アーティストや映画監督など16人のメンバーから成る「表現の現場調査団」が8月24日、文化・芸術界における「ジェンダーバランス白書2022」を記者会見で発表した。
同団体は、表現の現場における様々な不平等を解消し、ハラスメントのない、真に自由な表現の場を作ることを目指している。
2021年度に発表した「ハラスメント白書2021」の調査では、ハラスメントの大きな一因としてジェンダーバランスの不均衡があることが明らかになった。今回は、表現の10分野において、2011年〜2020年に行われた知名度の高い賞やコンクール、コンテストといった栄典における審査員および受賞者のジェンダーバランスを調査。公にされている情報である活動上の性別(男性、女性、Xジェンダーやノンバイナリーを含む)をもとに集計を行った。
性暴力やハラスメントの問題が表面化する映画分野では、教育の場から「日本アカデミー賞」などの著名な映画賞に至るまで、その多くで男性中心的な傾向が明らかになった。
「ジェンダーバランス白書」に移る前に、まずは映画館で映画を鑑賞する客の男女比を見てみよう。
ニュースサイト「ガベージニュース」が、2016年の総務省統計局による社会生活基本調査をもとに発表した数値によると、同年に映画館で映画を鑑賞した男性の総数は2030.8万人で、女性は2452.5万人だった。
ジェンダーバランス白書の過去10年分の調査に対し、こちらは1年分のため一概に比較はできないが、映画館で映画を観る人数は、男女でほとんど同じか、女性のほうがやや多い実態が見てとれる。
映画分野では、商業映画からインディペンデント映画、学生映画、自主映画までを対象とした日本の映画賞19賞を調査。2011年から2020年までの審査員人数と受賞者人数は、全体で見ると審査員は7割以上、受賞者でも8割以上が男性で占められていた。
中でも、日本の映画製作に従事する4000人ほどの会員投票で決定する「日本アカデミー賞」は、審査員数の男女比は男性75.3%と女性24.7%。受賞者にいたっては男性94.5%と女性5.5%と大きな偏りが見られた(注:日本アカデミー賞は2018年以前の協会会員の男女比の統計を出していないため、2019年から2021年までの3年分の延べ人数)。日本アカデミー賞の受賞作は、大手の映画配給会社による、大規模公開の作品が優位になりやすいという。
一般社団法人「Japanese Film Project」(JFP)」の2021年度の調査によると、日本の映画作品数における女性監督の割合は全体の12%を占めたが、興行収入10億円を超えた実写映画においては女性監督は0人だった。
両調査からは、商業大作映画ほど男性中心の作り手・審査員になっており、女性がメジャー大作の監督を任せられにくい傾向が浮かび上がっている。
メジャー大作で女性監督が少ない背景には、若手監督の登竜門と呼ばれる、歴史ある映画賞「新藤兼人賞」や「日本映画監督協会新人賞」などにおいて、女性映画人の受賞が際立って少ないことに起因していると言えるだろう。
「新藤兼人賞」は、日本映画の独立プロダクションによって組織される日本映画製作者協会に所属する現役プロデューサーがその年で最も優れた新人監督・プロデューサーを選出する賞で、選考対象が実写長編映画3作目までの監督に限られている。
審査委員の男女比は男性95.8%と女性4.2%、受賞者は男性89.7%と女性10.3%。審査員は毎年4〜5人だが、10年間のうち8年が男性のみが審査員を務めている。
「日本映画監督協会新人賞」も審査員、受賞者ともに男性が占める割合は90%以上。2021年までの61回の歴史において、女性監督の受賞者はたったの5人だ。
若手の作品を審査するのが男性で、新人賞を受賞するのもほとんどが男性ーー。
「表現の現場調査団」のメンバーのひとりである映画監督の深田晃司氏は、こうした現状が「マタイ効果を生み出している」と指摘する。
マタイ効果とは、条件に恵まれた者は優れた業績を挙げることでさらに条件に恵まれるという現象を指し、芸術にかぎらず、世界のあらゆる分野でこの効果は見られているという。
映画製作において、「経済的な損失を避ける」といった判断で、受賞歴や過去に実績のある監督が大作を任されがちだ。つまり、新人賞を受賞した監督は将来的に大作を任せられる可能性が高くなる。深田氏は「映画界における労働環境の劣悪さやハラスメントの多発が、女性監督にとってキャリアを育成・持続しにくい傾向がある」とも推測する。
「ジェンダーバランス白書」は「女性紅一点の固定化」という事象も浮き彫りにした。
例えば、毎日新聞社とスポーツニッポン新聞社が主催する「毎日映画コンクール」では、作品賞の審査員の男女比は男性68.6%、女性31.4%。先述した映画賞よりも審査員において男女格差が縮んでいるように見えるが、「男性4名、女性1名」の年が調査対象の10年間のうち7年あり、典型的な「紅一点」の構造が固定化していた。
一方で、女性受賞者が多数を占める賞がある。それは東京のスポーツ7紙の映画担当記者で構成された「東京映画記者会」が主催する「ブルーリボン賞」の新人賞だ。
作品賞受賞作品の監督は全員男性、監督賞に女性が1人であるのに対し、新人賞10回のうち女性の俳優の受賞者が8回だった。
今回の調査では、映画賞の受賞者の大半を男性が占めている状況が明らかになったが、この「ブルーリボン賞」の新人賞の受賞者のみ、女性が多かった。
これは一見「女性の活躍」と捉えることができるが、新人の女性の俳優に「華」という役割を求めるルッキズムやエイジズムの問題とも考えられるのではないだろうか。深田氏は「男性社会の映画業界の中で、女性のジェンダーロールが固定化していることの現れでは」と疑問を呈した。
そもそも、映画・映像関係を学ぶ大学・大学院といった教育の場においても、東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻をはじめ、常勤教員は男性が100%を占める学校が多数ある。
これは何を意味するのだろうかーー。
「表現の現場調査団」のメンバーのひとりで、東京芸術大学大学院非常勤講師・アートトランスレーターである田村かのこ氏は、「女性の視点から見ると、学生として表現の分野を志す時点から、指導者は自分と異なる性の人が大半だ」とした上で、こう訴えた。
「ロールモデルがなかなか見つからず、女性としてのアイデンティティを表現に取り込めば、自分たちは男だから評価ができないと言われる。卒業後にコンペに出しても、審査員は男性ばかりで、賞で評価されないと次の発表の機会にも繋がりません。
そうした不公平な構造が幾重にも待ち構えており、それを一つ一つ打破するのに労力を奪われ、やっと発表の機会に繋げられても、“女性アーティスト”という括りで呼ばれるという現状が待っています。
自分の表現、実力で勝負したいのに、性別によって様々な判断がくだされ、土俵にすら上がれない悔しさをぜひ想像してください」
映画館で映画を鑑賞する客の半数は女性である。にも関わらず、映画人を育成し、作品を審査し、映画賞を受賞する大半が男性という現実は、女性視点が欠如した映画が多く生産されている現状につながるのではないだろうか。
映画館での鑑賞率がコロナ禍で低下し、少子化で映画市場が縮小していくなかで、映画を文化、そして産業として育てるために、まずは観客の半数である女性のニーズを汲み取った映画づくりが必要である。そのためには女性の作り手を増やすことが急務だろう。
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映画界でも「女性紅一点」の固定化。日本アカデミー賞受賞者の9割が男性。“マタイ効果”の問題点は?
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