オランダのトランスジェンダーめぐる状況「あまり良くない」【アムステルダムレポート:中編】

オランダ・アムステルダムの性的マイノリティ関連団体を視察。前編では「カナル(運河)パレード」の様子や、パレードに対する批判的な視点などを紹介した。中編では、特にトランスジェンダーをめぐり根強く残る課題や、アートやカルチャーに関する活動をレポートする。  

同性愛が犯罪の国々の旗「ゼロにする」?

アムステルダム中央駅からトラムで10分ほどの場所に「アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)」がある。その目の前の「ミュージアム広場」を歩いていると、さまざまな国旗と、一つのレインボーフラッグが掲げられていることに気がついた。 

旗の下に設置された看板には「ZERO FLAG PROJECT」と書かれている。説明を読むと、どうやら掲げられた70の国旗は、同性愛行為などが犯罪とされている国々の旗のようだ。これらが「ゼロ」になるまで(つまり、同性愛が非犯罪化されるまで)カウントダウンするという趣旨のプロジェクトなのだという。

ZERO FLAG PROJECT

未だにこれだけの国々で同性愛行為などが「罪」とされてしまっていることを視覚的に痛感し、憤りを覚える。性的マイノリティに対する迫害のおそれから、難民として逃れた人はオランダに限らず世界各地に存在している。

日本では2018年に初めて同性愛であることを理由に迫害される恐れがあるとして難民認定されたケースが報道されたが、依然として認定のハードルは非常に高く、十分な保護がなされているとは到底言えない。 

国旗が掲げられている国々の状況が一刻もはやく改善されてほしい。そうした思いを持つ一方で、このプロジェクトを見て、同時にある違和感も抱いた。

現在でも同性愛行為が犯罪とされている国々の背景には、ヨーロッパ諸国の植民地支配によってもたらされた法であることも少なくない。オランダも無関係とは言えないだろう。その歴史的背景について考えると、同性愛行為を犯罪としている国の国旗を「ゼロにする」という手法に疑問を持つ。もちろん非犯罪化を目指す動き自体は重要だが、問題提起の方法が果たしてこれで良いのかーーそうした違和感を抱きながら、私はミュージアム広場を後にした。

オルタナティブの模索

前編では、カナル・パレードの「商業化」や「主流化」に対する批判的な声について触れた。

プライド期間中、アムステルダムの至る所でイベントが行われていたが、私たちは、同様の問題意識から開催された、ある小さなプライドイベントに参加することができた。

ポルダーフーフェル・プライドの様子

アムステルダムの中心地から西に少し外れたエリアにある公園で開催された「ポルダーフーフェル・プライド」は、「LBTQI+女性(性的マイノリティであり女性)」中心の団体が企画したとても小さなプライドイベントだ。

主催者によると、経済的に余裕がなければ参加できないアムステルダム中心地の「カナル・パレード」ではなく、もっと身近なところで誰でも参加できるようなイベントがあっても良いのではないかーーそうした問題意識から、実験的に今年はじめて開催したのだという。

会場を見渡すと、幅広い世代の人々や、近所に住む子どもたちも多く参加している。レモネードやスナック野菜がもらえたり、フェイスペイントをしてもらえたりするブースの他にも、屋外シアターや小さなDJブースもあり、和やかな雰囲気のイベントだった。

このエリアはイスラム教徒の人々も多く住んでおり、主催者はそうした人たちとも出会い交流できる場にしたいと思っていたが、初回はあまり実現できなかった、と課題も語っていた。

トランス・プライド・ウォークの様子

トランスジェンダーをめぐる現状

8月3日、私たちはトランスジェンダーの権利を訴えるパレード、「トランス・プライド・ウォーク」にも参加した。

「カナル・パレード」では、ボートに乗る人や沿岸の参加者も多くは白人層だった一方で、中心地から今度は東に外れたエリアの公園からスタートした「トランス・プライド・ウォーク」では、多様な人種や民族の人が行き交う住宅エリアを行進した。

前編でも触れたように、今年の「カナル・パレード」のテーマは「My Gender, My Pride」と、トランスジェンダーをめぐる課題により注目が当てられている。2001年に同性婚が世界で初めて法制化されたオランダだが、一方でトランスジェンダーをめぐる課題が取りこぼされてきた点が表れていると言えるだろう。

オランダにおけるトランスジェンダーを取り巻く現状について、私たちは「Transgender Network Netherland」のメンバーにお話を伺うことができた。

