「子どもたちの被害は芸術に捧げられた」著名作家と性的関係に。14歳の少女が問う「同意」

『コンセント/同意』

14歳の少女の「同意」は、どのように「作られて」いったのか━。

フランスで権威ある文芸賞や芸術文化勲章を与えられた著名作家による性的グルーミング(※)の実態を、30年余りを経て被害者自らが筆を執り、告白した同国のベストセラー「同意(Le Consentement)」(ヴァネッサ・スプリンゴラ著)が世に出て4年。

同作品を原作にした映画『コンセント/同意』が8月2日、日本で公開された。

孤独感を抱え、読書への強い関心を持つという、思春期の子どもとしては決して珍しくない少女ヴァネッサ。36歳年上で小児性愛者の作家ガブリエルと関係を持ち始め、日常が破壊されていく。

ガブリエルの作品に利用され、成人後も長く苦しめられるが、自分自身の物語を紡ぐことで人生を取り戻そうとするまでが描かれる。

豊かな文学の知識と経験、社会的地位を有する強者によって、未成年者はどのように懐柔され、「恋愛関係」にあるという幻想を植えつけられるのか。

映画は、グルーミングによって性的行為の「同意」がいかにして作られるのかという小児性加害のプロセスを、被害者側の視点で描き出す。

加えて、そうした加害行為を黙認するだけでなく、被害を利用した小説を文学作品として消費し称賛さえしたフランス社会のいびつさも露わになる。

「私にとって、(原作の著者である)ヴァネッサの闘いを続けないことは『共犯者』になることと同じでした。この映画は、彼女の闘いの延長線上にある」

ヴァネッサ・フィロ監督は、映画化を決めた理由をそう明かす。

フランスの文学界やメディアにおける小児性被害の扱われ方を、どう見ているのか。性的グルーミングや性被害に遭った子どもたち、そして観客に伝えたいこととは。

横浜フランス映画祭2024のために3月に来日したフィロ監督に話を聞いた。

※性的行為を目的に子どもを手なずけることを「性的グルーミング」と呼ぶ。ターゲットを絞り込んで接近手段を確保し、被害者を孤立させ、被害者からの信頼を得てその関係性をコントロール・隠蔽する行為と言われる

(この記事には、原作と映画の具体的な内容が含まれます)

捕食者のメカニズムを知る

『コンセント/同意』

家族との不和に悩み、「大人から見守られる」ことを渇望していた少女ヴァネッサ。ある晩、母に連れられて参加した夕食会で、36歳年上の著名作家ガブリエル・マツネフと出会う。ガブリエルはヴァネッサに言葉巧みな「ラブレター」を何通も書いて接近し、やがて関係を持つようになる。

「未成年の保護」の問題に、かねてから関心を抱いているというフィロ監督。初の長編映画『マイ・エンジェル』(2018年)では、主人公の8歳の少女が母親からネグレクトされ、危険な状況に陥っていくストーリーを描いた。

映画『コンセント/同意』が突きつけるのは、ヴァネッサの「極限の寄る辺なさ」だ。

ガブリエルとの関係を知ったヴァネッサの母親は、当初猛反対したものの、その後2人の「交際」を容認した。ガブリエルを聴取した警察も結局、彼の行為を見過ごした。

ヴァネッサとガブリエルの関係は周知のこととなり、学校では好奇の目にさらされた。欠席を繰り返したことで教師からも反感を買い、彼女は居場所を失っていく。

本来は性虐待の被害者として守られるべきだったにも関わらず、彼女のSOSが受け止められることはなく、孤立を深めていった。

14歳の少女は「同意」の上で50歳の男と関係を結んだとみなされ、本人も「彼と恋愛関係にあった」「愛し愛されていた」と思い込んだ。だからこそ作品の題材として利用されたことに気づいた時、ヴァネッサは激しく自分を責めた。

「ヴァネッサは、大人の誰からも守られませんでした。映画を通して、捕食者の支配がどのようなメカニズムによって行われているのかを知ってほしいと思いました。それを知ることは、小児性犯罪を未然に防ぐことや、被害者の保護にもつながります。

そしてすでに被害に遭ってしまった人が、もう一度自分自身を信頼できるように、被害者の発言を後押しする映画にしたいと考えました」(フィロ監督)

社会も「共犯者」だった

『コンセント/同意』

被害者はヴァネッサ一人ではなかった。ガブリエルによる性加害の最大の特徴は、フランス文学界での権威と名声を振りかざし、子どもたちへの懐柔行為を繰り返していたことだ。

