社会学者の品田知美さんにインタビューしました。品田さんは昨年、現代の親子関係をテーマにした『「母と息子」の日本論』を出版。日本社会にまん延する女性蔑視が、子育てにも悪影響を与えていると指摘しました。「母と息子」の関係にひそむ問題とは何か。自身の息子さんの不登校経験も交えて、お話をうかがいました。
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――品田さんが昨年出版された『「母と息子」の日本論』は、このように始まります。「もしあなたが女性で息子がいたなら、まずは自分を愛してください。それさえできれば、息子のことはきっと愛せます。自分のことが嫌いなのにいくら息子を愛しているふりを続けても、どこかで間違います」。
不登校やひきこもりなどを含む日本社会のさまざまな問題の根っこには、女性たちが「自分を愛せていない」ことにあると私は思いました。日本の母親たちは、きびしい女性蔑視の環境のなかで生きてきました。
2018年には、女性の受験者の点数を不正に低く操作した医大入試問題が発覚しています。最近も、五輪・パラリンピック組織委員会の会長だった、森喜朗氏の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」という趣旨の発言がありました。
母親たちは、「女性はダメだ」というメッセージを発し続ける社会のなかで子どもを育てないといけない。しかし、母親が「自分は自分のままでいい」と思えていないと、子育てにも悪影響がおよびます。
私がとくに注目したのは、「母と息子」の関係でした。私自身は、息子と娘の2人の子育てを経験しています。そのなかで、まわりにいたお母さんたちから、「息子がかわいくてしょうがない」という声を何度も聞きました。
なぜか娘よりも、息子に向かう愛情が異常に強いのです。私は息子でも娘でも、「かわいい」という感情に変わりはないので、正直に言って、性別によって「かわいさがちがう」という感覚はよくわかりません。
しかし社会学の調査で、「親は性差を意識して子育てをする」という研究がいくつもあります。実感から言っても、子どもがケガをしたときに、とくに「息子に対する母たちの反応」が激しいと思いました。息子がケガをしたとわかったら、まるで「母親は何もかも後まわしにして、一刻も早く駆けつけねばならない」という決まりがあるかのようです。
強い「息子愛」は、子どもがいくつになっても終わらない場合もあります。還暦をすぎたあるお母さんは、「私は息子のために一生を捧げる」と言っていました。息子さんはとっくに成人しているのですが、「ずっと家にいて、いつまでも嫁が来ない」。だから息子に尽くすことを、人生の目的にするというのです。
それで母親本人は幸せなのかもしれませんが、息子さんにとってこうした状況が望ましいかどうかは別問題です。
仮に息子に尽くすことが「母親としての幸せ」だったとしても、それだけを大事にしていては、「(母親としてではない)自分自身の幸せ」を見失ってしまうのではないでしょうか。
「母親なんだから〇〇すべき」という世間の声からも、「母親としてどう生きるか」という内なる抑圧からも、女性たちは少し距離を置いてもいいのではないでしょうか。子どもへの自己犠牲に一生懸命になるよりも、どうか自分自身を大事にしてほしいと思います。
――自己犠牲の精神も、母親の愛情の表れのはずです。母親が子どもに愛情をかけることに、なにか問題があるのでしょうか。
映画やドラマであれば、「母親の無私の心」は美しく描かれるテーマだと思います。しかし母親の溺愛が、純粋に子どものためだけとはかぎりません。
なぜなら日本の女性たちには、虐げられてきた長い歴史があり、息子が立派な地位につくことで、「母である女性が権力を手にいれる」という構図があるからです。日本史をみると、豊臣秀吉が亡くなったあと、側室の淀殿は跡継ぎである豊臣秀頼の母として、政治に介入し続けました。こうした例は歴史上いくらでも見ることができます。
子どもに対する女性の自己犠牲は、男性社会を生き抜くための知恵だったかもしれないのです。「母と息子」の密接な関係が、日本社会の骨組みをかたちつくってきたとさえ思うのです。
現代では、母親が子どもの進学先を決めることがよくあります。私の子どもが中学に上がるころ、まわりの高学歴のお母さん方は、ほぼ全員が子どもに受験をさせていました。とくに息子への期待は強く、高偏差値の学校に進学させるために、夏休み中も、ずっと塾通いをさせることがめずらしくありません。
ですが、自分は専業主婦をしていながら、子どもによい進学先や就職先を勧めているのは、どこか矛盾を感じます。主婦である自分の生き方に満足していたら、自分と同じように「主婦(主夫)になりなさい」と言うのではないでしょうか。進路を決める親が、子どもに自分とちがう生き方を選ばせるのは、ある意味で自虐的だと思います。
それに、子ども本人が進学したいと思っていなければ、受験はものすごいプレッシャーを与えます。自己犠牲する母親の期待にこたえられなかったとき、子どもは精神的にダメージを負ってしまうでしょう。
お母さんは「子どものために」と思ってやっていたとしても、それがよい結果を生むとは、かぎりません。母と息子は、独立した人格を持った、別々の人間です。母親の自己実現のために、子どもを手段として用いてはなりません。
