夫「転勤することになった」妻「どうして断れなかったのよォォォ！！！」

夫「なんでしょう？」

課長「君に転勤してもらうことになりそうだ。いや、ほぼ決定といっていいだろう」

夫「……！　そ、そうですか」

課長「来週にでも正式に辞令が出るはずだ」

夫「……はい」

課長「今のうちに、家族との思い出を作っておいた方がいい」

夫「分かりました……」

妻「お帰りなさい」

妻「どうしたの？　あまり元気がないけど……」

夫「実は……転勤が決まってね」

妻「あら、そうなの。大変だけど……サラリーマンってそういうものだものね」

妻「で、場所は？」

夫「場所は――」

夫「……」

妻「どうして……どうして断れなかったのよォォォ！！！」

夫「んなこといったって、しょうがないだろ！」

妻「しょうがない？　そんなんだから、転勤するはめになるのよ！　もっと強気でいないと！」

夫「なんだと！？　会社員なんてのはワガママいえないんだよ！」

妻「だからって、なにもあなたが！」

夫「うるさいな、もう決まったことなんだよ！　俺だって転勤したくねえよ！」

妻「じゃあ会社にそういえばいいのに！　どうして……！」

妻「はぁ……はぁ……はぁ……」

夫「もう、どうしようもないんだ……。今会社を辞めるわけにもいかないし」

妻「うっ、うっ、ううっ……」

夫「すまない……」

妻「ううん、こっちこそ……ごめんね……」

夫「明日の朝、俺からいうよ」

妻「そう……」

夫「ま、あの子はまだ小さいし、なんのこっちゃって感じだろうけどな」

妻「ねえ、あなた」

夫「ん？」

妻「今夜は……いいでしょ？」

夫「ああ……いいとも」

…………

……

夫「実はな……パパ、転勤することになってな」

娘「転勤って……働く場所が変わることだよね」

夫「そうだよ」

娘「あたし、転校するの？」

夫「いや、転校はしないよ。パパ一人だけ転勤なんだ。単身赴任だ」

娘「ふうん……」

夫「！」

娘「パパ一人じゃ寂しいでしょ」

夫「いや！　絶対ダメだ！　転校なんてさせないぞ！」

妻「そうよ！　変なこといわないで！」

娘「！」ﾋﾞｸｯ

娘「う、うん……ごめんなさい」

夫「じゃあ、そろそろ会社に行ってくるよ。元気に学校行ってきなさい」

同僚「おはよう」

同僚「……」

夫「どうした？」

同僚「聞いたよ。転勤……すんだって？」

夫「ああ」

同僚「これ、少ないけど……餞別」

夫「！　こんなに……ありがとな」

同僚「いや……頑張れよ。くれぐれも自分を大事にな」

夫「ん？」

OL「転勤されるんですって？」

夫「うん、そうなんだ」

OL「これ、よかったら……お守りです。安全祈願の……」

夫「ありがとう。励みになるよ」

OL「絶対大丈夫ですよ！」

夫「うん……何年ぐらいか分からないけど、きっと無事に過ごしてみせる」

妻「お帰りなさい」

娘「おかえりなさーい！」

妻「今ビール出すわね」

夫「ありがとう」

夫「……」

夫「なぁ、今度の休み……みんなで遊園地に行こうか」

妻「えっ！」

娘「ホント！」

夫「ああ！」

娘「ワーイ！　ワーイ！」ﾋﾟｮﾝﾋﾟｮﾝ

妻「いいの、あなた？　疲れてるでしょうに……」

夫「いいんだ。まだ辞令も出てない今のうちに、たっぷり思い出を作っておきたいからな……」

妻「あなた……」

夫「お、やってるやってる」

妻「遊園地なんて久しぶりね」

夫「ここんとこ忙しかったからな。すまない」

妻「いいのよ」

夫「さてと、なにに乗る？」

娘「えーとね……あたし、お馬さんに乗りたい！」

夫「メリーゴーラウンドか。いいだろ、乗ろう！」

夫「次はどうする？」

娘「じゃあね……ジェットコースター！」

夫「よし、分かった！」

妻「私は苦手だから、下で待ってるわね」

夫「ああ」

娘「あがってくー！」

夫「……」

ﾋﾟﾀｯ…

娘「たかーい！」

夫「……」

ゴォォォォォォォッ！！！

娘「きゃああああああっ！」

夫「うおおっ……！」

ゴォォォォォォォ……

妻「よかったわね」

夫「……」

妻「どうしたの、あなた？」

夫「いや……せっかく上り調子だったのに、一気に転落する……って」

夫「まるで俺の人生みたいだなと思ってさ」

妻「そ、そんなことないわよ」

夫「……」ｽﾞｰﾝ

娘「うん、ジェットコースターって上がったり下がったり回ったりするけど」

娘「結局無事ゴールできたじゃない！」

夫「……そうだな」

夫「二人とも、ありがとう！」

妻「ううん、いいのよ」

妻（平気そうな素振りしてたけど、やっぱり内心だいぶ落ち込んでるのね……）

夫「お化け……」

妻「！」

娘「どうしたの？」

妻「あ、あなた……」

夫「そうだな、行こう！　お化けをやっつけて、俺がお化けにならないようにしよう！」

妻「そうよ、あなた！」

娘「パパ、はやくー！」

ｱﾊﾊﾊﾊﾊ…

夫「分かりました」

……

ﾋｭｰﾄﾞﾛﾄﾞﾛ…

娘「パパ、こわ～い」

夫「心配するな、パパがついてる」

お化け「ガアアアアアッ！」

夫「うわっ！」

娘「きゃあああっ！」

夫（結構本格的だな……大人でも怖い）

夫「大丈夫だ！　必ず生き残るぞ！」

夫「とりゃあああああっ！」ｶﾁｶﾁｶﾁｯ

ﾊﾞｷｭｰﾝﾊﾞｷｭｰﾝﾊﾞｷｭｰﾝ

お化け「うぎゃあああああああ……！」

夫「や、やった……！」

娘「パパ、すごーい！」

夫「ああ、パパは強いんだ！」

夫（そうだ……この子のためにも俺は死ぬわけにはいかないんだ）

娘「たのしかったー！」

妻「私もよ、あなた」

夫「そうかそうか。おかげで俺もいい思い出が出来た」

夫「この思い出を胸に……転勤先でも絶対生き残ってみせるぞ！」

妻「お願いね、あなた」

課長「おはよう」

夫「おはようございます」

課長「先週より吹っ切れた顔をしているな」

夫「ええ、たっぷり家族サービスしましたから」

課長「それはなによりだ……。正式に辞令が出た。受け取ってくれ」

夫「はい」

　～～～～殿

　○月×日付で、米花町支社への勤務を命ずる。

　以上』

完