ガブリエルは、グルーミングで信頼を得た未成年者たちとの性的関係を、自らの作品に利用した。1980〜90年代には、有名な司会者が出演するフランスの文芸番組「アポストロフ」にゲストとして呼ばれ、自らの小児性愛を隠さないばかりか、ティーンの少女たちと「恋愛関係」にあると吹聴さえした。

2013年には、ガブリエルのエッセーが権威ある文芸賞「ルノドー賞」に選ばれる。子どもたちをターゲットにしたガブリエルの性加害は、フランスの文芸界やメディアで長きにわたり容認され、称賛すらされていた。

「ガブリエルを有名にしたのは、(子どもたちとの性的関係をつづった)彼の日記でした。人々の間では彼の『妖しさ』が人気になっていました。

今思うとおかしいことですが、80年代のフランスでは、小児性愛者と子どもの性的関係がごく普通のこととして受け入れられていました。最悪なことに、メディアが彼の性虐待を『正常化』してしまった。当時は社会も共犯者だったと言えます」

メディアがガブリエルをもてはやしたことで、被害者たちはより一層、口を閉ざすことを強いられた。

「この映画の脚本を書き始めてから、被害者たちと会いました。多くの被害者が言及したのは、有名な司会者の番組にガブリエルが呼ばれ、そこに同席する『知識人』たちが、未成年者を破滅に陥れていく彼の話を驚く様子もなく聞いていた場面です。

彼が罰せられることはないという現実に被害者たちは大変なショックを感じ、そのために被害を誰にも話せなかったと語っていました。

被害に遭った子どもたちは、彼の文学の『オブジェ』として扱われ、芸術に捧げられていた。文化が、まるで破壊兵器のように使われたのです」

唯一、子どもの側に立った女性の作家

少女たちとの関係を恋愛だと豪語するガブリエルに同調する大人ばかりの局面でただ一人、懐柔された側の子どもの目線で、ガブリエルを糾弾した女性がいた。

女性は、カナダ人の作家でジャーナリストのドゥニーズ・ボンバルディエ(2023年に死去)。上述の文芸番組「アポストロフ」に出演した当時の実際の映像が映画に織り交ぜられ、劇中でも特に目を奪われるシーンだ。

彼女は、「この国では『文学』を名乗ればあらゆる悪徳が許される」として、ガブリエル本人だけでなく、彼を擁護するフランス社会を非難し、こう続けた。

「少女たちはキャンディーに釣られるように、有名作家の文学的なオーラに引きつけられました。でも相手は14歳や15歳の女の子です。大人と若者の関係においては搾取される立場にある。少女たちの将来を考えたことは?彼女たちは青春を奪われ、一生それを背負っていくのです」

フィロ監督は、なぜボンバルディエの反論シーンを盛り込んだのか。

「番組の抜粋を映画に入れようと思ったのには、二つの理由があります。一つ目は、フランスで実際にこのようなことがあったのだと、その真実性を観客に訴えたかったから。二つ目は、彼女に敬意を表するため。彼女一人が、あの番組の中で真っ当なことを言っていたのです」

その後、ボンバルディエはフランスの「知識人」たちから罵られ、誹謗中傷を受けることになる。

「私が最もショックだったのが、フランスの有名な新聞ル・モンドで、文学分野を担当する責任者までもが彼女を罵倒したことです。フランス社会からの攻撃で、彼女は心的外傷を受けました。

今このシーンを見ると、小児性愛について語るガブリエルの話が出演者たちから称賛され、観衆も面白おかしく聞いている場面は普通ではないことが分かります。彼女が番組で述べたことはもっともだと、多くの人が思うでしょう。今であれば、彼女の発言は人間的なものだと解釈されるはずです。

道徳観というのは、時代によってどんどん変わっていきます。だからこそ、今当たり前だとされている道徳観に対する注意を怠ってはいけないと考えています」

原作者からの協力

フランス人作家ヴァネッサ・スプリンゴラの著書「同意(Le Consentement)」

劇中には性暴力のシーンが含まれ、見る人によっては精神的な負担やショックの大きい描写となり得る。

映画の公式サイトでは、作品に性加害の描写があることや、人によってはフラッシュバックを引き起こす可能性があるとの警告文を掲載している

監督は、「性暴力は捕食者にとって『所有の証』であり、その繰り返しによってヴァネッサの苦しみは増していきました。ヴァネッサを支配していく加害のメカニズム、そして性的、精神的、文学的に食い物にされることの耐え難い苦しみは、この映画が伝えるべきものでもありました」と背景を語る。

