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長野のブドウ畑に世界の投資家が集まった。一体なぜ?キリンが自然資本の開示を世界に先駆けてできた理由

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もっと読みたい>>生物多様性、わかりやすく解説。COP15で決まった「世界目標」4つのポイントは? 2023年は何をするべき?

2023年秋、生物多様性や自然資本に関わる世界の投資家たちが、長野県のワイン用ブドウ畑に集まった。

投資家たちが訪れたのは、キリンホールディングス(HD)のグループ会社、メルシャンが運営する長野県上田市にある「椀子(まりこ)ヴィンヤード」。

「ワールド ベスト ヴィンヤード 2023」で世界第38位、アジアで最高位を獲得した日本ワインのためのブドウ畑でもあり、日本で唯一、事業として農産物を生産しながら生物多様性の保全に貢献している区域として、環境省から「自然共生サイト」に認定された、まさに経済性と生物多様性の保全を両立させた場所でもある。

「気候変動対策は『日常』になりつつあり、次のESGのテーマとして世界のビジネス界は生物多様性に注目しています」と話すのは、キリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さん。

キリンHDは、世界レベルのワイン作りと、生物多様性の保全をどのように両立させていったのか。

キリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さんキリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さん

「これは大変なことになるぞ」

遊休荒廃地をブドウ畑に生まれ変わらせる形でメルシャンが開園した「椀子ヴィンヤード」。キリンHDが生物多様性の調査に乗り出したのは、開園から11年経った2014年秋のことだった。

藤原さんは生物多様性の専門家とともに車で椀子ヴィンヤードに向かっていた。車の窓からブドウ畑が見えてきたところで、専門家から「藤原さん、これは大変なことになりますよ。調べれば絶対、希少な生物がたくさん見つかります」と言われたそうだ。

「なんだか大変なことになりそうだと思いつつ、その時はあまりピンときていなかったのですが…。実際に調査をしていただくと、昆虫や植物の希少種が次々と見つかったんです」

椀子ヴィンヤードで見つかった、環境省絶滅危惧Ⅱ類・長野県準絶滅危惧のウラギンスジヒョウモン椀子ヴィンヤードで見つかった、環境省絶滅危惧Ⅱ類・長野県準絶滅危惧のウラギンスジヒョウモン

その後、農研機構との共同研究で、「遊休荒廃地を元の地形を生かして表土をできるだけ削らず、垣根栽培・草生栽培のブドウ畑に転換して下草を定期的に刈ること」が、多様な生物を育む広大で良質な「草原」を創出していたと判明した。

とはいえ、定期的な草刈りはワイン用のブドウ作りで必要だから行うこと。自然を保護しようとしたのではなく、高品質のブドウを栽培するためにおこなってきたことが生物多様性に寄与していた、ということがポイントだと藤原さんは言う。

「蝶などの昆虫や植物、ミミズなどの土壌生物や蜘蛛などを専門とする多くの分野の研究者とともに調査をし続けていることで、椀子ヴィンヤードの草生栽培が生態系を豊かにすることを学術的に明らかにできました。また、生態系の豊かな場所で刈った下草を乏しい場所に撒く活動で、多様性をほぼ倍にできることも確認できています」

シャトー・メルシャン 椀子ワイナリーシャトー・メルシャン 椀子ワイナリー

山梨県天狗沢ヴィンヤードでは、開園する前の遊休荒廃地だった2017年から調査を行った。椀子と同じようにブドウ畑として草生栽培を継続するにつれ生態系が回復し、遊休荒廃地だった2016年時点では植物36種、チョウ14種だったのが、2022年時点で植物が108種、チョウが30種まで増えたという。

「気候変動に続いて、生物多様性のESGに関するルール作りも進んでいます。欧米では『自然』というと、人の手が加わっていない原生自然を指すことが多いのに比べ、日本やアジアでは、このブドウ畑や日本の里山のように、人の手を加えることで守られ豊かになる『二次的自然』が大半を占めています。今回の共同研究の成果を世界に発信することで二次的自然への理解が進み、生物多様性に関する国際ルールにも反映してほしいと思っています」

