武装勢力によるレイプが多発するコンゴ民主共和国・東部ブカブは「女性にとって世界最悪の場所」と言われる。
そんな場所で、自らも命を狙われる危険を背負いながら、女性たちを救い続ける人がいる。2018年にノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師だ。
ムクウェゲ氏の病院には、年間2500から3000人もの女性たちが運び込まれてくるという。レイプ被害を受けた女性たちを20年以上にも渡って治療し続けてきたムクウェゲ氏は、性暴力が起きる要因の根本的な解決に向け、国際社会に訴え続けている。
公開中の映画『ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』は、そんなムクウェゲ氏の活動を描くドキュメンタリー映画だ。
本作は、傷ついた女性たちの身体的治療にとどまらないムクウェゲ氏の幅広い活動を追いかけるとともに、コンゴの悲劇がグローバル経済の構造から生じている事実を明らかにする。
本作を監督したのは、TBSに所属する立山芽以子(たてやま・めいこ)さん。これまでにもアフリカの国々を題材にドキュメンタリーを製作してきた監督の目に、ムクウェゲ氏の姿やコンゴの現状はどのように映ったのか、話を聞いた。
武器としての性暴力
コンゴで起きているレイプは、個人の欲求によるものではない。
コンゴの性暴力問題を考える上で、最初の難問はこのポイントではないかと思う。個人の欲求でなければ、原因は何なのだろうか。ムクウェゲ氏は、自著『すべては救済のためにデニ・ムクウェゲ自伝』で「それは快楽を得ようとする性的な行為ではなく、獣じみた残虐な行為です。レイプをする人々は、そうすることで権力や鉱物資源を手にできると考えている」と語り、本作でも同様の主張を繰り返している。
レイプが権力や資源の獲得に結び付くというのは、なかなか想像が難しい。それは、現地を取材した立山監督にとっても同様だったようで、その難しさについて正直に語ってくれた。
「日本人がレイプと聞けば、性的欲望に結びつける人が多いと思いますが、コンゴではそれが組織的に行われています。すぐには理解できなかったし、正直今でもわからない部分が多いです。証拠が残らないなど色々理由はあるようですが、あえてレイプという手段を取ることの理由については説明のつかない部分があるようで、この点が作品を通して伝える上で一番難しかったです」(立山監督)
ムクウェゲ氏は自伝の中で、女性たちが性暴力によって受けた傷を見ればどの武装勢力によるものかがわかると書いている。それぞれのグループには「流儀」があり、傷が「署名」代わりになっているという。
「武装勢力が自分たちの力を誇示するためにやっているのは間違いないようです。自分たちは強いんだと見せつけて、村ごと支配し服従させるということらしく、そのため、わざと人前で行うことで辱めて、精神的に支配しようとしているのです」
武装勢力に入るか殺されるか
本作は、ムクウェゲ氏が勤務するパンジ病院を訪れる女性たちの声を数多く紹介する一方、性暴力が起きる構造により深く迫るため、かつて武装勢力に属してレイプを行った男性の声にも耳を傾ける。
2人の元兵士が登場するが、彼らの証言には複雑な事情が浮かび上がる。彼らもまた村を襲われ、行き場を失い、脅される形で武装勢力に入っている。そして、レイプするか自分が殺されるかの状況だったと語り、その際、麻薬を服薬させられたという。
「彼らも、武装勢力に入るか死ぬかの選択を突き付けられ、選択権がなかったのです。聞けば、本当は学校に行って勉強したかったとか、母親や家族にもう一度会いたいと言っていて、彼らも決して幸せではなく、別の側面では犠牲者でした。なので、その点は強調したいと思っていました」
本作は一方で、コンゴの司法が機能していないという点にも注目する。
元兵士の1人、ムカンバさんは一度刑務所に収監されたものの、刑務所の所長にお金を払い数カ月で出てきたそうだ。ムクウェゲ氏は、コンゴで犯罪が正しく裁かれていない問題も性暴力が減らない理由の1つと考えている。
「今のコンゴでは法が法として機能しておらず、そのせいで罪の意識が薄くなっている。レイプ犯罪に限らず、全体的にそういう傾向があるようです」
コンゴの紛争は90年代から今に至るまで続いている。すでに30年近くの月日が経過しているわけで、その間に幼年時代を過ごした人が成人している状況だ。この長期化する紛争が、人の倫理観を崩壊させているのではと立山監督は言う。
