高校野球など学生スポーツでは、チームを支える「女子マネージャー」の姿が度々クローズアップされてきました。チームや選手の躍進をサポートするという役割は、プレーする選手や応援する観客と並んでスポーツへの多様な関わり方の一つといえます。
一方で、一般的に見られる「男子選手を女子マネージャーが支える」という構図では、データ分析や監督との折衝などマネジメント的な役割というよりも、掃除や炊事、洗濯といったシャドウ・ワークを担っているケースが見受けられます。このような女子マネのあり方に対して「性別役割分業を助長する」との意見もあります。
ハフポスト日本版では女子マネージャーの役割やあり方に関するアンケートを実施。現役もしくは経験者という306人から回答が寄せられました。ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。
アンケートでは、マネージャーが女性に限定されている部活が多く、男子マネージャーが所属している場合でも役割が違うとの回答が半数近くを占めました。また、性的ハラスメントを受けたとの回答もありました。
専門家は、アンケート結果について「個人の選択自体は何ら否定されるものではありませんが、その前に男女で役割を固定化せずに『選択肢』を増やしていくことが大切」と指摘します。
アンケートの集計結果と個別回答を踏まえ、女子マネを取り巻く現状の課題や今後の可能性について取材しました。
まず「同じ部活内に男子マネージャーも在籍していますか/していましたか?」との質問に対して、「はい」が23.3%、「いいえ」が76.7%。女性のマネージャーが圧倒的に主流であることがうかがえた。続く「マネージャーの性別によって、役割が決められていたり、仕事内容や立場に差があったりしますか?/しましたか?」との質問では、前の質問で「同じ部活内に男子マネも在籍していた」と答えた71人のうち、「はい」は34人(47.8%)、「いいえ」は37人(52.1%)だった。具体的な「仕事や立場の違い」として、回答者から次のような例があがった。
・女性は基本的にゲーム内容に関しては口出ししない、男性はマネージャーというよりコーチ的な立ち位置だったので雑用はしない(20代社会人、バスケ部)
・大学野球にて、男子マネージャーが主務。女子マネージャーは基本的にならなかった。仕事内容は男性は公式戦ベンチに入ってスコアを付けたり部外との連携を取っていた。女性は雑用などの仕事が多かった(20代社会人、高校・大学野球部)
・女子マネは基本的にグラウンドに入らず、また用具などの管理も部員たちがすることが多く細々とした仕事が多かった。またスコアは書けるように勉強したが、ベンチ入りは男マネのみと決まっていた。ただ、それなりに強豪校であったため、練習も厳しく、硬式のボールは危ないという理由もあり、当時は納得してやれることを精一杯やっていた(20代社会人、高校野球部)
女子マネージャーであることを理由に差別やハラスメント、嫌がらせを受けた経験を尋ねた質問に対して、「はい」は28.4%、「いいえ」は71.6%という結果になった。3割近くの女子マネ当事者・経験者が、身体の密着の強要や容姿の侮辱といった経験をしていることが分かった。具体的なエピソードには以下のようなものがあった。
・一人の男子部員の柔軟体操に付き合うように言われ、胸や身体が密着する体勢を強要されたのは嫌でした。仕事の一環だとか意識し過ぎかと思うと断りにくかったです(30代社会人、高校野球部)
・「そんなんじゃ主婦になれないぞ」「少し痩せたんじゃない?」といった、性別役割分業や容姿に関することを言われ、不快な思いをした(20代大学生、高校・大学ラグビー部)
・入部の際「ブスのマネージャーはいらない」と陰口を叩かれた。他校のマネージャーと比べて外見の勝ち負けを話題にされることもあった(30代社会人、高校野球部)
「『女子マネ』という呼称についてはどう思いますか?」との質問には、「違和感がある」は34.0%、「特に何も思わない」は58.8%だった。具体的な理由を見ると、「特に何も思わない」と答えた人は、女子マネという呼び方をシンプルに〈性別+役割〉の略称と捉えていることが見受けられた。その一方、「違和感がある」と答えた人は〈女性が男性をお世話する〉というジェンダーロールを強調する意味合いを感じているようだ。
