「本日の無罪判決により、私と同様に、妊娠して悩んでいる女性を捕まえたり、有罪として刑罰を加えたりするのではなく、安心して出産できるような環境に(女性が)保護される社会に日本が変わってほしいと願う」
死産した双子を自宅に遺棄したとして、死体遺棄罪に問われたベトナム人の元技能実習生、レー・ティ・トゥイ・リンさん(24)は3月24日、東京都内で開いた記者会見にオンラインで参加し、そう述べた。
同日、最高裁判所は、リンさんの行為を死体遺棄とみなした東京高裁の有罪判決(懲役3カ月・執行猶予2年)を破棄し、無罪判決を下した。弁護側はかねて、リンさんには「葬祭の意思はあった」として、無罪を主張していた。
2020年11月に熊本県芦北町の自宅で死産した双子の男児の遺体を段ボール箱に入れていたリンさんの行為が、遺棄にあたるかどうかを争う裁判の判決が下される1時間前。最高裁の敷地周辺には、44席分の傍聴券を求め、140人が長蛇の列を作った。
午後3時すぎ、最高裁では、第二小法廷の草野耕一裁判長がリンさんに無罪を言い渡した。
リンさんは自室での死産後、2人のわが子の遺体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、棚の上に置くなどした。判決では、こうした行為について「いまだ習俗上の埋葬などと相いれない処置とは認められない」とした上で、「刑法190条にいう『遺棄』にあたらない」と認めた。
最高裁は、リンさんの行為が「遺棄」にあたると認めた福岡高裁の判決について「重大な事実誤認」があると指摘。「破棄しなければ著しく正義に反する」と結論した。
判決後に東京都内で開かれた記者会見に熊本県内からオンラインで参加したリンさんは「最高裁の無罪判決を聞き、本当に心からうれしい」と述べた。
「これまでの2年4カ月は本当に長かった。私が逮捕され、犯罪者として大きく報道されるなどするたびに、ネットニュースやSNS上でいろいろ嫌なことを書き込まれて、それらを見るたびに、何度も心が苦しめられ、心が折れかけた」と振り返った。
「(最高裁の)無罪判決により、私と同様に、妊娠して悩んでいる技能実習生や女性らの苦しみを理解して、このような女性を捕まえたり、有罪として刑罰を加えたりするのではなく、相談でき、安心して出産できるような環境に保護される社会に日本が変わってほしいと願う」と話した。
リンさんの主任弁護人、石黒大貴弁護士は「最高裁の判決には、技能実習生のみならず、孤立に追い込まれた全てのお母さんが一生懸命とった行動が、簡単に罪に問われる社会にしたくないというメッセージが込められていると、弁護団としては判断している」と述べた。
リンさんが孤立出産に追い込まれた背景として、技能実習制度の問題も指摘。「多くの技能実習生は、日本国内で孤立と隣り合わせで働いている」とした上で、「今後、技能実習生が孤立に追い込まれないような取り組みを政府が積極的に後押ししていかなければならない。政府は雇い主や監理団体に注意喚起の文書を出すだけではなく、技能実習生に対するサポートを講じる必要がある」と述べた。
判決の約1年前にあたる2022年4月。
「私は絶対に(亡くなった)双子の子どもたちの体を傷つけたり、捨てたり、隠したりしていません」
最高裁に上告趣意書を提出した後に都内で記者会見を開いたリンさんは、そう強調した。
「(死産した当日は)精神的にも肉体的にも非常に苦しかったですが、子どもたちのためにできる限りのことをしようとしました。血まみれの布団の上で子どもたちを冷たくさせることはできませんでした」
リンさんは子どもの遺体をタオルでくるんで段ボール箱に入れ、その上に別のタオルを掛けた。2人には「コイ(かっこいい)」「クォン(強くたくましく)」と名付け、お詫びの言葉と「天国で安らかに眠ってください」と書いた手紙を段ボールに添えた。
「寒くないように」と、2人を入れた段ボール箱をさらに大きな白い箱の中にしまい、セロハンテープで封をし、自室の扉の近くにある棚の最上段に安置した。「ベトナムでは棺桶をドアの近くに置き、人々が遺体を訪問する習慣がある」とリンさんは説明した。
リンさん側は当初から、リンさんには葬祭する意思があり、遺体を放置したのではなく「安置」だとして無罪を主張してきたが、一審・熊本地裁、二審・福岡高裁ともに有罪判決が言い渡された。
2023年2月に最高裁で開かれた上告審弁論。弁護側は「(死産の当時)技能実習生だったリンさんは遠い異国の地でどうすればいいか分からなかったが、葬祭の意思を持ち続けていた」として、無罪を主張した。
リンさんがわが子の遺体を丁寧にタオルで包むなどして段ボール箱に入れたことを踏まえ、「死産という限界的な状況でとられた行為の丁寧さは、客観的に死体の発見を困難にしたり、適切な葬祭を妨げたりしたことにはならない」と述べた。
その上で、リンさんのように孤立して死産した直後の母親は「本来、福祉により保護されるべき」と指摘し、「刑罰でさらに孤立へ追い込むことは、著しく正義に反する」と訴えた。
一方、検察側は福岡高裁が下した有罪判決について「判断の枠組みは誤りでない」と主張した。その上で、死産したリンさんは「一般人が葬祭と認める行為をできない立場にあった」との見解を述べた。
その理由として、リンさんが「外国人で、来日して2年3カ月程度」であり「日本語は簡単な挨拶程度しかできない」ことや、「日本で頼りにできる人が限られていた」ことを挙げた。
さらに、リンさんの当時の住居の周辺には田畑や山林があることから「地面に穴を掘るのは容易」だったことも根拠に加え、「最終的には密かに穴を掘って(遺体を)埋めるなどするしかなかった」と述べていた。
リンさんのように「妊娠を知られると帰国させられる」との不安を抱く技能実習生は少なくない。
法務省の2022年の調査では、「妊娠したら仕事を辞めてもらう」といった不適切な発言を母国の送り出し機関や国内の受け入れ先から受けたことがある技能実習生が4人に1人(26.5%)いることがわかった。
厚生労働省によると、2017〜20年の3年間で妊娠を理由に技能実習を継続困難になった事例は637件に上り、実習を再開できたのはわずか2%の11件だった。
法務省や厚労省は2019年以降、「婚姻、妊娠、出産等を理由として技能実習生を解雇その他不利益な取扱いをすることや、技能実習生の私生活の自由を不当に制限することは、法に基づき認められない」と注意喚起している。だが「環境の改善は道半ばだ」(石黒大貴主任弁護人)。
リンさんは来日するため手数料など150万円もの費用を工面し、来日後はベトナムで暮らす家族に毎月10万円程度、仕送りをしていた。仕事を失って帰国することをおそれて誰にも相談できずに、大きくなったお腹を抱えながらみかん農園で働いた。
2020年11月14日、みかんの収穫のために登っていた木の上でバランスを崩し、転落しないように踏ん張ったという。同日夜から腹痛に襲われ、翌15日朝に2人の子どもを死産した。
〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim 、写真=坪池順 @juntsuboike〉
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