安倍政権は女性政策をどう進めたのか。“戦略的アジェンダ・コントロール”の光と影

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社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。 

官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。

しかし、日本の「政策起業家」の層はまだ厚いとは言えず、ノウハウも可視化・蓄積されていません。

独立系シンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブは、政策起業に関するノウハウの可視化・蓄積を目指し、ケーススタディを通じた研究会「PEPゼミ」を開催しています。

「PEPゼミ・列伝編」では、過去の法案・予算・制度などの政策過程を見ていきます。

第1回は、東海大学教授の辻由希氏と、前衆院議員の木村弥生氏を招き、辻氏には安倍政権の女性政策に関するアジェンダの全体像を、木村氏にはその具体的事例として、未婚のひとり親に対する寡婦控除の適用実現について聞きました。

なお、PEPの提唱する「政策起業家」は霞ヶ関・永田町の「外」のプレイヤーを指しますが、質の高い政策を提起していくためには、政策過程の理解が欠かせません。

そのため今回は、実際に法案や予算の成立を国会の場で担う政治家がどのように政策を実現していったのか、背景を紐解きながら具体的なケースを掘り下げます。

「認識フレーム」を変えた

新しい政策は何もないところから作られるわけではありません。過去の政策の傾向や、その時の政権によって大きく左右され、形作られていきます。

安倍政権下で、「女性政策」はどのように進められたのでしょうか?

まず辻氏は、学術的に見て従来の日本の福祉のあり方は「家族主義的福祉レジーム」と位置づけられることを説明しました。政府の家族への公的支出は低く、保育や介護サービスも普及しておらず、「家族こそが福祉の責任を第一に負わなければならない」という考え方です。

しかし、少子化などの環境の変化により、家族主義がうまく回らなくなっている問題が生じていました。安倍政権以前までの日本では、同じく家族主義的福祉レジームに属している韓国やスペインに比べて、「家族が担ってきたケアの一部を家族以外のセクターから提供する、いわゆる脱家族化政策への転換が遅い」と指摘されていました。

こうした中で、安倍政権における女性政策は様々な評価があるものの、「一定の成果があった」と辻氏は分析します。

具体的には、女性の就業率が増加したことや、​​女性の第一子出産時の離職率の低下、保育所などの利用率の向上といった点で改善がみられたことがあります。

安倍政権の女性政策を評価する上で重要なのは「社会の認識フレームを変えた」ことであると、辻氏は指摘します。

「『女性活躍』や 『働き方改革』というスローガンがただの掛け声でなく、社会側もそれを受け止めて変わるということがあったと思います。また、働き方関連法など経済界が反対するような法改正も行われました。経済界の負担や法規制を強め、企業の行動変容を促したといえます」

では、なぜ安倍政権は女性政策を進めることができたのでしょうか。

辻氏は3つの理由を挙げています。

一つ目は、経済成長と女性政策を結びつける「ウーマノミクス論」が政府内で浸透していたことです。

安倍晋三氏(2021年2月撮影、東京・永田町)

アベノミクスの第三の矢、つまり経済成長戦略の中身を考える安倍政権にとって「人口が減ると経済成長できない」というマクロ経済学の鉄則の中でアベノミクスに説得力を持たせるには、「労働力とされてこなかった女性を活用することで経済成長が可能だ」と説明する必要がありました。

経済成長の手段としての女性活躍と受け止められることに対する慎重論もあったようですが、いくつかの国際会議で安倍氏が日本は女性活躍を進めていくとスピーチしたところ好意的に受け止められたことも、推進力となりました。

二つ目は、安倍政権への経済界の支持です。

通常、企業は自らの負担が増える政策に反対するところを、企業にとって好ましい女性政策以外の環境整備と引き換えにすることで、企業側の反対を抑制することができました。

最後に、安倍氏自身が社会保障政策に精通していたことと、キーパーソンの存在です。権力が集中している官邸があり、政府内に政策推進のキーパーソンがいたことも重要でした。

「女性活躍推進法では塩崎恭久厚労相(当時)が、『同一労働同一賃金』では官邸官僚の新原浩朗さん(当時)が、キーパーソンとなっていました。塩崎厚労相は法律による女性管理職比率などの数値目標の義務化に向けて経団連などを説得するよう官僚に指示し、新原さんは、非正規労働者に対する不合理な待遇差の原則となる考え方と具体例をガイドラインで示すなど、重要な役割を担いました」(辻氏)

賃金格差など不十分な点も

以上のように、辻氏は安倍政権の女性政策には一定の成果があったと分析する一方で、「就業率の上昇は非正規雇用が増えただけという実態や、男女の賃金格差の問題など、不十分な点もあります」と指摘します。

ジェンダーギャップをめぐる世界の標準からも、依然として大きく遅れをとっている現状があります。

世界経済フォーラムが毎年発表する「ジェンダーギャップ指数」で、日本の2017〜2020年の順位は以下の結果となり、安倍政権においても改善はみられませんでした。

144か国中114位(2017年)

149か国中110位(2018年)

153か国中121位(2019年)

156か国中120位(2020年)

