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「放射能にやられている」ーー。
長野県で12月1日に開かれたサッカーJ3・「松本山雅FC」対「福島ユナイテッドFC」の試合後、観客を駅に運ぶシャトルバス車内で、一部乗客が福島に関する不適切な発言をしていたという投稿がX上で拡散した。
スタジアムの外での出来事だったが、松本山雅は同5日、「被災地の方々に対するいわれのない偏見や非難は絶対にあってはならない」と声明を発表。すぐさま毅然とした対応を見せた。
ハフポスト日本版は同5日、投稿主の女性を取材。女性は「ごく一部の心無い人の発言を福島県民として残念に思った。ただ、松本山雅さんが親身になって話を聞いてくれ、心が少し軽くなった」と話している。
投稿主の女性は福島ユナイテッドのサポーター。J2昇格プレーオフ準決勝という大事な一戦を現地で応援しようと、長女と次女の3人で松本市のサンプロアルウィンに新幹線で向かった。
試合は1対1の引き分けに終わり、J3の順位が松本山雅より下だった福島ユナイテッドは昇格を逃した。残念に思うも、「松本山雅にはプレーオフ決勝を頑張ってほしい」という気持ちでスタジアムを後にした。
試合後に長時間並んで乗ったのは、スタジアムと駅を結ぶシャトルバス。観光バスのように大きかったが、通路を挟んで2席ずつの席では足りず、真ん中の補助席を使うほど混雑していた。
女性はバス中央付近の通路側、次女が窓側、長女は女性の前の席に座った。発車して5分ほどがたった頃、女性の真後ろの席から男性の声がはっきりと聞こえてきた。
「プレーオフの大事な試合なのに福島はあれだけしか(サポーターが)来ないのかよ」「しょうがないか。放射能にやられているから」
男性の隣に座っていた乗客も笑いながら“ツッコミ”をいれるように、「そんなこと言ったらだめだって」と言った。
突然のことに驚いて体が固まったが、そんな会話を次女が聞き、「私たち来たらだめだったの?」と静かに泣き始めた。
小学校低学年の次女は最近、震災と原発事故の教訓を学ぶ震災学習に参加したばかりで、放射線や放射能という言葉に敏感になっていた。女性は真後ろの乗客に怒りを抱きながらも、試合観戦で疲れていた次女をなだめて寝かしつけた。
その後も男性は話し続けた。車内は出発直後より静かになっており、男性の声も自然と耳に入ってきた。
すると、駅まであと10分で着くというところで、男性が「汚染水」と発言した。前後の文脈から、東京電力福島第一原発から海洋放出されている処理水の話をしていることがわかった。
ちょうど次女が起きそうだったため、女性はいてもたってもいられなくなり、座ったまま後ろを振り返って「福島サポ(サポーター)も乗っているんだからいい加減にしてください」と注意した。
男性は松本山雅のユニホームを着ており、「ああ…」と驚いた様子だった。男性の隣の乗客は「周りを見て話さないとだめだって」と男性に言った。
駅に到着後、女性がバスのトランクからスーツケースを出していると、その男性は女性の長女を呼び止め、「福島からわざわざ来たのにごめん」と謝罪していたという。
女性はハフポストの取材に、「あくまでもごく一部の人の発言で、悪気があって言ったわけではないのかもしれない」とした一方、「福島県民として傷ついたのは事実」と語った。
また、「福島に関する誹謗中傷についてはこれまであまり気にしたことはなかったが、今回は次女が泣いたこともあって怒りや悲しさが込み上げた。そんな自分にも驚いたし、本当は傷ついていたのかなとも感じた」とも話した。
女性によると、松本山雅からも連絡があり、「恐縮するほどの謝罪や心配のお言葉を頂いた」という。「お騒がせしてしまったのに、差別に繋がる発言に対して毅然とした対応を見せただけでなく、私や娘にもできる限りの対応をしてもらって感謝している」と述べた。
次女は今回の件を受け、アウェーの試合に行くことは怖いと言っているという。しかし、ホームにはたくさんのサポーターの友人がいることから、引き続きサッカーを楽しみたいと話している。
一連の出来事は、スタジアムの外で起きたことだった。
どこまでクラブが責任を負うべきなのかという議論はあるが、松本山雅はJ2昇格プレーオフ決勝の2日前というタイミングでも声明を出すことにした。
松本山雅の担当者は取材に、「事実関係の確認が取れていない段階で声明を発表するのはどうなのか、という議論はもちろんあった。しかし、そもそも差別はあってはならない。これをクラブとして発信することが大事だと判断した」と語った。
今回、SNS上では「(女性の投稿が)真偽不明だ」といった声も見られたが、松本山雅には女性と同じバスに乗車していたという人から目撃情報が寄せられている。その証言が女性の話とほぼ一致したほか、X上でも同様の目撃証言を確認することができる。
女性が乗車していたシャトルバスも割り出すことができたため、バスの運転手に当時の状況を聞くなどして状況を確認するという。
担当者は、「だめなことはだめと我々の立場で発表することに意義があった。『ネットの話だから』と聞き逃すことはしてはならないと思った」と言葉に力を込めた。
なお、福島ユナイテッドも同様に声明を発表しており、担当者は取材に「Xの投稿は確認している」と答えた。
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東京電力福島第一原発では、2023年8月24日から「処理水」の海洋放出が開始された。
科学的な安全性は国際原子力機関(IAEA)も認めているが、一部メディアでは不安を煽るような報道が見受けられ、SNS上では「汚染水」などと発信する記者や政治家もいた。
三菱総合研究所が放射線の健康影響に対する意識や関心などを調査した「震災・復興についての東京都民と福島県民の意識の比較」によると、一定数の福島の人々が「原発、事故、放射線、処理水」などの場面で「特別な目で見られる場合がある」と回答している。
その場合、「差別や偏見の下地となる恐れ」があるとしており、福島に関する誤った情報がフェイクニュースとして世の中に流布された際に、「差別や偏見という問題が表面化する懸念がある」と指摘している。
そして、「フェイクニュース対応への周知が進むことは、将来的に何らか不利益を被るのではないかという福島の方々の不安の低減にもつながる」と結論づけている。
福島では原発事故後、「奇形児が生まれる」「がん患者が多発している」などと、科学的根拠に基づかずに危険を誇張する言説が広まった。人々は不安を掻き立てられ、福島に対する差別にもつながった。
「イメージ」で危険を煽る言説を広げることで起きる被害もある。根拠に基づいた発言や発信が重要だ。
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福島のサポーターに向けられた「放射能にやられている」。サッカーの試合後、クラブは「絶対にあってはならない」と声明