――品田さんは大学で博士の学位を取り、現在も研究職に就いています。子どもの学力を重視する「教育ママ」ではなかったのでしょうか。
私自身は、「教育ママのタイプではなかった」と断言できます。感性のやわらかい子ども時代は、すぎ去ったら二度と戻って来ません。親がやるべきことを決めるよりも、子ども自身に好きなものを見つけ出してほしかったですね。
それに、私は「親には子どもの才能を見抜いて、適切に進路を選ぶ能力」はないと思っています。娘のことでいうと、私の意思とは無関係に、プロのアスリートになりました。特別な教育は何もしておらず、好きなことをさせていたら、勝手にアスリートになっただけです。
今はAIがどんどん進化していますから、「どんな人が評価されるのか」という、枠組みそのものが変わっています。未来の社会を生きる子どもたちに、何をどう勉強させたらいいのか、専門家でもほとんど予測ができません。
それなのに専門家でもない親が、子どもの進路を適切に判断できるものでしょうか。しかもそれが、「世間から立派に見えるかどうか」を基準にしていたとしたら、子どもにはいい迷惑です。
私は息子との関わりでも、予測できない変化がありました。息子が高校2年のときに、学校へ行っていなかった時期があるんです。
――息子さんが、不登校だったのですね。
息子が高校生のときのことですが、私の知らないうちに、学校をサボっていたんです。おどろいて息子と話したら、「高校をやめたい」と言われました。さすがに私も動揺して、「卒業まであと1年だけだから、行くように説得すべきだろうか」と悩みました。
高校へ行かなくなった理由は、今でもよくわかりません。おそらく学校への不満だけではなく、自分自身の悩みとか、家族関係とか、いろいろなことが積み重なっていたのではないかと思います。私は迷いながらも、「大学へ行きたくなったら、高卒認定試験という道もある。彼には彼の人生があるから、私がぐちぐち言うのはやめよう」と思いました。
そうしたら、なぜかまた学校に通うようになったんです。そのときは、「親が腹をくくったおかげで、子どもが変わったのかな」と思いましたね。
だけど実際は、私とはぜんぜん関係のないことだったんです。息子に通学しだした理由を聞くと、「妹にののしられたからだ」と言いました。アスリートになった娘のことです。娘は体育会系で、思ったことをすぐ口に出す性格でした。それで長男に向かって「ウジウジ悩んでいるなんて、バカじゃないの」と言い放ったそうです。
私は学者でもあるので、客観的な態度を重んじています。「相手を否定しないように話を聞こう」と考えますから、娘の態度は問題ですよ(笑)。
でも、その言葉で息子はふっきれたのだそうです。「悩みがどうでもよくなっちゃった」と言っていました。私は親として真剣に考えていたのですが、子どもに影響を与えていたわけではなかったのです。親であっても、子どもの人生がいつどんなふうに変わるのか、まったく予測できないものですね。
――子育てをする女性たちに、メッセージをお願いします。
一言で言うと、「自分がやりたいと思っていることを、思い切って始めてみませんか」というところでしょうか。人生を充実させたいと思うなら、子どもに期待するのではなく、自分の手で行なうべきだと思います。新しい挑戦は、母親になってからでも、年をとってからでも、いつでも始めることができます。
私自身も40歳をすぎてから、はからずも未知の世界に身をおくことになりました。40代はじめのころ、内定が取り消されて完全失業したことがあるのです。ショックではありましたが解決金で「この機会に英語を学び直そう」と思い立ち、イギリスに10週間くらい語学留学しました。若い学生さんたちに交じって、勉強のやり直しをしたんです。
たいへんな時期でしたが、この挑戦のおかげで、英語を使う新しい仕事にもつながりました。世の中を見渡してみても、年を重ねてから活躍されている女性たちがたくさんいますよね。40代、50代と言わず、60代、70代になっても、「自分から世界を広げてみよう」と思ってほしいです。
自分が夢中になることを見つけると、子どものことで悩みすぎなくなると思います。それは「子育てを軽視する」という意味ではありません。
母親が好きなものに全力で取り組んでいることで、子どもとも本気の情報交換ができます。母から子にアドバイスができるし、反対に、子どもからも教えてもらえる。おたがいを豊かにするような、新しい家族関係が築けるかもしれないんです。母親たちが「自分のため」になることをして、自分をもっと好きになる。それが本当の意味で、「子どものため」になることだと思います。
――ありがとうございました。(聞き手・酒井伸哉)
【プロフィール】
品田知美(しなだ・ともみ)
1964年三重県生まれ。社会学者、早稲田大学総合人文科学研究センター招聘研究員。城西国際大学福祉総合学部准教授などを経て、現職。著書に『〈子育て法〉革命――親の主体性をとりもどす』(中公新書・2004年)、『平成の家族と食』(晶文社・2015年)、『「母と息子」の日本論』(亜紀書房・2020年)などがある。
(2021年5月31日の不登校新聞掲載記事『自分のことが嫌いな母親たちへ。子どものためにも自分を愛して』より転載)
Source: ハフィントンポスト
自分のことが嫌いな母親たちへ。子どものためにも自分を愛して