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「ゼロコロナ」は限界? 中国・感染症トップ専門家の論文が起こした波紋の先は

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新型コロナウイルス防疫のためロックダウン中の中国・上海での検問の様子=2022年03月28日新型コロナウイルス防疫のためロックダウン中の中国・上海での検問の様子=2022年03月28日
中国科学院の英文誌「National Science Review」中国科学院の英文誌「National Science Review」

執筆者は鍾南山(Nan-shan Zhong)さん。中国における感染症研究の第一人者で、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)対策で名をあげました。09年の新型インフルエンザの感染拡大の際には、政府公表の死者数を「全く信じられない」と指摘するなど、率直な姿勢でも知られます。 

 新型コロナウイルスに関しても、中国政府が公式に認める前に「武漢で、人から人への感染が起きている」といち早く指摘し、その後の対策に大きな役割を担ったとされています(2)。

 こうした実績を持つ「権威」がゼロコロナ政策に異論を唱えたともとれる論文を発表したことで、注目が集まっています。一方でNHK報道(3)によれば、共産党系のメディアが論文の趣旨を打ち消す報道をしたともされ、波紋が広がっています。

この記事では、鍾さんが今月、中国科学院の英文誌「National Science Review」に発表した論文の内容を基に、岐路に立つ中国の「コロナ対策」の今後について考えます。

鍾南山さん(北京)2020年09月08日鍾南山さん(北京)2020年09月08日

「ダイナミック・ゼロコロナ政策」とは

そもそも中国の「ゼロコロナ政策」とはどんなものなのでしょうか?

いまの政府のコロナ対策方針は、正確には「ダイナミック・ゼロコロナ政策(The dynamic zeroing policy)」と呼ばれています。

ダイナミックとは日本語にすると「動態」、すなわち「時間と共に変動する」という意味になります。

中国疾病予防抑制センターの呉尊友首席専門家の説明によれば、「動態(ダイナミック)ゼロコロナ」政策は、いわゆる「ゼロコロナ」という語感からイメージされるものとは異なっています(4)。

「ダイナミック・ゼロコロナ」政策の「ゼロ」は、国内の感染者を常にゼロに抑えるという意味ではなく、「ある特定の地域において感染が起きたら、小規模なうちに徹底的に抑える」ことを指します。そうしていれば、コロナによる「社会的な影響」はゼロにできるということです。

中国で広がる「社会静態化管理」の内容は

では、具体的にどんな対策が行われているのか。

いままさに、感染拡大への対策として「社会動態管理」が行われている、黒竜江省ハルビン市のケースで見てみます(5)。

4月20日、ハルビン市防疫当局は20日12時から25日24時まで、市の一部において、移動規制、交通規制、企業の管理強化を内容とする「社会静態化管理」の実施を発表しました。具体的には、下記のような対策が取られています。 

■1 人の移動の管理

※対象の地域の住民は、理由なく地域外に出ることを禁止。必要がある場合は、48時間以内で2回のPCR陰性証明(検査間隔は24時間)及び「竜江健康コード(グリーン)が必要。

※対象外の地域から対象地域に入る場合も、48時間以内で2回のPCR陰性証明(検査間隔は24時間)及び「竜江健康コード(グリーン)が必要。(なお救急医療やゴミ処理などについては、制限の対象外)

■2 交通規制

地下鉄は運行停止、バスの運行時間を短縮減便、道路上の交通規制の実施。

■3 各企業の防疫責任

企業は、従業員の管理を強化。PCR検査の回数の増加や、社食での飲食の制限、集会などの活動の禁止。管理内容を当局に報告。

期間中は当局による巡回などが強化され、上記の制限に違反した場合は刑事責任が追及される場合もあります。

こうした措置は、感染者が1人見つかっただけで開始されるケースもあるということです。中国の独立系メディア「財新」は、独自の集計として4月17日時点で中国の22都市で動態管理が行われていると報じています(6)。

感染者だけでなく、その周辺地区にまるごと強力な行動制限や度重なる検査を行い、多くの人に広がる前に封じ込める。この方針は2020年から中国において徹底され、世界各地で広範囲かつ長期間のロックダウンなど社会的な混乱が続いた時期には「成功例」として指摘されることも多くありました。

ところが2021年に入り、これまでと同様の対策をとっても、抑え込むことが難しい状況が頻発しています。特に中国最大の経済都市である上海では、ロックダウンを含む徹底的な対策を行いましたがなかなか抑え込みに至らず、住民から行動制限の長期化や生活必需品の不足に対する強い不満が生まれていると報じられています。

冒頭でご紹介した鍾さんの論文は、こうした状況の中で発表されたことから大きな話題となりました。

オミクロン変異の登場で状況が一変

鍾さんが論文でまず指摘しているのは、「オミクロン変異ウイルス」による状況の変化です。

オミクロン変異はこれまでのウイルスと比べて感染力が強く、一方で重症化の危険は低い特徴があります。つまり、「抑え込むことが難しい」一方で、「広がってもそこまで多くの人の命に関わらない」方向に性質を変えています。

この変化を受け、欧米諸国を中心とした先進国では、新型コロナ対策としての規制を緩和・撤廃する「再開」を進めるところが増えています。

鍾さんは、これまでの中国の「ダイナミック・ゼロコロナ政策」が感染者や死亡者の防止に効果を挙げてきたと認めながらも、今後「社会経済発展を正常化し、世界的な再開に適応するために」は、この政策を長期的に続けることは難しいのではないか、と指摘しています。