【違和感がある】
・チームのためにプロ意識を持ち、戦略的に動くことが本来のマネージャーの役割のはずなのに「お手伝いさん」という意味合いの方が強くなっている言葉だから(20代社会人、大学アメフト部)
・マネージャーなら女子も男子も関係ないのに、ことさらに「女子」をつけることで古い昭和な価値観に当てはめようとしてるように思います(20代社会人、高校剣道部)
【特に何も思わない】
・女子マネージャーの短縮であり特に差別的に感じない(20代社会人、高校男子バスケットボール部)
・事実女子のマネージャーなので過剰に反応することがおかしいと思う(30代社会人、高校野球部)
また、男性選手のために掃除や洗濯、炊事をするという、一般的に見受けられる女性マネージャーの役割やあり方は「性差別的だ」という指摘への見解を尋ねると、以下のような意見が寄せられた。
・学生時代に、女性が男性を献身的に支えるという構図に慣れてしまうことは、その後の人生においても「女は男のサポートに徹するべき」という女性差別的な価値観を促進してしまう恐れはあるのではないかと考える(20代大学生、高校陸上部)
・好きでやっているため、差別されているという「被害者」にされることに違和感がある(20代大学生、高校硬式野球部)
アンケートの最後に設けた「女子マネージャーの役割やあり方は改善が必要だと考えますか?」という質問には、「はい」が48.0%、「いいえ」が52.0%とほぼ拮抗した。「はい」と答えた人は主に、性別に関係なく仕事を割り振ることや、良妻賢母的な立ち回りや部のマスコット的な扱いを改善するよう求めていた。「いいえ」の人の理由として、本人が納得してやっている、強制されているわけでないーことなどが挙げられた。
【はい】
・まずはマネージャーに容姿や恋愛の要素を求めないでほしい。女の子は家事、男の子はタイム測定やトレーニングの補助と性別で限定せずに、個人ができることで役割を振ってほしい(20代社会人、高校野球部/大学サッカー部)
・マネージャーだからという理由で、選手や顧問の先生にあまり意見を言うことができなかった。マネージャーも部員であることに変わりはないので、選手と対等に意見を発言できるよう改善してほしい(20代社会人、高校ハンドボール部)
【いいえ】
・やりたい人が納得してやっていることにとやかく言うものではない(30代社会人、高校野球部)
・強制されているわけでもなく、皆やりたいからやっているし、マネージャーの役割もわかった上でやっているので問題はないと思う(20代大学生、高校・大学サッカー部)
◇アンケート概要
実施期間:2022年7月28日〜8月3日
対象者:女子マネージャーの現役もしくは経験者
回答数:306
なぜ学生スポーツのマネージャーは女性が主流となり、性別によって仕事の差が生じているのか。また、女子マネを取り巻く現状をどのような視点で捉えていくべきなのか。女子マネの歴史とメディア表象について研究した『女子マネージャーの誕生とメディア ースポーツ文化におけるジェンダー形成ー』(ミネルヴァ書房)の著書がある、東洋大社会学部の高井昌吏教授に聞いた。
ーアンケートでは、7割超の回答者が「同じ部活内に男子マネージャーはいなかった」と答えました。「マネージャー=女子」というイメージはいつ頃から定着したのでしょうか。
高井さん:男女別学だった戦前から戦後にかけて、スポーツは主に男性のものでした。男子運動部のマネージャーはもちろん「男子」であり、仕事内容は給水の用意やスコアラーの他に、対外試合の交渉や予算に関することまで多岐に渡っています。今で言う「主務」のような役割でしょう。
女子マネージャーが誕生したのは1960年代ごろ。私は、高度経済成長期に大学受験戦争が激化したことで、運動部から男子部員が離れ、代わりに女性がその役目を担うようになったと見ています。当時の女子マネは今のようなジェンダー化されたイメージではなく、むしろ女性の社会進出に近い意味合いで捉えられていたと思います。