アドボカシー担当のリスさん、広報担当のノラさん、相談窓口などを担当をしているフレヤさんからお話を伺った

Transgender Network Netherland(TNN)は2008年に設立された団体で、トランスジェンダーをめぐる課題に関する政策提言や、相談支援などを行っている。領域は医療や教育、スポーツなど幅広く、政府の助成金や寄付によって運営しているという。

TNNが学校現場で配布している冊子には、トランスジェンダーをめぐる現状として以下のデータが記載されていた。

・トランスジェンダーの児童生徒のうち、43%が学校で暴力を受けたことがある

・トランスジェンダーの子どもに対して性自認について教えている保護者は約30%

・トランスジェンダーの若者はシスジェンダーと比べて3倍うつになりやすい

・自ら選んだ名前を使えると、トランスジェンダーの若者のうつの割合が70%減少し、自死率が65%減少

TNNが学校等で配布している冊子。中央のチラシは、前述のトランスジェンダーに関するデータが記載

日本と重なる状況も

トランスジェンダーをめぐるいじめやハラスメントの問題について「状況はあまり良くないです」と語るリスさん。

企業に関しても、トランスジェンダーの40%以上が職場で差別を経験しており、ノンバイナリーの場合は8割に上るという。「そもそもトランスジェンダーの当事者のうち雇用されてない人が少なくない」とリスさんは指摘する。

トランスジェンダーの自死率はシスジェンダーより6〜10倍高いという調査結果もあるという。日本でも、トランスジェンダーの自死未遂の割合はシスジェンダーと比較して10倍高いという調査もあり、日本の状況と重なる。

近年、ヨーロッパでは保守派の「反ジェンダー」運動が広がりつつあり、トランスジェンダーに対するバッシングが激化している。リスさんによると、オランダでも、イギリスや、またはアメリカのトランス排除的な言説が輸入されつつあるという。一方で「あくまで一部の団体の言説で、影響は限定的だと思います」とも語った。

「トランス・プライド・ウォーク」を警備している警察。背中の「Roze in Blauw(青にピンク)」は、警察の中にある「LGBTQ+コミュニティ」を意味する。特に性的マイノリティ関連の被害や事件に対応する専門チームでもあるという

トランスジェンダーをめぐる現状の厳しさは日本と重なる部分もありつつ、やはり法整備の面では日本とオランダとの違いを実感する。

オランダでは1994年に「性的指向」に基づく差別が法律で禁止されている。2019年には「性自認や性別表現、性的特徴」が追加された。

トランスジェンダーをめぐっては、1985年というヨーロッパの中でも早い段階で、法的な性別の変更ができるようになった。性別適合手術を受けることなどが要件に含まれていたが、2014年に改正され手術要件は撤廃。16歳以上の人は医師等の診断書があれば、裁判による手続きを経ることなく変更が可能だ。

さらに2020年には、オランダ政府が、手術要件を設けていたことで生殖機能を喪失させる手術を強制していたことを謝罪した。この間に性別適合手術を受け、法律上の性別を変更した人に対し、5000ユーロの補償金を支払う補償制度も発表している。

ただ、リスさんは法的な性別変更について「まだインクルーシブとは言えない」として、さらなる要件緩和に向けて活動を続けており、オランダ議会でも議論が続いているという。

TNNアドボカシー担当のリスさん

以前は、EUにおけるトランスジェンダーをめぐる環境で、オランダはトップ10位以内に入っていたが、近年は下降傾向だという。

理由の一つに「医療環境」があげられるとリスさんは指摘する。

現在は法的な性別を変更するために診断を受けたくても、「精神科医と話すだけでも3年かかってしまうような現状があります」と語る。これはホルモン治療などについても同様で、待機期間の長さが問題視されているという。

さらに、「宗教」と「性の多様性」との緊張関係も理由として挙げられるという。

オランダではカトリック系やプロテスタント系、イスラム系などの宗教学校も公立学校と同じく公的資金で運営されている。宗教教育が尊重されている一方で、同性愛嫌悪やトランスジェンダー嫌悪に対応できていない部分があるという。また、移民や難民など、人種・民族的マイノリティのコミュニティによっては、性の多様性に対する受容度に差があり、一筋縄ではいかない議論があるようだ。

