには、最初は小さいノートに自分でバスの絵を描いて、『バスに行くよ』と。そうすると、今まで泣いていたような子が、『あ、バス?』とすぐに切り替えができるんですね。それを実際に保育しながら体感していました」(T先生)
筆者は発達障害の当事者を取材しているが、子どもも大人も困っていることのひとつに、「誰を頼ればいいかわからないこと」がある。それは、発達障害の特性が多岐にわたっていることによるかもしれない。
例えば、やり方がわからなくて困っているとき、周りの人に声をかけてもらうことで困りごとを乗り越えられる人もいれば、周りに干渉されずにひとりで試行錯誤をしたほうが良い結果を得られる人もいる。
発達障害は「社会モデル」と言われるように、個人と社会との関係のなかに障害があるという考え方が一般的だ。だからこそ、発達障害の当事者と言っても内実は多種多様で、一律の支援方法があるわけではないのだ。
そこで、当事者を真ん中に据えて、周りの「人」が有機的に連携しあって対応するしかないのではないだろうか。それは、発達障害の当事者に限ったことではないのかもしれない。
「夏号の特集タイトル『あそびと視覚支援で叶える!友だちとなかよくしたい』は、実は当初『友だちトラブルを解決』と名付けられていました。内容の大部分は変わっていないのですが、子どもたちがけんかなどトラブルを起こすのが悪いことで、それを解決するために保育者が存在しているような印象になると、タイトルを考え直しました。
本当は子どもたちもなかよくしたいのに、やり方や順番がわからなかったり友だちの気持ちがイメージしづらかったりするために、トラブルになってしまう。その背景に寄り添って、“困りごと支援”だけにスポットを当てるのではなく、保護者の目の前にいる“子ども”をイメージしてもらいたくて、タイトルをぐっと変えたんです」(源嶋さん)
“そこにちゃんといる”子どもたちを日頃から現場で支えるT先生は、自身で発達障害について学びながらも、不安を感じていたという。
「子どもたちの育ちを支えるために、特性についていろいろ勉強しながら『明日これにどんな反応をしてくれるんだろう』『どうやってこれを喜んでくれるんだろう』とワクワクしながら視覚支援の道具を作ったりしていました。
でも発達障害の専門職ではないので、なんとなく『これでいいのかな?』と毎日思いながらやってきていました。『PriPriパレット』を読むと、他の園の事例もたくさん掲載されていて参考になりますし、『これで間違ってなかったんだな』と思わせてくれる言葉がいっぱいあり、自信を持たせてくれていると感じます」(T先生)
雑誌の中には動画が見られるQRコードが掲載されている。ひとつは、発達障害の特性のひとつである聴覚過敏を取り上げ、聴こえ方の違いのイメージを、動画で体験することができる。
子どもを中心にして作られているからこそ、この動画のように、当事者の感じ方へのまなざしが現れるのではないだろうか。
支援には唯一無二の正解がないからこそ、その都度、隣にいる「人」が最善を尽くして接するしかないのだ。そんな隣の「人」の道具となって助けることが、メディアの役割であり、『PriPriパレット』はその役割を全うしていると感じられる。
「保育者向けの雑誌として刊行したのですが、ありがたいことに保護者の方、児童発達支援センターの方、それから小学校の特別支援学級の先生など、保育者以外の方にもお読みいただいています。
みなさんのなかに“子どもを俯瞰的に理解したい”という思いがあるからこそ、保育雑誌にまで手を伸ばして、得られるものを得たいと思ってくださっているのかなと感じています」(源嶋さん)
例えば、創刊号では「CCQ」が紹介されている。保育者が子どもと接するときに意識したい心構えで「C(Calm:穏やかに)、C(Close:近づいて)、Q(Quiet:静かに)」を意味している。まさに、保育者に限らずとも参考になる心構えだ。
源嶋さんは、「雑誌を読んだときに『また明日子どもに会いたいな』『これを試してみたら子どもが笑顔になるかな』、そう思ってほしい」と語る。T先生が目指すのは、子どもに関わる大人たちが、「育ちを一緒に楽しむこと」だという。
「『PriPriパレット』のコンセプトである『多様な子どもたちがかがやく保育』とは、保育の基本でもあります。一人ひとりが違ってそれでいい。それをどうやってみんなで楽しくしていくかが大事です。
発達障害のある子どもの保護者は『うちの子は手がかかるから、今日はあれが大変だった、あんなことしました、と言われるんじゃないか』と警戒していると思います。でも、私はまず保護者の方と一緒にやっていく姿勢を、話して作り上げていく雰囲気作りが一番だなと思っています。子どもには『ここは安心できる場所だよ』『あなたの居場所だよ』と伝えながら、保護者の方にも同じようなメッセージを伝えたいです。
多様な子どもたちが大人になるこれからの社会では、家でできる仕事が増えていくなど、型にはまらずに、“らしく”生きていくことがしやすい環境になると思います。保護者のみなさんと、子どもたちの育ちを一緒に楽しむことを目指していきたいです」(T先生)
T先生のような声に、源嶋さんも応答する。
「『PriPriパレット』を創刊してからいただく声には、『もっと教えてほしい』という要望が多いのが印象的でした。発達障害の専門的な知識がなかった砂漠に、『PriPriパレット』がぽとりと雫を落として、『これをもっと見たい、知りたい』と、先生方の興味関心を耕したという感じがあるんです。私たちもそれに刺激を受けて、一緒に学びながら、応えていきたいと思っています」(源嶋さん)
子どもを保護し、育てていくことは、迷いの連続だ。詰まるところ、その都度迷っては、最善の解を探っていくしかないのかもしれない。『PriPriパレット』はそんな「人」の力になる雑誌だ。
発達障害は、子どもだけでなく、大人、さらには中高年の当事者への支援もまた、十分とは言えない現状がある。源嶋さんは、「保育に関係のない方が書店を訪れて、『発達支援?何だろう?』と目に留まる意義は大きいはず」と語っていた。
支援はまだまだ十分ではないかもしれないが、住む街の書店でこの雑誌を目にしたとき、社会は確実に前進していると、きっと思えるのではないだろうか。
Source: ハフィントンポスト
発達に課題がある子どもは「問題児」ではない。『PriPriパレット』編集長に聞く