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フィリピン人について調査をしていたら、フィリピンパブのホステスに恋をして結婚。
ヤクザに脅されたり金をたかられたりもしたけれど、そこそこうまく楽しくやってます。
6年前、そんな実体験をもとにしたルポルタージュ『フィリピンパブ嬢の社会学』(新潮新書)が出版された。
著者は中島弘象(こうしょう)さん。出版した当時、28歳だった。
大学院生としてフィリピンパブについて研究する中で、パブで働くホステス・ミカさん(仮名)と出会った。ミカさんとの恋愛を通じ、日本のフィリピンパブの経営をめぐる歪みや、外国人労働者の受け入れの実態に直面していくノンフィクションだ。
体当たりの調査と赤裸々な語り口で反響が広がり、目を留めた人の中には映画監督もいた。2023年秋には映画化される予定だ。
この6年で、中島さんの境遇や心境にはどのような変化があったのか。映画を通して、今の社会に訴えかけたいこととは。これまでを振り返りながら、語ってもらった。
コロナ下で感じた「絶妙な疎外感」
「本を読み返すと、以前の私と妻は“めちゃくちゃだった”と思います。自分たちの置かれた状況について何もわからない中、ぶつかり合いながら、目の前のことに必死でした」
遠くを見るように目を細め、大学院生としてフィリピンパブを調査していた頃を思い出す中島さん。
現在は会社員、ルポライター、元「フィリピンパブ嬢」の夫、2児の父親という、いくつもの肩書きを持つ。
6年前との違いを尋ねると、「余裕です」と一言返ってきた。
たしかに、恋したフィリピン人の女性が実は来日するために偽装結婚をしていて、ヤクザに軟禁されていて、理不尽な契約のもと働かされているーーそんな状況では、余裕を感じるどころではない。
「超えなければいけないハードルが多すぎて、切羽詰まる毎日でした」
ヤクザと話をつけ、ミカさんの偽装結婚を解消。続いて、ミカさんのビザを取得し、結婚生活を始める。それまでの経緯をまとめた本を出版し、その後に就職。
波乱のときを経て、精神的にも経済的にも、ようやく落ち着きが出てきた。
そんな矢先に待ち構えていたのが、新型コロナウイルスの感染拡大。日本中が緊急事態となる中、中島さんが抱いたのは「絶妙な疎外感」だった。
差別的な言葉「悪気がないからこそ傷つく」
新型コロナワクチンの接種は、その一例だという。
「感染拡大の当初はワクチンの数が限られており、知人から『やっぱり日本人(の接種が)優先だよね』と言われたことがありました。
当時は、誰しもが生きるために必要とする制度だとしても、『国籍の違いによって優先度を変えるべき』という言葉が、私のまわりには当たり前のようにあふれていました。
言っている人に悪気はないのかもしれませんが、だからこそ傷つく」
実際には、フィリピン人のミカさんも日本人に遅れることなくワクチンを接種できた。2020年にコロナ下の経済対策として配られた対象者1人につき10万円の「特別定額給付金」も、当初は外国籍者が支給対象となるか心配していたものの、住民票があれば問題なく受け取れたと振り返る。
「結果として、懸念していた制度上の差別を被ることはありませんでした。
でも、国籍による差別を促す発言が相次ぐ中で、『緊急事態では(外国人の妻がいる)うちの家族は守られないのか』という問いを意識せざるをえませんでした」
コロナ下でこうした不安を抱えていたのは、中島さん一家だけではないだろう。国内に296万人いる外国人に対して差別的な眼差しを向ける人は今でも少なくないと、中島さんは指摘する。
「日本で暮らす外国人は年々増えています。外国人労働者が日本の経済を支えている側面もある。今や私たちは彼ら、彼女たちなくしては生きていけない」
それなのに、外国人への差別的な発言などはなくならないのが現状だ。
根強く残る、フィリピンパブへの偏見
外国人に対する差別的な考えの根底にあるのは「レッテル」だ。中島さんは、そう指摘する。
「誰しも物事に対して、思い込みや一方的なイメージを抱いて、レッテルを貼ることがあると思います。
でも、イメージと現実は違うこともあると、わかっていてほしい」
中島さんがそんな思いを込めたのが、映画『フィリピンパブ嬢の社会学』(白羽弥仁監督)。従来の映画では焦点が当たりづらかったフィリピンパブの実態が、中島さんによる綿密な取材をもとに再現される。
「フィリピンパブに対して『犯罪の温床』『諸悪の根源』といった見方をする人も、いまだにいます。実際に、『(フィリピンパブの)イメージが悪い』という理由で、映画制作への資金提供を断られた例もありました」
だからこそ、こうした「レッテル」を覆す描写に力を入れたという。
「フィリピン人のホステスたちの心情や劣悪な住環境、偽装結婚の実態などを描く場面では、現実との距離を縮めることを目指しました」
フィリピン・マニラでのロケを含む、3週間にわたる撮影の全てに参加した中島さん。監督やフィリピンルーツの俳優らと根気強く話し合いを重ねて作り上げたシーンもあるそうだ。
なぜ、ここまで「レッテル」の克服にこだわるのか。
実は、中島さん自身も、フィリピンパブやフィリピンの人々を「思い込み」や「一方的なイメージ」を通して見ていた時期があったのだという。
「昔の私は、『わからないことは恥ずかしい』と思っていました。だから、わからないことにはレッテルを貼って、知ったかぶりをしていた。
例えば、『パブで働かされている彼女たちは“かわいそう”な人々だ』と。
でも、知らないのにわかったふりをしている方が恥ずかしい、なにより相手の気持ちをないがしろにしているのではないかーー。やっと、そう気づいたのです」
「知ったかぶり」「わかったふり」をやめ、ミカさんをはじめとするフィリピンパブで働く女性たちや、ミカさんの親族であるフィリピンで暮らす人々と向き合ってみた。
その結果、それまでの自分がいかに相手の気持ちを汲み取れていなかったかを思い知ったという。
「相手のことがわからないなら、本人と話したり、事情を調べたりしてみる。それが、“向き合う”ということ。
向き合った結果として、離れることも選択肢の1つ。ですが、向き合うことすらせずに、勝手なイメージだけで何かを言われる筋合いは、外国人の側にはないはずです」
映画の舞台となるフィリピンパブで働く女性たちの背景は様々だ。働く理由も、働き方も、家庭の事情も、1人1人異なる。
「『わかったふりをしないで、個人的な話を聞いて』。それが、私がたどり着いた答えです」
中島さんによると、日本で生活する外国人の中には、慣れない土地で暮らしていくことで精一杯で、自分の置かれた問題の解決にまで手が回らないことも少なくない。そんな中、理不尽なトラブルに直面しても「(このまま)やっていくしかない」と諦めてしまうこともあるという。
「そんなとき、当事者ではないけれど傍観者でもない、“向き合う人々”が必要。
目の前の人の感情に目を向ければ、社会のどこを変えたらいいのか、そのためには何が必要なのか、自分は何ができるのかーーといったことが、きっとわかってくるはず」
(取材・文:遠藤真美 @enmami000 、編集:金春喜 @chu_ni_kim )
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外国人への差別は「悪気がないからこそ傷つく」。フィリピンパブ嬢と結婚したルポライターが今、思うこと