これまでの10年、どうだった?
泉谷:ハフポスト日本版は今年の5月に10周年を迎えました。能條さんは10年前、2013年の5月というと、高校生になったばかりのタイミングですか?
能條:そうですね。高校生の頃は、まさか自分が今のように人前に立つなんて考えてもみませんでした。ただ、地元の公立中学から都内の私立高校に行って、社会の格差をひしひしと感じたことを覚えています。
中学の時はクラスに生活保護を受けている子も、ひとり親の人も当たり前にいたけれど、高校ではクラスにほぼひとり親世帯がいない、そんな全然違う空間に入った感覚でした。
たまたま私の親がやりたいことをやらせてくれて、塾代を払える経済力があったからその高校に行けたけれど、同じ学力レベルでもそうできない人もいると当時から感じていました。
泉谷:私も学生時代の体験が、今の仕事に繋がっているところがあります。
私は東京育ちで中学から私立の女子校に通っていましたが、世帯にお金があっても幸せではなさそうだなという家族の多くには、ジェンダー不平等の問題があるのだなと感じました。たとえば、母親個人に経済的な体力がなくて、辛い状況でも離婚することができない原因になっていたり。
そんな体験が、私が入社してからハフポストでジェンダー格差の問題を取り上げてきたベースにあります。
泉谷:ハフポストは10年前、「働き方を変える」「社会を変えるアクション」「子育てしやすい国」の3つを最初の企画として掲げてスタートしました。
この10年間では、例えば女性活躍推進法や働き方改革関連法などが成立し、その点では社会が少しずつ良い方に変わって行ったと感じています。その元となったのは、特にインターネット上に溢れだした当事者の方々の様々な声であり、その声が色々な重い扉を開いていった。その過程で、私たちのメディアが貢献できた部分もあるのではないかと私は考えています。
能條:もっとフェアで、人権が守られる社会であってほしいと思っている人たちにとって、ハフポストは「北極星」のような存在としてよく知られていると思います。
この10年で変わったことも変わらないこともありますが、例えば男性育休や同性婚など、社会全体の意識が飛躍的に変わっていった、その一翼を担ったメディアではないでしょうか。
泉谷:実はハフポストは「団塊ジュニア向けのメディア」として始まりました。人口が最も多い世代がパワフルに社会を動かすという発想で、そういう側面も確かにあります。そして同じぐらいの世代である私たち自身が当事者であることによって、実感に基づいた報道をすることも、大切にしてきました。
しかし、10年近く経ち、自分たちが今実感している、差し迫った課題だけではなく、気候変動や生物多様性などを含めたもっと長い時間軸、地球規模のスケールで、想像力を駆使しながら未来を考えることの重要性が増してきているように思います。
そこで、将来世代の声を組織の中にも入れていかなければ、という思いから、能條さんにはハフポスト日本版の「U30社外編集員」を2021年の9月からお願いすることになりました。
能條:特に衆議院選と参議院選で行った「選挙プロジェクト」はとても面白かったです。
メディアの選挙の企画で、「なぜ若者は選挙に行かないのか」のように、若者に目線がいくことがあっても、若者政策を政党に投げかけるような、「若者のための企画」はこれまであまりなかったので、ハフポストと一緒にできてありがたかったです。
一方で、メディアにZ世代の価値観を入れる難しさも感じました。竹田ダニエルさんが著書で「Z世代は、世代ではなく価値観」と書いていました。まさにハフポストの持っている価値観が、年齢ではない意味で、そもそもZ世代的だからです。
ただ、「Z世代」の価値観は、メディアが若者に「期待したい姿」である側面もあります。「誰かがこう言っているから大事なんだ」と言いたい時にZ世代は便利なんだと思います。
メディアで描かれるZ世代は「実はそうじゃない」というところもありますが、私一人がメディアに入るだけでは伝えきれない部分があって、そこは次の課題だと思います。
これからの10年、どうする?
泉谷:逆に、能條さんがこの10年で「変わらないな」と思うことはなんですか?