2023年秋に「椀子ヴィンヤード」を視察した投資家たちの反応は上々で、藤原さんは「実際に目で見て感じていただくと、やっぱり“刺さり方”が違う」と手応えを感じているという。

キリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さん(左)キリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さん(左)

なぜ世界に先駆けてキリンHDは動けたのか

キリンHDは2022年に世界で初めて、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が提唱するLEAPアプローチを用いた情報開示を試行するなど、自然資本に関して先進的な取り組みを行ってきた。

なぜ世界に先駆けて自然資本の情報開示や生物多様性への取り組みに着手できたのか。藤原さんは、キリンHDが舵を切った10年以上前、その渦中にいた。

「私は元々エンジニアで、生産や物流システム、設備の設計などを担当していました。2007年に社会環境室に異動になり、キリンのホールディングス化を機にグループ全体の環境に関するビジョンを作ることになりました」

ビジョンを作るにあたって、ステークホルダーダイアログなどを通して様々な人から言われたのが、「食品会社だからこそできるビジョンでなければ意味がない」という意見だったという。

「『これからの時代は自然資本にフォーカスした方がいいのでは』と複数の方からお話をいただきました。当時、水資源への取り組みはあっても、生物多様性にフォーカスしたところがほとんどなかったので、ビジョンの中に組み込むことにしたんです」

キリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さんキリンHD CSV戦略部シニアアドバイザーの藤原啓一郎さん

愛知県で行われた生物多様性条約に関する国際会議「COP10」で「愛知目標」が決まった2010年には、「キリングループ生物多様性保全宣言」を策定した。

「愛知目標は日本企業にとって一つの潮目で、多くの会社が森林の保全活動に向かいました。一方キリンはビジョンの中に生物多様性を取り入れ、主要な商品に関連する生物資源に目を向けたのが大きな違いだったと思います」

その後調査を進めると、「キリン 午後の紅茶」は主にスリランカの紅茶農園への依存度が高いことや、パーム油や紙は環境への影響が大きいことなどが明らかになった。

2013年には「持続可能な生物資源利用行動計画」を制定し、スリランカの紅茶農園への持続可能な農園認証の取得支援や、RSPO認証、FSC認証を取得したパーム油や紙などの原料の利用を進めていった。その後もビールの原料のホップ畑やワインのブドウ畑などへと取り組みを広げ、その蓄積があってこそ、世界に先駆けた情報開示に繋がったという。

「3〜4年前にとある専門家の方から、『これまでは中国の工場で問題があったら東南アジア、次はブラジルと逃げればよかったかもしれないけれど、もう地球の裏側まで行ってしまったのだから、これ以上逃げ場はありませんよ』と言われたのをよく覚えています。生物多様性の損失は、ビジネスの持続性の観点から見ても、相当ヤバい状況なんです」

1社で難しければ、NGOに相談するのもあり

藤原さんは、生物多様性が豊かになっていったブドウ畑でのノウハウを全てオープンにして、取り組みをもっと広げていきたいという。それは、他のヴィンヤードも含めてだ。

生物多様性へ取り組むヒントを聞くと、「1社で難しい時は、NGOと一緒に取り組んでみるといいですよ」と話した。

「昔、製紙メーカーに、飲料の紙容器をFSC認証の紙にしてほしいと言ったら、『キリンさんは大きな会社だけど、1社だけに言われても難しい』と断られてしまったんです。そこでWWFジャパンに相談したら、同じように断られて困っている企業が何社かいることが分かって、一緒に要望を出すことでFSC認証の紙を取り入れてくれることになりました」

環境NGOと企業は「対立」しているイメージがある人もいるかもしれないが、「一緒に変えていこうとしてくれるNGOもある」と藤原さんは言う。

「「あとは、私のような『自然大好き人間』ではない人が取り組むことで、冷静に事業の持続性と生物多様性に向き合える良さはあるかなと思います。私は長年業務としては生物多様性に取り組んでいますが、工学部出身のせいなのか『自然大好き』にはならず、いつまでたっても理詰めで向き合ってしまうんですよね。それが逆に良い方に作用していると思います」

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長野のブドウ畑に世界の投資家が集まった。一体なぜ?キリンが自然資本の開示を世界に先駆けてできた理由

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