日本ラグビーフットボール選手会が、メンタルヘルスやキャリア面で選手をサポートする取り組みを試験導入している。
PDP(Player Development Program)と呼ばれるこのプログラムは、世界のラグビーやクリケットなどの競技の選手会が採り入れている。
サポート役を務めたのはラグビーやバレーボール、競泳の元選手ら。この1年間、現役のラグビー選手と面談を重ね、不安や悩みに寄り添った。
6月のシンポジウムで、旗振り役のラグビー元選手会長の川村慎さんや、サポート役を務めた元バレーボール選手の益子直美さんらが、狙いや気づいたことを語った。
福岡大学の関連サイトに掲載された論文によると、PDPは、選手の私生活上の問題やメンタルヘルス、引退後のキャリア構築などのサポートを目的としている。他には教育や金融・財産管理、契約理解など、6つの目的を掲げる。
PDM(Player Development Manager)と呼ばれるサポート役が選手会から派遣され、チームに帯同しながら個別面談やグループワークで選手を支える。
ニュージーランドでは、元アスリートのほか、心理学の専門家、学校教員、キャリアアドバイザー、弁護士などが担当。選手がより本音を話しやすいよう、チームと利害関係のない人をPDMに充てている。
川村さんは、PDPの役割について「お金の使い方や、競技人生や引退後を見据えたキャリアデザイン。グラウンド内外の不安を取り除いてパフォーマンスをあげてほしいという意図で、コーチとうまくいってない、家で喧嘩があるといったメンタルサポートも、どうしたら自分の人生が幸せになるのかを話すのも特徴です」と説明。
視察したニュージーランドラグビー選手会の取り組みをこう紹介した。
「いい選手である前にまずいい人間であろう、というのを重要視している。選手のニーズを考えて、『あなたはこういう方がいい』と押し付けるのではなく選手の潜在的な考えを引き出すことが大事。ラグビー選手という自分は人生の一部で、それが全てではないとちゃんと伝えていかないとダメという考えです」
なぜ、トップアスリートにこのような取り組みが必要なのか。
背景のひとつに、ラグビーフットボール選手会と国立精神・神経医療研究センターが共同実施したメンタルヘルスの実態調査がある。
参加した251人のラグビー選手のうち、心理的ストレスなど何らかのメンタルヘルスの不調があると回答したのが42%。うつや不安障害が疑われ、専門家の支援が必要な人が10%。最近死ぬことを考えたと回答したのが7.6%だった。
調査を実施した同センターの小塩靖崇さんは、「42%」というメンタル不調の経験者の割合について「一般の人と同じか少し高いぐらい」と説明する。
また、「(周囲の人に対して)自分のメンタルヘルスについてどのぐらい気軽に話せると思いますか?」と尋ねたアンケートでは、所属先関係者に特に話しづらいという回答結果になったと紹介。
「話しづらい」「どちらかというと話しづらい」と答えた割合を、相談先別に多い順にまとめると、次のようになったという。
所属先関係者(40.73%)
ラグビー関係の先輩(21.77%)
チームメイト(17.74%)
家族親戚(14.92%)
友人知人(12.09%)
メンタルヘルスの専門家(10.08%)
小塩さんは、こうした心の健康を打ち明ける抵抗感を踏まえて「日頃から近くにいて、何かあった時だけでなく、定期的に話せる人や存在は、利害関係で苦しみやすい環境では本当に重要」とPDPの役割を強調する。
日本版PDPでは、現役選手1人にPDM1人という体制で1年間、毎月個別ミーティングをした。
実際にやってみてどうだったのか。
元バレー選手の益子直美さんは「メンタルはひとりでは整えられない」と実感したという。
引退して約30年。「人に弱みを話してはいけないという価値観の時代の選手だったので、自分自身が人に弱みを見せたことがなかった」と振り返る。
相談役をしたことで、自身の現役時代とも重ねて「人に弱みを聞いてもらい認めてもらうのは、すごく勇気につながる」と気づいたという。
「(私は)チーム内の監督などには弱みは絶対に話せないと思っていたので、第三者が入ってくれるのがいい」
選手だけでなく、指導者に対しても必要なサポートだと指摘する。
「監督やコーチも話す人がいなくて孤独になりがち。孤独じゃないと(いけない)といった価値観の強い方が抱え込んでしまいます」
元競泳選手の萩原智子さんも「ラグビーだけでなく全ての競技の選手にとって、(PDPが)ここにくれば誰かに会えるというプラットフォームになれば」と期待する。
指導者へのサポートについて「何か人に聞いてもらいたい。話すと頭の整理ができて選手と向き合いやすくなる。指導者のサポート環境を整えるのも大事」と同調した。
元ラグビー選手の和田拓さんは「プレッシャーに強い弱いは、先天的なものと現役中は感じていた」と回顧。「人に話していい、弱みを見せていいと、ストレスの対処法をスキルとして捉えることができると、安心や喜びにつながる。選手がそう感じてくれてよかった」と振り返った。
同じく元ラグビー選手の冨岡耕児さんも「選手と会話する中で、プレーについてはそれぞれの考えや自分で解決に導くスキルがある。人間関係やキャリアは、経験が浅いのか、先輩や経験者に頼ることで解決していくことが本当にあるのだと感じた」と語った。
ラグビー経験者と未経験者の両方がPDMを務めてみて、「他競技出身者の方がいい」と分かったという。
川村さんは「元ラグビー選手が現役ラグビー選手を見ると、スキルの話やあの場面でパスした方がいいといったプレーの話を聞きたがる。水泳選手やバレー選手にラグビーの話をしても答えは出ないので、より本質的に必要な(メンタルヘルスやキャリアの)話になる」と訴える。
心の悩みや健康について話すことについて、日本では抵抗感やスティグマが強い。キャリアやお金など幅広い話題を扱うPDPであれば、打ち明けるハードルが下がるのではないかと、川村さんは考えている。
「メンタルの話をすると『あの人大丈夫?』となる。それを無くしていくのが大事だけど、急にはなかなか直らない。PDPは、キャリアなのかメンタルヘルスなのかウェルビーイングなのか、分からない形で相談できる。日常会話の中でポロッとメンタルヘルスの話が出たりする」と期待している。
ラグビーを起点にトップ選手、そしてユース世代とスポーツ界でPDPを浸透させることができれば、その先に社会全体にも広げることを最終的なゴールに見据えている。
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