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アジェンダ・コントロールのリスク

女性政策の中で何を政策課題として取り上げ、何を取り上げないのか――。

辻氏は、女性政策をめぐって安倍政権が戦略的にアジェンダをコントロールしていたと分析します。

「選択的夫婦別姓や女性・女系天皇の検討といった党派性が強いイシューは、右寄りにすると女性活躍推進と矛盾が生まれるし、左寄りにすると保守派の離反を招くリスクがあります。そのためリスクの高いイシューの争点化を避け、議題を戦略的に管理していたと思われます」

こうしたコントロールは結果として「かなりの程度成功した」とみる辻氏。その反面、「こうした戦略が成功体験となってしまうと世論との乖離が増してしまう恐れがある」と話します。

「例えば選択的夫婦別姓への賛成は年々広がり、特に若い世代では賛成が多いとの調査結果もあります。一方で、この争点が左右の党派対立の中に位置付けられ、安倍政権がその構造を利用して権力を維持したために、自民党にとってますますリスクの高い議題となってしまいました。アジェンダ・コントロールによる安倍政権の成功体験は今後、自民党にとって足かせとなりかねません」

辻由希氏

ひとり親寡婦控除の実現に至る過程

こうした安倍政権における女性政策の中でも、争点化しやすい分野の政策でありながら実現したものもあります。未婚のひとり親への寡婦控除の適用です。

今回のゼミのもう一人のゲストである前衆院議員の木村弥生氏は、「未婚の寡婦控除」を実現させた立役者の一人です。成立に向けて、具体的にどのように進めていったのでしょうか?

<以下、肩書きは当時>

寡婦控除制度とは、夫と死別や離別し、再婚していない女性であれば、一定の金額の所得控除を受けることができるという制度です。従来の制度では、「未婚」のひとり親は対象外となっていました。

本件は2018年の税務調査会(以下、税調)でも検討課題でしたが、男性のベテラン議員や財務省出身の議員が中枢を占める自民党税調ではこの時に賛成意見を得ることができず、2019年に見送られていました。背景には、未婚のひとり親への偏見、理解のなさ、伝統的家族観に基づいた根強い抵抗がありました。

木村氏は、NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」代表の赤石千衣子氏からこの問題の相談を受けて、動き始めます。しかし、自分一人では実現できないと悩んでいた時に、木村氏の問題意識に共感を示したのが、稲田朋美​​・自民党幹事長代行だったと言います。

 「稲田先生が『親2人で子育てするのも大変で、1人で育てるのはもっと大変なのに、なんで見送られたのか』と共感してくれました」

そして自民党内の女性議員の有志による勉強会である「女性議員飛躍の会」でも赤石氏を講師に招きます。状況を知った多くの女性議員たちは「なんとかしなければ」と立ち上がりました。

その矢先、「児童扶養手当の受給対象の未婚ひとり親に限定して寡婦控除を適用する」という案が自民党内で浮上します。

しかしこの案を採用した場合、児童扶養手当は所得制限が厳しいので、年収500万円まで控除適用が認められている死別や離婚したひとり親と差がつくことなります。また、18歳になる年度末以降、つまり高校卒業後の世帯には適用されない不公平が生じることになります。

「赤石さんが素晴らしいのは、その差額について自分で計算し、図表入りのわかりやすい資料を作成したことです」 

木村弥生氏

木村氏をはじめとする女性議員らは以下のような行動をとったと言います。

・税調が開催される前に課題の認知を高めるための院内集会を開催し、より多くの議員に集まってもらうため、木村氏直筆の手紙を案内に同封して参加を呼びかけた

・税調の場でまとまった席を確保し、次々と発言

・賛同する男性議員にも発言を促した

・稲田議員の発案で、議員による署名活動を行って賛同者を集めて可視化。144人分の署名が集まった

・大詰めの時には、シングルマザーや寡婦の団体がプラカードを持って、エレベーターから出て会議室に向かう議員に「子どもたちを差別しないでください」と訴えた

これらの活動が功を奏し、2020年の自民党税調で適用が決定されます。長年不当な扱いを受けてきた人たちにとっての悲願が成就しました。しかも、満額回答でした。

そして、2020年度与党税制改正大綱に、未婚のひとり親に対しても、年間の所得が500万円以下の世帯について所得税と住民税を軽減する寡婦控除を適用すると明記されました。さらに、稲田議員の働きかけにより「寡婦」から「ひとり親」と、より公平な名称に変更されました。

◇ ◇

今回のゼミでは、安倍政権における女性政策の推進と、未婚のひとり親への寡婦控除適用までの過程について取り上げました。

辻由希氏の報告からは、女性政策の推進の背景には、ウーマノミクス論などのナラティブの浸透に成功したこと、経済界からの支持やキーパーソンの存在、そして争点化を避けた議題のコントロールなどがあったことがわかりました。

また、木村弥生氏の発表からは、キーパーソンとの協力だけでなく、署名活動や院内集会、議員への要望など賛同者を増やすための活動を地道に行ったこと、そしてそれを支えあった女性議員たちの連帯が政策実現につながったことが明らかになりました。

民の立場からより良い社会の実現を目指して既存の制度やルールを変えていく政策起業家。それらの取り組みを実装し、全国的に広めるためには、政治を巻き込んだ動きが不可欠です。

今後もPEPゼミでは、政策実現の背景や過程に着目し、理解を深めていきます。

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