日本は民族的に同質性の高い社会だとよく言われる。だが、2019年には日本の移民受け入れ数はOECD加盟国の中で4位の約59万人に達し(OECD調べ)、確実に多人種が暮らす国へと変化してきている。
公開中の映画『ファミリア』は、そんな日本の現在を映した作品だ。
本作は、在日ブラジル人が多く住む愛知県豊田市の保見団地がある地域をモデルに、陶器職人の神谷誠治とその息子夫婦、そして在日ブラジル人の若者との関係を描いている。
役所広司演じる神谷誠治は、アルジェリアで難民出身の女性(アリまらい果)と結婚した息子(吉沢亮)が異国の地でテロの危機に直面する一方で、地元で偶然出会ったブラジル人青年の過酷な現実を目の当たりにする。遠い世界の出来事だと思っていた2つの事件が身近に起きた神谷。その葛藤と行動を通して、日本と世界がいかに関わりあっているのかを明らかにする。
本作には、そんな日本の今を描くために、海外にルーツを持つ「当事者」とも言うべき人々が出演している。彼らはオーディションで本作の出演を勝ち取り、堂々たるパフォーマンスを披露している。そんな彼ら・彼女らに本作に参加した動機や本作や日本社会に対する想いについて聞いた。
今回、取材に応じてくれたのは主要キャストでもある5人。
神谷に助けを求める青年マルコスを演じたのはサガエルカスさん(写真)。岐阜県出身でプロ格闘家として活躍している。所属する格闘技事務所で本作のオーディション告知を見つけたその日、自宅でSNSのブラジル人コミュニティから同じ情報を得てオーディションを受けようと思ったという。
吉沢亮演じる神谷学の妻ナディアを演じるのは、静岡県出身で日本人とパキスタン人を両親に持つアリまらい果さん(写真)だ。彼女は、本作に出演した後、舞台出演も果たし役者への道を進んでいる。オーディションに参加したのは、高校時代の先生からの勧めだったそうで、本作をきっかけに役者への夢を見つけたと語る。
マルコスの恋人エリカ役を演じたのはワケドファジレさん(写真)。彼女は幼い時に家族とともにブラジルから日本に移住し、12歳の頃からモデル事務所に所属している。芝居をすることに憧れていたそうで、そんな彼女の思いを理解していた事務所が『ファミリア』のオーディションの話を持ってきてくれたとのこと。
マルコスの幼なじみルイ役を演じたのは、静岡県磐田市の東新町団地出身のシマダアランさん(写真)。彼はラップグループ「GREEN KIDS」のFlight-Aとして音楽活動をしており、本作が演技初挑戦。他のGREEN KIDSのメンバーと一緒に劇中でラップを披露するシーンもある。映画関係者がライブを観に来てオーディションを受けることになったそうで、ルイ役は自分でも「ぴったりだと思った」と言う。
マルコスの友人マノエル役はブラジル出身のスミダグスタボさん(写真)。彼はモデルスカウトの友人からオーディションの話を聞いたそうだ。小さい頃から演技が好きで、ブラジル時代は町の小さい舞台に出演したことがあるそう。「ガイジン」を使うなんてアマチュア映画かなと思ったそうだが、成島監督の名前を検索したところきちんとした商業映画だと知り、参加したいと思ったという。
本作が彼らの力を必要としたのは、この映画が在日ブラジル人の現実を描くからだ。
現在、日本に暮らす在日ブラジル人は約20万人。愛知県や静岡県、そしてサガエルカスさんの出身地である岐阜県にもブラジル人が多く暮らしている。これらの地域は製造業の工場が多く、たくさんの海外出身者が働いている。
在日ブラジル人の増加は80年代後半以降。当時、ブラジル国内の経済状況が悪化し、日本はバブル景気で人手不足だったことで出稼ぎ労働者を受け入れ始めた。90年の入管法改正で日系人が働ける在留資格が認められ、来日する日系ブラジル人が増加。2007年には30万人を超えたが、翌年のリーマンショックによって大量解雇され、ブラジル出身者が大幅に減少した。本作のマルコスもそんな家族の1人だが、彼の父親はリーマンショック時の解雇で自ら命を絶ってしまったという設定になっている。
本作の舞台のモデルとなった保見団地は、住居者の半分ほどがブラジル人で「小さなブラジル」と呼ばれている。シマダさんの出身地である磐田市の東新町団地も同様にブラジル人が多く住んでいたが、リーマンショックで多くの人が帰国せざるを得なくなり、いまは昔とまったく異なる状況らしい。