能條:高校生の頃、痴漢にあったことが笑い話とか日常会話になっていて、痴漢を社会問題やジェンダーの問題として捉えられていませんでした。
大学に入って枠組みや理論を知ると、「意思決定の場に女性がいないことが問題で、もし本当に男女半々にいたら、痴漢も問題としてちゃんと扱われるんだ」と思えるようになりました。でも女性の問題が「問題」として扱われない状況は、今も変わっていないなと思います。
国の政策でいうと、10年前は、民主党政権から自民党の安倍政権に戻り、アベノミクスが始まった年でもありますよね。
当時は「自分たちの生活も変わるんじゃないか」と期待していたように思います。でも結局、株価は上がるけれど、自分たちの生活は賃金の面などで変わらなかった。
「女性活躍」も一部で効果はあったものの、女性の非正規雇用の状況はむしろ悪化しているのではないでしょうか。「人権」をベースにした、包摂性のある政策ではなかったと思います。
この10年で進んだ部分もあると思いますが、正直10年前にもうちょっと、抜本的な人権ベースの政策や環境対策、少子化対策があれば、違う今があったのではないかと思ってしまいますね。
泉谷:変わるのが遅いこの国で、経済の論理や外圧がないと動くのが難しいのだろうなと思います。一方で女性の非正規雇用の問題などが取り残されていることからも、人権に関わる社会的な政策を、経済的なアプローチだけで取り組むのに限界がきているように感じます。
ハフポストが10周年を機に始めることにした「未来を作る、自分になりたい」はそんな発想から生まれました。
能條さんはどう考えていますか?
能條:弱者、マイノリティ救済から、インクルーシブな「私たち」になっていくフェーズがくるんじゃないかと思っています。
「多様性なくまとまろう」は気持ち悪いししたくないけど、この社会に生きている人みんなが痛みを抱えていて、深くなっていっていると感じていて。横で繋がって「みんなで」社会を変えていくのが大事だと考えています。
泉谷:これからの10年で包摂的な政治をどう進めていくか考えると、やはり女性の政治家を増やしていくのが大事ですね。
能條:本当にそう思います。だからこそ私は今、20〜30代のXジェンダーや女性の政治家を増やすためのプロジェクト「FIFTYS PROJECT」を行っています。
本プロジェクトの最初のターゲットは2023年4月の統一地方選でした。20〜30代は男女平等を学んだ世代のはずなのに、統一地方選実施前の時点で、地方議員の女性比率は14%、20〜30代の女性比率を見ても18%。今のままでは、私たちの時代に、ジェンダー平等は実現しないという危機感から始めたプロジェクトです。
結果的に、今回の統一地方選でFIFTYS PROJECTが支援した29人の立候補者のうち、24人が当選を果たしました。
能條:そもそも20〜30代の候補者があまりに少ないため、期待の目を向けてくれる人が多く、首都圏で都市型の選挙ができるところであればもっと20〜30代の女性議員を増やしていけるんじゃないかと希望を持てました。
一方、落選した人を見てみると、都道府県や政令指定都市など、大きい組織票がないと勝つのが難しいところや、女性が議会に1人しかいない地域で挑んだ候補者たちでした。
立候補するためには一度職を失わなくてはいけないことが多かったり、4年ごとに選挙があるため職が不安定になる可能性があるなど、候補者になる壁はまだまだ多い。移住者で女性で子どもがいるとさらに厳しい現実も分かり、そういった地域の若手の女性議員を増やすことも今後の課題です。
泉谷:最近、漠然と「社会を良くしたい」と思っている人が増えてきていると感じています。仕事を通じて実現することも一つですが、実際にあるハードルを思うと難しいですよね。
社会に対して声をあげていく手段の一つとして、立候補までは難しくても、「推し」政治家の応援というのは誰にでもできる最初の一歩だなと思います。
能條:そうですね!まず推しの政治家を見つけて投票することが応援につながりますし、ボランティアに参加して、街頭のビラ配りや応援演説をやってみるなど、一歩深く活動してみるのもいいと思います。
そうすると社会課題に気づいたり、社会について話せる仲間も増えたりすると思います。
FIFTYS PROJECTでは、立候補する女性を増やすことに加えて、ボランティアや応援を通して様々な形で政治に関わる人を増やしたいと思っています。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
10年で何が変わった?これからの10年どうする?ハフポスト日本版編集長と能條桃子さんが語り合った