「親世代が罪に問われないのを見て、性暴力が悪いことだと認識していない世代がでてきているようです。先生は、紛争のせいでずっと法が機能していない状態が続いていて、それが当たり前の環境で生きてきた人たちが、今30代くらいになっている、そのせいで倫理観が崩壊しているのだとおっしゃっています」
紛争が長引けば長引くほど、国の復興は難しくなる。それはインフラの崩壊以上に人心の崩壊が大きい。
「よく、紛争後の国づくりと言いますが、道路や学校など物質的なインフラ以上に、人の心を立て直すのが本当に大変なことなんだと思います」
だからこそ、ムクウェゲ氏は傷つけられた女性の身体を治療するだけではなく、幅広い支援を実行している。パンジ病院では、弁護士が常駐し法的助言を行い、女性に職業訓練を提供する施設まで用意している。もはや単なる病院ではなく、包括的な支援センターなのだ。
「パンジ病院では4つの柱を掲げています。身体の治療、心の治療、社会的復帰、そして法律支援です。傷が治れば元の生活に戻れるわけではなく、例えば、配偶者に離縁されることもあるし、村で差別されることもあります。そうなった時、洋裁の技術があれば生きていけるかもしれません。さらに法的に扶養義務のあるパートナーを連れ戻すなど、多角的にサポートしています」
ムクウェゲ氏は、女性たちが自立して生きていけるように、身体と心、さらに経済状況の面でも彼女たちを治療しているのだ。
コンゴの悲劇の責任は国際社会にある
そもそも、コンゴの紛争を長引かせている要因は何なのだろうか。ここには、日本人である私たちにも関わりのあるグローバル経済の構造問題が横たわる。
コンゴは、レアメタルの一大生産地であり、そこで採れる鉱物は主にスマートフォンや電気自動車などの部品として用いられている。この利権をめぐって、武装勢力は争っているのだ。
「環境に優しいと言われる電気自動車に搭載するリチウムイオンには、コバルトというレアメタルが必須です。世界のコバルト生産の7割をコンゴが占めていて、電気自動車を作るためには、コンゴのコバルトが不可欠なんです」
コンゴの鉱物資源がきちんと国有化され、厳格な管理がなされた場合、私たちの生活に何が起きるだろうか。
「単純に言ってしまえば、コンゴの政府が正常に機能して、武装勢力が一掃されレアメタルの生産環境が整えば、資源の価格は高騰するかもしれません。もしかしたら、私たちはスマホも電気自動車も今の価格では買えなくなるかもしれません。ムクウェゲ先生がコンゴの悲劇の責任は国際社会にあると言うのはそういうことで、日本も含めて先進各国が、経済のために現状を黙認している状況があるんじゃないでしょうか」
コンゴの女性たちは、私たちの生活の犠牲になっている。このことをどう考えればいいのか、答えは容易には出せない。複雑なグローバル経済の構造問題を前に、個人でできることはあるのだろうか。
「こうすればいい、とシンプルに言えないのが苦しいところです。私もこういう作品を作っておいて、もちろんスマホも持っていますし、スマホのない生活ができるかと言われたら、無理だと思います。
それに、ただ先進国がコンゴの鉱物を買わなくなれば、今度はそこで働いている人が失業してしまいます。コロナ禍で経済が悪化して武装勢力に加わる人がさらに増え、性暴力の件数も増加していると先生はおっしゃっていましたが、簡単に何かができるわけじゃないのは本当にもどかしい思いです」
それでも、結局は自分にできる小さなことから始めていくしかないんだと立山監督は考えている。
「きれいごとみたいになってしまうんですが、やっぱり自分たちの生活が誰の手で支えられているのか、そこに不公平はないのか、是正するためにはどうすればいいかを考え続けるしかないんだと思います。
知らないでいるより、知った方がいい。難しさを知った上で、フェアトレードのものをなるべく買うよう心がけるとか、大企業に働きかけるとか、知人と情報を共有するとか、小さな動きだったとしても、自分達にできるところからやっていくしかないのだと思います」
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「女性にとって世界最悪の場所」はなぜ生まれたのか? ドキュメンタリー「ムクウェゲ」立山芽以子監督に聞く