1970年代には「マネージャー=女子」のイメージが強くなり、新聞や漫画、ドラマなどマスメディアにも登場するようになります。70年代初頭は少女漫画の主役であった女子マネは、漫画「タッチ」に代表されるように、少年漫画のヒロインとして扱われるようになり、メディアを通して「献身的な女子マネ像」が定着していったと考えます。メディアが作り出したイメージも影響して、仕事内容も道具の準備や掃除、炊事などの「ケア労働」へと移っていったのではないでしょうか。
ー一般的に、女子マネージャーが男子選手を支えるというパターンが多く、女性が男性のために掃除や洗濯、炊事といった“シャドウ・ワーク”を担うという構造から、女子マネージャーの在り方は「性差別的である」という指摘もあります。アンケートではこの意見を「もっともだ」と受け止める声もある半面、「好きでやっていることにとやかく言わないでほしい」という意見も目立ちました。
高井さん:女子マネの存在やその役割について「女性差別ではないか」という批判は、1980年代以降に生まれ、さまざまなメディアで長きにわたって論争が続いてきました。
まず女子マネ制度への批判は、教育現場や社会における性別役割分業や、男子選手を女子マネが支える姿を過大に美化するメディアのジェンダー観といった「社会の問題」に向けられます。その一方で、女子マネ本人や彼女らを擁護する人々は、それを女子マネ個人への攻撃と捉え、「本人が好きでやっていることに外野が口を出すべきではない」「本人の意志を尊重すべきだ」という反論が生じます。
女子マネの在り方を「社会の問題」として考えるのか、「個人の自由な選択」と捉えるのか。この視点の違いによって、40年近く噛み合わない議論が続いており、女子マネという制度は大きく変わらずにいるのです。
ーでは、女子マネの在り方はどちらの視点で考えていくべきなのでしょうか。
高井さん:「個人の意思で選んでいる」という意見は、もっともらしく聞こえます。ですが、学校の部活で「女子部員を支える男子マネージャー」や「女子部員のためにおにぎりを握る男子マネージャー」というケースはほとんど見かけませんよね。つまり、「個人の自由な選択」以前に、そもそも男女それぞれが選べる選択肢は限られているのではないでしょうか。
10個の選択肢があるのと、2個しか選択肢がないのでは、同じく「選んだ」と言っても実態は大きく異なります。女子マネの在り方で言えば、現状の掃除や洗濯だけでなく、男子マネのようなマネジメント的立場など、多様な役割をもっと多くの女子マネが選べるようにしたほうがいい。もちろん、男性にも同じような選択肢を設けるべきです。個人の選択自体は何ら否定されるものではありませんが、その前に男女で役割を固定化せずに「選択肢」を増やしていくことが大切でしょう。
アンケートの回答の中には「支える役割は女性のほうが向いている」という声もありましたが、そのロジックは危ういと思います。世話好きな男性もいれば、そうではない女性もいる。最近は、男性家政夫を描いたドラマ「私の家政夫ナギサさん」がステレオタイプ化されたジェンダーロールに切り込み、話題となりました。複数の回答者が指摘したとおり「女子部員を支える男子マネージャー」というモデルケースが増えていけば、マネージャーを取り巻く現状も少しずつ変わるのではないでしょうか。
アンケートではまた、ハラスメントや嫌がらせを受けた経験があると答えた人が3割近くに及んだ。中には「一段低い生き物のように扱われる」「部活での発言権がない」などと、選手との従属関係に違和感を抱える当事者・経験者もいるようだ。チームの一員として、女子マネージャーが活動しやすい環境を整えるにはどのような変化が必要なのか。大学運動部における性差別問題を研究した『〈女子マネ〉のエスノグラフィー ー大学運動部における男同士の絆と性差別』(晃洋書房)の著書がある、甲南大文学部の関めぐみ講師に聞いた。
ーアンケートでは「ハラスメントや嫌がらせを受けた経験がある」と答えた人が3割近くに及びました。
