授業参観で音読をした後、一番仲が良かった友達の母親から尋ねられた。
「ありさちゃん、最近うちの子と話してる?」
当時小学3年生だった奥村安莉沙(ありさ)さん(29)が「うん」と答えた数日後、その友達から「お母さんに、もう一緒に遊んじゃいけないって言われた」と伝えられた。
「その病気、うつるのが心配だって」
それっきり、その子とは遊べなくなった。
「私の話し方は、周りと違うんだな」。初めて気づいた瞬間だった。
同じ音を繰り返したり、音が詰まって出てこなかったりする「吃音」。幼児期では10人〜20人に1人の割合でみられ、成人では100人に1人があるといわれる。日本では約120万人が症状を持つとされる。
生まれ持った体質的要因と環境要因が複数関わって生じるとされ、伝染するものではない。
アメリカ大統領のジョー・バイデンや、プロゴルファーのタイガー・ウッズ、元首相の田中角栄、俳優のマリリン・モンローなどの著名人も、吃音症だと知られている。
吃音の認知はこの数十年間で広がったが、吃音のある子どもが学校でいじめを受けたり、大人になっても職場で差別的な扱いをされたりするケースは後を絶たない。
奥村さんも、子どもの頃から重い吃音があり、教員や同級生などからの偏見や無理解に苦しんだ経験がある一人だ。
小学校高学年になると、奥村さんは語音を繰り返す「連発」と、語音が詰まって出ない「難発」の症状が出るようになった。朗読中に「どもる」と、クラスメートも先生も、どっと笑った。
そのうち、音読の順番が奥村さんに回るとクラス中が耳をふさぐようになった。
「当時、『吃音は伝染病で会話したらうつる、声を聞いたらうつる』と思われていました。廊下を歩くと、同級生たちは怖がってサーっとよけていく。家族以外で、誰も私に触ろうとしませんでした」
中学に上がると、いじめはエスカレートした。
自己紹介をする時、名前の一文字目の「お」が出てこない。口をぱくぱく開けて、10分くらい過ぎてしまう。
「そんな時間かかるなら飛ばせ飛ばせ」
後ろの席からゴミを投げられた。
クラスメートのいじめ以上につらかったのは、教員にわかってもらえないことだった。
音読で最初の言葉に詰まって声を出せないと、「集中してください」と教師に怒られた。
真剣に授業を受けているのに、誤解されてしまう。
「声が出なくなればいいと思って、カミソリでのどを傷つけたこともあります。100回くらい、死にたいと思いました」
地元から離れた高校に進学すると、絶望していた日常が一変した。入学試験の面接で、吃音があることを伝えた上で合格した。
症状はさらに重くなっていたが、友人も先生も、吃音をからかう人は一人もいなかった。
「天国みたいでした」
それでも、就職活動は難航した。書類選考を通っても、一次面接で200社落ち続けた。
唯一、ホームヘルパーの事業所の採用が決まった。事業所の社長も吃音のある人だった。
ある事故をきっかけに、奥村さんは治療を決断する。
23歳の頃、訪問先にバイクで移動中、大雨でスリップしてしまった。大型トラックの下に体ごと滑り込んだが、吃音で声が出ず「助けて」と言えない。
偶然通りかかった作業員の足をつかんだことで気づいてもらえ、大惨事を免れた。
「このままではこの先、事故で死ぬかもしれない」
恐怖を覚えた奥村さんは、交際相手の男性と一緒に転居したオーストラリアで、通院を始めた。発話の練習をほぼ毎日、1年ほど続けると、最重度だった症状は日常生活でほとんど支障がないほどまでに良くなった。
男性と結婚後、日本に帰国。「自分のような思いを今の子どもたちにしてほしくない」と、吃音への理解を広める活動に取り組んでいる。
吃音のある子どもたちの葛藤や成長を描いた海外映画『マイ・ビューティフル・スタッター』の翻訳を担当して日本で公開したほか、吃音当事者の体験談を集めてSNSで発信している。
奥村さんが吃音の体験談をSNSで募ったところ、1カ月ほどで約160件の声が集まった。 小中学生や高校生など若い世代からの訴えも多かった。
「たった一人で秘密を持つという孤独とどもりへの恐怖から、10歳に満たない頃には『自殺』という言葉が毎日頭に浮かんだ」
「授業で吃音が出てしまった時、『その話し方は何?ふざけないで。みっともないから止めなさい』と先生に叱られた」