映画で彼ら・彼女らが演じるキャラクターには、それぞれのパーソナリティや体験が反映されている。
アリさんは出演が決まった後、「監督から今までの自分の経歴を書いてきてと言われた」と語る。ナディア役は、成島監督がオーディションで彼女を見つけて、新たに作ったキャラクターだそうで、アリさん自身の体験やパーソナリティをキャラクターに多く反映させている。エリカを演じたファジレさんも「役の性格を自分に重なるようにしてくれたんだと思う」と語っていた。
本作で描かれるブラジル人青年たちは、日本人の半グレ集団に狙われ、それが理由で仕事をクビになり、リンチされるなど過酷な実態が描かれるが、そうしたことをシマダさんは実際に間近で見てきたという。
「(この映画に描かれていることで)死ぬこと以外は全部、実際に見たり体験したりしています。だから、この役は自分にぴったりだと思ったんです。撮影中も昔を思い出して結構感情的になりました。自分の話をちょくちょく(スタッフに)してたんですけど、それで内容が途中で変わったりもしたので、自分の話を聞いて取り入れてくれたんだと思います」(シマダさん)
映画の中に、ブラジル人が団地の敷地でBBQパーティーを開き、神谷たちが参加するシーンがある。日本国内で起きる「異文化交流」のユニークなシーンだ。
スミダさんは「ああやって、みんなで盛り上がるのが僕らブラジル人の文化。でも、日本でやると迷惑がられることもあった」と語る。日本社会で生きる中で、5人はこうした細かな文化的衝突を数多く経験したそうだ。また、人によってはいじめなども受けたという。
シマダさんのラップグループGREEN KIDSの音楽などは、そうした「ガイジン」の気持ちを代弁するものだろう。
「自分もいじめとか色んな酷い経験をしてきたけど、その時の感情を武器に世界の人に聞いてもらいたいんです。この感情は自分だけのものじゃなくて、『ガイジン』みんなが感じてることだと思うから」(シマダさん)
彼らの音楽は日本の音楽シーンの中では新鮮だ。ブラジル文化と日本文化、アメリカ生まれのヒップホップが融合していると言える。
「俺らの音楽は日本でやってるからこそ味が出ると思ってます。日本語ラップをブラジル国籍で歌うこいつらはなんだって思われたい」(シマダさん)
作中ではGREEN KIDSのライブシーンが出てくるが、このシーンを日本じゃないみたいだと思う人もいるかもしれない。しかし、こうした新しい日本の姿が足元で生まれ始めていることを伝える側面が、本作にはあるのだ。
シマダさんは自分で自分のことを「ガイジン」と呼ぶことがある。
「もう慣れですね。ずっとガイジンって言われ続けてきたので。でも、ガイジンって考えてみると奥が深いですよ、外の人って書くでしょう」(シマダさん)
スミダさんも「ガイジン」と自分たちで呼び合うことはあっても、日本人から言われるのは嫌だという。「最近は気を使って別の言い方をする人も増えていますけど」と付け加える。
「国籍の違う方とかね(笑)」とシマダさんが続けた。でも、そういう気の使われ方も、逆にちょっと違うと感じるようだ。
スミダさんは、「アメリカの黒人コミュニティでニガーというスラングで呼び合う感覚に近い」と言う。仲間同士で言い合う分には問題ないが、他人から言われるのは傷つくのだ。
サガエさんは、「ブラジル人同士で使うガイジンと、日本人が他の国籍の人に向けて言うガイジンって受け止め方が全然違うんです。人によってはその言葉ひとつで喧嘩になったり、自殺を考えたりする人もいるんです」と語る。
本作はそんな彼ら・彼女らの複雑な心理を、当事者ならではのリアルさで体現している。しかし、本作はマジョリティとマイノリティの違いばかりに注目せず、根底にある家族や友人を想う気持ちは同じだということも描き出す。
サガエさんは「映画ではブラジル人と日本人が助け合います。国籍が違っても、助けてほしいって気持ちや助けたいって気持ちはみんな一緒だと思う。この映画からそういうことを感じてほしい」と語る。
すでに、日本社会は移民の存在なくして成り立たない。彼ら・彼女らはすでに私たちの隣人であり、この社会に根を張って生きている。そんな日本の現実を映す本作は、これからの日本社会にとって大切なことを教えてくれる。
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「ずっと“ガイジン”と言われてきた」映画『ファミリア』キャストが今の日本に思うこと