関さん:アンケートに答えるまで言えなかった人もいるのではないでしょうか。特に身体接触については「マッサージを口実にされると被害だと認識しづらい」と先行研究でいわれているように、不快だと思いながらも言い出せなかったことが明らかになりました。3割近くの人たちが「女子マネ」であるがゆえに苦しんだことが可視化されたことに意義があると思います。
その一方で、他の項目では「好きでやっているんだから」という声も多く見受けられました。
私が女子マネージャーに対する性差別やハラスメントについて研究していくなかでも「差別やセクハラを受ける対象だと思われるのが嫌だ」という声を聞きました。ですが、自分たちが大丈夫だったとしても、今困っている人たちや後から振り返って傷ついている人たちがいます。現状に問題がない人は別として、やりたくて入ったのに嫌な思いをしている人たちがいるのなら、まずはこの環境を変えていくことが大切でしょう。
女子マネージャーとは全く立場は異なりますが、自己決定に対する社会の視線が表れやすい例として挙げるならば、風俗店で働く女性たちが性暴力に遭ったとしても「男性と接触する仕事を自ら選んだのだから女性自身にも責任がある」との意見を見かけます。「個人が選択した結果」と言われてしまうと、自分から声を上げにくいという空気感もあるでしょう。
しかし、自らマネージャーを選んだからといって、当然、なんでも無条件に受け入れる必要はなく、境界線を引いて「NO」という権利があります。とはいえマイノリティー側が声を上げるのはハードルが高く、本来は男子選手や監督などマジョリティー側が配慮すべきですが、現状としてそのストッパーが働いていないように感じます。
ー個別回答の中では、チーム内で容姿を嘲笑されたり、一段低く扱われたりすることへの違和感も見受けられました。サポートを受ける選手側にも意識の変化は必要なのでしょうか。
関さん:私は大学アメフト部を中心としたチームスタッフ(マネージャーを含む)にインタビューを続けていますが、チームと良い関係を作れている場合は誇りを持って頑張ることができ、チームに貢献することのできる尊い仕事だと考えています。その一方で、男子選手たちがそれを当然視して雑に扱っている様子もまざまざと感じました。例えば、女子サッカーのプロチームではスタッフが足りておらず、試合のビデオ撮影やアイシング、応援幕の準備などもすべて選手でやるしかないチームもあります。十分なサポートを受けている男子選手たちはその「特権性」を自覚して、ケアに依存していることに気づかなければならない。変わるのは女子マネ自身ではなく、この構造の上で恩恵を受けている選手側だと思います。女性の外見を一方的に評価する立場にあると考えていることも大きな問題です。
ー関さんはカナダの学生スポーツにおけるチームスタッフ(日本で言うマネージャー)の役割についても研究されていますが、海外での事例を踏まえて、女子マネージャーが働きやすい環境を作るにはどのような変化が望まれるのでしょうか。
関さん:海外で日本の女子マネ制度について発表をすると、まず「ケアが無償であること」に驚かれます。例えばカナダの学生スポーツの現場では、掃除や飲み物の準備、道具の管理や選手の体調管理など、マネージャーに近い活動が有償のスタッフによって担われています。日本ではそれだけ価値のある仕事が無償で賄われており、中には部費を払いながら所属しているマネージャーもいます。ケアの担い手を尊重しつつ、かつ、ケアの受け手自らがケアする力を身につけ、双方がケアし合える関係を作るためにも、アンケート内に多く書かれていた「選手のドリンクの準備」や「来校者へのお茶くみ」など当たり前のように思われていた仕事について、チーム全体で対等に意見を出し合いながら一つ一つ見直す必要があると思います。
女子マネージャーのケアを「支える仕事」として再評価した上で、性別によって役割に隔たりがあったり、女性的役割を当たり前のように担わされたりしている構造を変えていくべきではないでしょうか。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
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