「中学時代に、吃音症が原因でいじめにあい不登校になりました」
職場で差別的な扱いをされる人も。
「社会人になり5年目ですが、会社でもいじってくる上司がいて、つらいです」
「障害者採用でもまねやからかいは絶えず、苦しい日々を送っています」
奥村さんは、「吃音を理由にいじめられたり、先生や親から叱られたりする子どもたちがいまだにいます。吃音の認知や理解はまだまだ足りていません」と強調する。
「吃音は、親の愛情不足が原因だ。育て方に問題がある」
「子どもに吃音を意識させなければ治る」
「左利きを右利きに矯正することで発症する」――。
吃音をめぐり、かつてはこうした言説が広く信じられていた。吃音の研究が進み、これらはいずれも間違いであることが分かっている。
吃音の原因はまだ解明されていないが、生まれ持った体質的要因と環境要因が関わって生じるとされている。発話指導などを通して、症状が軽減されたり、言葉を出しやすくなったりすることがある。
九州大学病院の耳鼻咽喉・頭頸部外科の外来医長、菊池良和さんは、「外来に相談に来る患者の約6割は、小学生の頃に話し方を真似されたり、笑われたりといったいじめを受けた経験があります」と話す。菊池さん自身も、幼少期から吃音のある当事者だ。
「中高生の患者のうち、約3割は不登校が主な訴えです。その半分以上が、先生に吃音を理解されないことで学校に通えなくなっています。小学校と違って教科ごとに先生が変わると、生徒に吃音があることを知らない先生も出てくる。先生が期待するスピードで話せないと、『勉強が足りてない』と誤解されて注意を受けます。吃音のある人が抱える困難は、本来の能力を過小評価されてしまうことにあるんです」
一方で、菊池さんは「保護者側の意識はどんどん変わってきている」とみる。
どういうことか?
「これまで、『吃音は恥ずかしいもの』と考えたり、『子どもに意識させてはいけない』と思い込んだりして、保護者が子どもの吃音を隠すことが多かった。ですが最近は、吃音があっても子どもが生きやすいように環境を整えようと、保護者が学校の先生などに吃音のことを積極的に伝えるケースが増えています」
吃音の診断を受けると、発達障害者支援法に基づいて精神障害者保健福祉手帳を取得できる場合がある。菊池さんによると、保護者が子どものために早いうちから手帳を申請する事例が出てきているという。
「学校側に手帳を提示することで、先生が子どもの悩みを真剣に受け止め、からかう生徒を注意したり、必要な配慮を一緒に考えてくれたりするようになります。吃音をオープンにしていくことは、子どもが『話したい』という意欲を持つためにも大事なことです」
「吃音」とひと口に言っても、症状の幅は人によって様々だ。さらに、同じ人でも時期や場面によって症状に波がある。
具体的には、どのような配慮が必要なのか?
菊池さんが執筆した『吃音の合理的配慮』(学苑社)は、小中学校や高校、企業などに対し、吃音のある人への具体的な配慮の事例を説明するときに活用できる資料を掲載している。学苑社のサイトから、資料のPDFをダウンロードできる。
例えば、中高生が先生にわたすことを想定した資料では、<面接時に「失礼します」「自己紹介」など、流暢に言えない><点呼に「はい」と言えない>など、困難になり得る場面を例示。考えられる支援の例として、<寛容な聞き手の姿勢><挙手で確認>などを挙げている。
企業向けの資料では、「最初の言葉を2人で言うと流暢に言えます」「電話・館内放送が一番難しいです。困難に思っている場合は、援助いただけると嬉しいです(例:代わりに電話、メール、FAXなど)」といった配慮の例を載せている。
奥村さんは、SNSで寄せられた体験談を踏まえ、吃音のある子どもたちへの適切な対応をまとめたガイドラインの作成を目指している。
「吃音で特につらい思いをしたことがない人に共通しているのは、『周りの人たちから理解されていた』ことでした。本人がどんな対応をしてほしいのかを安心して伝えられ、受け止めてくれる人がいることで当事者はずっと生きやすくなります」
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
Source: ハフィントンポスト
名前が言えずゴミを投げられた。「吃音」の無理解に苦しむ若者たち