配役で特にこだわったのは、主人公ヴァネッサ役の俳優を16歳以上に限定して探したことだ。13歳から18歳までのヴァネッサを演じたキム・イジュランさんは、キャスティング時点で20歳だった。

「映画の中のヴァネッサと同じ年齢の未成年者を危険にさらし、混乱させ、若い俳優にトラウマを植えつけることはもってのほかだと考えました。

俳優たちや(撮影担当の)ギヨーム・シフマンと話し合い、カメラの位置や各シーンのアングルなどを詳しく説明し、同意を得た上で撮影しました。キムには『撮りたくないと感じるシーンは無理をしなくていい』と何度も伝え、全員が安心して撮影に挑めるよう心掛けました」

一方で、インティマシー・コーディネーターは本作に関わっていない。これについて、日本の配給会社は「2022年の撮影当時は、フランス国内にインティマシー・コーディネーター起用の流れがまだなかった」と理由を説明している。

原作者のスプリンゴラと監督は元々知り合いではなかったが、映画制作は本人の協力を得ながら進めたという。

「ヴァネッサは脚本を改稿するたびに読んでくれ、自らの感情についても多くを語ってくれました。彼女とやり取りを重ねてシナリオを掘り下げていったことで、彼女自身の『真実』に近い物語を映画化できたと思っています。お互いの心を分かち合うことは、今回の映画づくりにおいて最も大切なことの一つでした」

過去のことではない

ヴァネッサ・フィロ監督

スプリンゴラの著作を契機に、フランス当局はガブリエルに対する捜査を開始。その後も、ガブリエルから子どもの頃に受けた性虐待を告発する動きが続いた

フランスでは2021年に新たな法律が成立し、性交同意年齢が15歳と定められた。15歳未満との性行為をレイプとみなし、20年以下の禁錮刑を科している(ただし、5歳年上までの行為者は除く)。

新法以前、フランスには性交同意年齢がなかった。子どもへの性暴力事件で、暴行や脅迫が認定されずに軽い刑罰しか科されなかったことなどを受け、性交同意年齢の法律上の規定を求める声が高まっていた

スプリンゴラの著作は、性虐待をめぐるフランス社会の意識の変化に呼応するものだったとフィロ監督はみる。

「ヴァネッサの本は、人々が同意について考えることや、法律を変えることを後押ししました。社会通念を変えたとも言えます。フランスの多くの若者たちも今では、同意を前提に物事を考えることが基本になっています。

親が同意について子どもたちと会話することで、こうした被害から守ることもできます。『同意とは何か』と問題提起するこの本のタイトルは素晴らしいですよね。主人公のヴァネッサは14歳で、同意などできる年齢ではないのです」

映画の主な舞台は1980〜90年代のフランス社会だが、日本にとっても遠い話ではない。故ジャニー喜多川氏による性加害問題について、日本のマスメディアは長年にわたって沈黙を続けてきた。

「80年代というと、まるで過去のことのように感じがちですが、つい最近の話です。ガブリエルがルノドー賞を受賞したのは2013年ですし、フランスでも小児性犯罪は今も続いています。

私は映画を通して、被害者の発言を後押ししたいと思っています。これを見た人が、自分は独りではないんだと感じられるように。それは、私がこの映画を作った一つの目的でもあります。

日本でも性被害に遭った人たちが告発し、発言し始めたことは本当に素晴らしいことだと感じ、その勇気を称えたいです。ですが、それを聞いた他者は後に続かないといけません。

私にとって、被害者の話を聞かないこと、闘いに参加しないことは、共犯者になることと同じです。声を上げた人の闘いの後に続き、多くの人に同様の被害が起きていると警告し、行動すること。それは世の中を変えることにつながるはずです」

「子どもを性的に消費することを当たり前とする社会の価値観が、小児性犯罪者たちの認知の歪みを支えている」━。

性犯罪者の再犯防止プログラムに長年携わる精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは、小児性犯罪者が自らの行動を正当化する思考の背景について、そう指摘する。

映画『コンセント/同意』のインタビュー後編では、小児性愛者による性的グルーミングの手口、加害者の「認知の歪み」、そして子どもへの性加害を防ぐために必要な仕組みについて、斉藤さんに聞いた。

【取材・執筆=國﨑万智(@machiruda0702)】

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「子どもたちの被害は芸術に捧げられた」著名作家と性的関係に。14歳の少女が問う「同意」

Machi Kunizaki