必ずしも授業で“習う”わけではない

一般に、自由や多様性が尊重される教育環境で知られるオランダだが、性的マイノリティの当事者や非当事者の数名に、学校で性の多様性について特定の授業などで教わったかと聞くと、ほとんどの人は「授業では習わなかった」と答えていた。

一方で、周囲に性的マイノリティであることをオープンにしている当事者の生徒や先生、または同性カップルに育てられている友人がいることが“当たり前”だと実感しているという人が少なくなかった。

依然としていじめの問題はあり、都市部や地方、宗教学校など個々の環境によって状況は異なるようだ。

授業で習わないけれど、先生や友人とのコミュニケーションの中で自然と学んで部分もあるのかもしれない。

ただ、当事者団体などからは適切な情報や当事者の児童生徒への支援は求められており、TNNも各学校の「GSA」などと連携してツールキットを提供しているという。

「GSA(Gender & Sexuality Alliance)」とは、性的マイノリティの生徒を中心とした自主的な学生グループで、オランダでは約8割の学校で立ち上げられており、GSAの全国ネットワークもあるという。

ただ、TNNのメンバーは、「GSAはとても重要な役割を担っている」としつつ、やはりシスジェンダーのゲイ当事者が中心となっていることを指摘。トランスジェンダーをめぐる課題についてより教育現場にも適切な支援や情報提供が必要だと語っていた。

VRプログラムの様子

別日に訪れた「THE STUDENTS HOTEL」で、私たちはトランスジェンダーの当事者の視点をVRで体感するというプログラムに参加した。

主に学生向けの宿泊施設である「THE STUDENTS HOTEL」は、プライドの期間限定でPride Amsterdam公式の「プライドホテル」としてレインボーに彩られていた。プライド期間ということもあり、LGBTQ+に関するさまざまなイベントが開催されており、VRプログラムもその一つに位置付けられていた。

VRでは、トランス女性とトランス男性の視点のどちらかを選択し視聴できる。朝ごはんを食べている際に、家族からミスジェンダリングされてしまう状況や、学校の体育の時間の男女のグループ分け、エレベーターに乗った際の視線や、アルバイトの面接時の困難などいくつかのシーンを体感できるものだった。

THE STUDENT HOTELのエントランス

アートやカルチャーから

THE STUDENTS HOTELで、私たちは性的マイノリティをめぐって、アートやカルチャーの文脈からさまざまなイベントを開催している「Queer Currents」のハイスさんからお話しを伺った。

ハイスさんは、“パーティ”としての側面が強い「カナル・パレード」に対する問題意識から、「もっとアートやディスカッションなど、真剣に議論できるような場が欲しい」と思い、6年前にQueer Currentsを設立したという。

プライド期間には、「トークイベント」を中心に2週間で75のイベントを実施するという。映画やアート作品、パフォーマンスを見て議論するなど、ワークショップ形式のイベントも少なくない。

Queer Currentsのハイスさん

プログラムはジェンダーやセクシュアリティだけでなく、多様な人種や民族を前提とした内容のものが多い。ハイスさんは「普段は”後ろ”に立たされる人たちを前に押すこと、例えば有色人種のクィアやトランスジェンダー、移民のコミュニティなどの人々を可視化するプラットフォームを提供したいと思っている」と語った。

THE STUDENTS HOTELの入り口では、「QUEER」と書かれた巨大なアート作品が現在進行形で制作されていた。これもイベントの一つで、有色人種のクィアな移民を中心とした「United Painting」というチームによるパフォーマンスだという。

ホテル内にはいくつも写真が展示されていた。同性がキスしている姿の一部に色が塗られ、隠されたような写真の作品がある。これは、現在でもプライドイベントの看板が落書きをされたり破壊されたりすることがあることを受けて、「暴力を可視化する」というテーマで制作された作品だという。

車椅子に乗る二人。実際に下半身が塗り潰される落書きがされた写真を、そのまま飾っているという

より大きな注目を集める「カナル・パレード」の主流化、商業化に対する問題意識、依然として残るトランスジェンダーをめぐる課題、ジェンダーやセクシュアリティだけでなく人種や民族的マイノリティであることとの交差性など、政策や教育、アートやカルチャーなど、それぞれの視点、領域から活動を積み重ねている層の厚さを実感した。

※今回参加した「視察プログラム」は、駐日オランダ王国大使館と国際文化交流を支援する非営利団体DutchCultureにより企画、日本の性的マイノリティに関する複数の団体が招待を受け、現地の性的マイノリティ関連団体などを視察した。

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