一方でオミクロン変異は死亡リスクが減ったとは言っても、インフルエンザ(季節性インフルエンザ)と比べれば高く、対策を完全に撤廃すれば社会不安を招くとして、次のような対策に注力していくべきとしています。

1)全国的なワクチン接種の実施

2)重症化や死亡に至るリスクを低減する医薬品の研究開発

3)地域社会における迅速抗原検査の優先

4)潜伏期および回復期の感染者の追跡調査の強化

こうした対策を行いながら、特定の都市や地域でパイロット調査を実施し、政策を調整していくことが大事ではないか、と鍾さんの提言はまとめています。

曲がり角を迎える「ダイナミック(動態)ゼロコロナ政策」

鍾さんの指摘から読み取れるのは、これまで世界の「成功例」とされてきた中国の対策が、ウイルスの変化によって曲がり角を迎えているということです。

「ダイナミック・ゼロコロナ政策」は、感染が広く拡大することを防げる一方、感染者及び周辺住民は強い負担を強いられます。

これは、過去の新型コロナウイルス、すなわちデルタ変異ウイルスまでの特徴(感染力は比較的低く、重症化率は比較的高い)を前提にすれば、社会として許容しうるものだったと言えるかもしれません。

しかしオミクロン変異ウイルス(感染力は比較的高く、重症化率は比較的低い)が広がったことで、抑え込みに必要な負担は大きくなる一方、それによって社会的に得られるメリットは小さくなっています。

何より個人的に問題と感じるのは、ダイナミック・ゼロコロナ政策には「終わりが見えない」ことです。

このグローバル社会で、国境を超えた人の移動を完全に遮断することはできません。そして「再開」を行う国が増えれば増えるほど、海外からウイルスが持ち込まれるリスクは高くなります。それを毎回毎回抑え込み続けるのは非常に大きなコストとなります。

また逆説的に聞こえるかもしれませんが、防ぎ続けることは「イノベーションの阻害」につながります。鍾さんも論文の中で指摘してますが、中国では抑え込みによって患者数が少ない状態が続いているため、コロナの治療薬やワクチンの開発で患者数の多い欧米に遅れを取っています。

医薬品の開発には、実際に多くの患者さんに投与して効果を調べる臨床研究が必要になりますが、患者数が少ないので、それをすることができないのです(この事情は、日本にも当てはまります)。

そのため、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンや、重症化を抑える薬(モルヌピラビルなど)については、欧米からの輸入に頼らざるを得ない状況になっているとされます。

柔軟に対策を難しくする「過去の成功体験」

鍾さんの論文における提言は、決して中国政府のこれまでの対応すべてを批判しているのではなく、「ウイルスの性質が変化したので、求められる対策も変わる」という至極真っ当なことを指摘しているにすぎません。

しかし、あくまで現時点での報道からの所感ですが、鍾さんの提言や高まる国民からの不満の声に対し、中国政府は「ダイナミック・ゼロコロナ政策」を堅持する方針を変えていないようです。

もちろん今後、急に重症化のリスクが高い変異ウイルスが広まれば「やっぱりダイナミック・ゼロコロナは正しかった」ということにもなりうるので、軽々に規制を緩めるべきではない、という主張にも一定の合理性はあります。

しかし見直しに踏み切れない背景には、これまでの徹底的な対策・指導による「成功体験」が強いからこそ、そこから脱却することへの政府・行政機関のためらいがにじみ出ているようにも感じます。

緊急時において「規制を強める」ことは合意が得られやすい一方、それを「緩和していく」際には異論が出ることも少なくなくありません。そこで必要なのは科学的な根拠をもとに、リスクをとる「勇気」を持ったリーダーシップと、そのうえで十分な国民へのコミュニケーションが行われることです。

「どう社会として、コロナと共存していくか」という大きな課題に直面する中国の現状は、日本における「規制の緩和」に関する議論を進めていくヒントにもなると感じました。

【参考資料】

1)Strategies for reopening in the forthcoming COVID-19 era in China

Wei-jie Guan, Nan-shan Zhong National Science Review, Volume 9, Issue 3, March 2022

2)鍾南山さん 中国のコロナ対策 率いる SARSの「英雄」再登板

日経新聞ウェブサイト 2020年4月30日

3)中国の専門家「ゼロコロナ緩和が必要」論文発表で波紋

NHK News Web 2022年4月21日 18時42分

4)「ダイナミックゼロコロナ」は「感染者数ゼロ」ではないと専門家が解説

JETRO短信 2022年4月21日

5)黒竜江省ハルビン市第60号公告(市街地区(6区)の「社会静態化管理」を開始)

在瀋陽日本国総領事館ウェブサイト 2022年4月20日

6)中国「ロックダウン」が20都市以上に拡大の深刻 新型コロナ感染「1人発見」で全面封鎖の都市も

東洋経済オンライン 財新 Biz&Tech 2022年4月22日

(2022年4月24日の市川衛さんのYahoo!ニュース個人掲載記事『「ゼロコロナ」は限界?中国・感染症トップ専門家の論文が起こした波紋の先は』より転載)

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「ゼロコロナ」は限界? 中国・感染症トップ専門家の論文が起こした波紋の先は

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